beacon

慶應義塾大ソッカー部主将戦記

このエントリーをはてなブックマークに追加

ありがとう

朝、6時くらいだっただろうか。ふと練習場に立ち寄った。冷たい風と静か過ぎるグラウンドは、無機質で4年間を投影するには、寂しすぎた。ただ、もうこの練習場で、あんな苦しい練習をする事も、ないんだろうなぁと思うと、ホッとする感覚だった。

11月22日(日)第83回関東大学サッカーリーグ戦第22節vs中央大学。今季の最終戦であり、事実上の引退試合であるこの一戦は、国立西が丘サッカー場で11:30Kick Offされる。いつもより、家を出るのが遅くなったが、電車の中では小説に耽り、毎試合のルーティーン通りに過ごしていた。
消化試合か、引退試合か、位置づけが難しいが、何も変わったことはなく試合前の準備を重ねる。唯一変わった事と言えば、鼻血が出て、ティッシュを詰め込みながら最後のアップをしていることぐらい。最後の最後に訪れた自分のダサさには、笑った。

kick off時間が刻々と近づき、整列する。唐突に織茂が言った。「ヤス。俺、昨日1年生の時の拓大戦(開幕デビュー戦)見たんだけどさ…、俺ら若かったわ!…早かったね。」私も同じ想いだった。「ヤスが茶髪だったときもあったからなぁ。」二人で描いてきたこの4年間が懐かしく、できることならこんな談笑をもっとしていたいなと思った。半袖ユニホームにしては、ちょっと寒い。ただそんな空気の流れを鮮明に感じられるほど、感覚が研ぎ澄まされていた。
ラストダンスを合図するホイッスルの音は、鳴った。


時刻は13時を過ぎた。
最後に劇的な逆転ゴールを決められた。私達は敗戦で引退を迎える事になった。それなのに、曇っていた空が急にスッキリと晴れ渡り、「我がサッカー人生に一遍の悔いなし」そんな風に言うのが似合う情景だった。

でも、やっぱり悔しかった。 
ゴール前の絶好機で痛恨のトラップミス、織茂→中町→甲斐と大事に繋いだ四年生のパスリレーの最後に放った私のゴールは、無情にもオフサイドの判定に屈した。頑張った先についてくる「結果」を後輩には、提示できなかった。どこか努力が足りなかったんだと思う。何か至らなかった部分があったのだと思う。主将としてチームを束ね切れなかったんだろうか。その無力さ、無情さがこみ上げてきてしまった。
小中高の引退試合は、その先に別のカテゴリーが待っていた。だからこそ、その時に味わった悔しさは、その先「サッカー」で取り返せばいい。ただ今回は、自分の無力さを取り返す世界は、サッカーにはない。だから、、、だから今日。そう思うと言葉が詰まった。この悔しさを取り返すチャンスがある後輩達には、来年、再来年と上を目指してほしい。誰もが言いそうな言葉だが、嘘偽りのない正直な気持ちだ。頑張れ後輩!俺には、取り返せないんだ。涙が、涙が、、、止まらなかった。

悔しさ以上に、嬉しさもあった。
慶應は、結局のところ消化試合であり、唯一のモチベーションは4年生の引退試合ということだった。対して相手の中央大は、優勝が掛かった最高のモチベーションで臨んでくる。その違いの中で、慶應の後輩達は、相手を上回る強い気持ちを持って試合に臨んでくれた。「4年生へGIFT(贈り物)を!」そんな合言葉を持って、戦ってくれた。主将と言う立場で、厳しく接さなければならない事も多かったこの一年。目の上のたんこぶになってしまう事も多かったと思う。それでも試合終了と共に、陽介が、テソンが、笠が、大泣きしている姿がそこにある。コジがスーパーファインセーブを、この一年私を悩ませ続けた奏一は、素晴らしい最高のゴールをプレゼントしてくれた。
私達は、素敵な後輩を持ち、けっこう愛されていたんだろう。そして来年最上級生となる佳貴の統率力を見ていると、これからが楽しみになった。

主将になった当初、不安ばかりだったが、自分なりの主将像を持って臨んだ。『「努力しろ」ではなく、自発的に「努力したい」と思ってもらえるようなサーバントリーダー』 あれから1年。
なかなか難しいものだった。この集団の先頭を走るだけでは、付いてきてはくれない。何度も後ろに回る必要があった。一年生と一緒にボトルに水を入れる事も、ご馳走しながら対話する事も、少しでも意見を吸い上げようと想い一重にやってみた。何が得られたかはわからないが、「名将に弱卒なし」。最終戦、頑張りたいと想ってくれる後輩がいてくれたということは、私も名将に近づけたのかもしれない。


夜は更けてきた。
一通りの馬鹿騒ぎを終えて、自宅に戻ると、もう深夜の4時を回っていた。
どっかりとベットに腰を下ろし、もう終わったんだなぁと回想する。
長い一日が、長い4年間が、そして長い17年間のサッカー人生が終わろうとする。
流石に泣きすぎて、もう涙も出ない。

壁に飾ってある一枚の紙が、ふと視界に入ってきた。
いつ貰ったのだろうか。関東大学サッカーでやっているベストヒーロー賞の投票用紙だ。
少しクシャクシャになってしまったが、応援メッセージが添えられている。


『常に100%のプレー

大好きです。』

…。



出ないはずの涙が、わーっと流れた。
グッグッと肩を振るわせた。

応援してくれる人がいたから頑張れた。「ヤス」という声援が、何度も私を黄泉がえらせた。
走馬灯は嘘になるが、いろいろなシーンが浮かんできた。

サッカーが好き。

そして精一杯楽しめた。

ゆっくり休もう。そんな風に感傷的に振り返り、眠りについた。


多くの方への感謝の想いを書くに足らず、大事なところを端折ってしまいました。関係する全ての方

ありがとうございました。

※本コラムは不定期更新です。このコラムの感想をこちらまでお寄せください。

TOP