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慶應義塾大ソッカー部主将戦記

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最後の早慶戦

明日、2009年6月28日。「早慶戦」。誇りを胸に勝利を渇望する一戦。

勝負の世界には、必ずライバルと呼ばれる絶対他者が存在する。宮本武蔵と佐々木小次郎、FCバルセロナとレアルマドリー、項羽と劉邦、そして我々慶応義塾における絶対的他者、早稲田。ライバルとは、「一つしかないもの」を求めて争い、互いに切磋琢磨しあう2極の対立する存在である。権利、命、喜び、金、バックグラウンドに介在する「一つしかないもの」は、それぞれ異なるが、早慶戦におけるそれは、「誇り」だ。自らの矜持、互いの伝統に新たな栄光を刻むべく、全身全霊を懸けて勝利を追求する。

そもそも早慶戦とは、何なのだろうか。

一つ、早慶戦とは、「戦争」である。
バルセロナは、固有の言語であったカタルーニャ語の使用を禁止され、自治権も剥奪され、中央政府に対して抵抗する術が、唯一サッカーだった。中央政府の加護を受けていたと言われるレアル・マドリーにサッカーで勝つことが、カタルーニャ人の生きがいであり、喜びであった。早慶戦に於いても、敗者は、プライドを剥奪され、一生涯、悔しさを忘れることができないという。
唯一の方法は“勝利”。最後の早慶戦は、勝っても負けても引分けても絶対に忘れない試合になる。剣術の天才・佐々木小次郎も、百戦錬磨の闘将・項羽も、後世まで語り継がれるのは、その天賦の才ではなく敗者としての肩書き。明日、観衆一万人の脳裏と早慶戦の歴史に一生刻まれる勝者・敗者の刻印は、どれだけ素晴らしいプレーをしても一生、取り戻せない。
 
一つ、早慶戦とは、「恩返し」である。
私は、これまで17年間に渡りサッカーに精進してきた。そして本年でサッカーに全てを懸け、打ち込むことも最後の年となった。応援してくれる友人はじめ、サッカーを教えてくれた小中高の監督・コーチや親身にサポートしてくださった先生、OBの方々、運営に奔走してくれるスタッフ・マネージャー、両親・家族、知人数百名に観戦に来ていただける。故郷静岡をはじめ、大阪・京都・宮城・岐阜・滋賀・アメリカからも応援に駆けつけてくれるというのだ。
こんな素敵な皆に、環境に、恵まれた私は、誰よりも幸せなんだろう。だからこそ、一万人の観衆の前で、自分が17年間それだけ努力をしてきたかを、その成果と感謝の気持ちを、プレーを通じて示すべきなのではないだろうか。この集大成の機会、“生き様”を魅せて、恩返しがしたい。

早慶戦。それは、全ての早稲田生と慶應生にとって特別であり、ソッカー部員にとってはもう少し特別であり、4年生にとってはもっと特別なもの。一生にあと一度だけ、聖地国立のピッチで真剣勝負ができる。唯一無二の大舞台。勝つ。絶対に勝つ。

決戦の日6月28日、試合が終わる21時頃、南の夜空に乙女座の1等星スピカが昇る。ギリシャ神話における“勝利の女神”アストレアの星座が照らすのは、早稲田、慶應、どちらの誇りだろうか。

※本コラムは不定期更新です。このコラムの感想をこちらまでお寄せください。

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