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【特集】09年J1ニューフェイスの決意(第6回、新潟・大島秀夫)

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 今オフ最大の争奪戦となったのが、横浜FMから戦力外通告を受けたFW大島秀夫(28)だった。正式オファーに至らなかったクラブを含めれば、柏や神戸、千葉、山形、大宮、川崎Fなど実に8クラブが獲得に興味を示す中、アルビレックス新潟がそのハートを射止めることに成功した。

 決め手となったのは、新潟を指揮する鈴木淳監督の存在だった。98年に前橋育英高から横浜Fに入団した大島は高卒ルーキーながら開幕戦に先発出場するなど華々しいデビューを果たした。ところが、同年オフにクラブが横浜Mに吸収合併される形で消滅。翌99年に京都に移籍したが、2年間でわずか4試合の出場に終わり、00年オフにゼロ提示を受けた。20歳の若さでクビになった男を拾ったのが、当時J2の山形だった。移籍1年目から43試合に出場し12得点を決めるなど才能を開花させ、04年に就任した鈴木監督によってエースに指名された。同年、22得点を記録。J2日本人得点王に輝いた。

 翌05年に横浜FMに加入してからも、得点感覚に磨きをかけてきた。07年シーズンには14得点をマークし、J1でも日本人得点王の座を獲得した。昨季も29試合に出場したが、積極的に若手を起用する木村浩吉監督の下で徐々に出場時間が減少。それでもチームトップの7得点を決めたが、若手育成に力を入れようというクラブの構想外となり、自身2度目となる戦力外通告を受けた。

 数奇なキャリアをたどる大島は19日の入団会見で「アルビレックスのために1つでも多くのゴールを決めてチームに貢献したい」と意気込みを語った。恩師の期待に応えたい。目に見える結果を残しながら解雇されるという屈辱を味わった大島の決意は並々ならぬものがあるだろう。

 昨季リーグワーストの32得点に終わった新潟にとっても、ストライカーの補強は急務だった。チーム得点王(13得点)のFWアレッサンドロが強い慰留にもかかわらず、退団。大宮からFWペドロ・ジュニオール、横浜FCからFWチョ・ヨンチョルと積極的にFWを補強したが、どこまで計算できるか分からない。FW矢野貴章もゴール以外での貢献度が高く、日本人屈指の得点力を誇る大島はのどから手が出るほど欲しい人材だった。まさに相思相愛。5クラブを渡り歩くことになった大型FWが、今度は北陸の地で大暴れする。


▼関連リンク
第5回(神戸・我那覇和樹)
第4回(浦和・山田直輝)
第3回(柏・仙石廉)
第2回(大宮・藤田祥史)
第1回(横浜FM・渡邉千真)

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