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「ジーコ備忘録」mobile

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 W杯第1戦・オーストラリア戦前の、最後の調整試合となった'06年6月4日のマルタ戦で日本は1‐0の勝利を収めた。だがジーコは、この試合で、ボールを支配しながらも格下のマルタに対し得点を奪えなかったチームに、違和感を感じていた。
 ジーコは06年5月15日のW杯ドイツ大会本戦に出場する日本代表のメンバー発表が、その違和感に関係していたのではと考える――。


 いまでも、あれが当時の最良のメンバー構成だったと自信を持って言うことができる。もちろん、すべてが終わってから、ああ、あそこはこうしておけば良かったのかなあと感じる部分はある。しかし、監督という仕事をするうえでは、「もし」とか「仮に」というものは許されていない。すべてにおいて、その瞬間に「これがベストだ」という決断をしなくてはならない。つまり、そのときのベストの判断をすれば、それでいいのだと考えている。
 すべてが終わってからなら、何とでも言える。23人のリストにもっとベテランを入れておくべきだったのではという声を聞く。主将の宮本を補佐する形で、アジアカップのように藤田俊哉、三浦淳宏らを加えておくべきだったというのだ。確かに経験豊富なチームのまとめ役、盛り上げ役が必要だったかもしれない。しかし、「そのほうが良かったかもしれない」というレベルの話しか私にはしようがない。
 5月15日のメンバー発表の席で、そう指摘するなら、まだ分かる。だが「ベテランが必要だった」という話は、敗退が決まってから出てきたことだ。もし、ベテランを選出していたとしても、一度も出番がなかったらどうなのだろう。それで敗退したときには、「なぜ試合で使えない選手を選んだのだ」という批判が上がったはずだ。そもそもアジアカップで藤田や三浦を選んだのは力があるからで、調整役として連れて行ったわけではない。
 ことが済んだあとでは何とでも言える。私はあの時点で「これしかない」という決断をした。その自信がある。悔いはまったくない。
  
 ただひとつ、何とかできなかったのかと思うことがある。5月15日を境に選手の心境に変化があったのではないか、と思えてならないのだ。23人のメンバーに入り、ドイツ行きが決まったことで何かが変わってしまったのではないか。どうもそんな気がしてならないのだ。
 選手にとってはワールドカップの代表に選ばれることは名誉なことだ。ひとつ、ことを成し遂げた気になるだろう。達成感を感じるかもしれない。緊張感が緩んでしまったのではないか。
 5月13日のキリンカップのスコットランド戦まではそういうことはなかった。ワールドカップイヤーが明けると、1月29日から宮崎県総合運動公園で合宿をスタートした。国内組21人の招集メンバーには長谷部誠、佐藤寿人という新顔が入った。この2人が巻や阿部勇樹らとともに、実績のある選手たちを突き上げたことでチームに新たな刺激が加わった。久保、小野も宮崎合宿から代表に復帰し、意欲を見せていた。
 2月5日にアメリカ・サンノゼ合宿に出てからは競争の様相がさらに強まり、10日に行われたアメリカ戦以降、3ヵ月余りにわたって、ドイツ行きを懸けた熾烈(しれつ)な争いが繰り広げられた。選手たちは、生き残るために少しでもレベルアップしようという意欲に満ちていた。だれもが、気迫のこもったプレーで私にアピールした。
 その意欲が5月15日以降、希薄になっていったような気がする。自分が自信を持って選んだ選手たちの気が緩んだとは思いたくない。だが、気の緩みがなかったとは言えない状況だった。
 23人枠に入って、心に隙ができてしまった選手がいたのだとしたら悲しいことだ。また、控えに甘んじなければならないということが分かった時点で、気持ちがなえてしまった選手がいたとしたら寂しいことだ。私はそういう選手を選んだつもりはなかった。もし、そういう選手がいたのだとしたら、私は愚かだったということになる。
<写真説明>'06年5月13日のキリンカップのスコットランド戦での巻誠一郎

  日本はW杯予選やアジア杯で、終了間際の劇的な決勝ゴールや同点ゴールを挙げて勝ち進んできた。
 そんなチームをそばで見ていたジーコは、どんな試合でも、終了の笛が鳴るまで勝利に執着するというジーコの哲学「ジーコイズム」を日本代表に注入できたと思っていた。
 だが、どういうわけかW杯本戦が近づくにつれ、終盤にもろくなり、痛い失点を喫するという、それまでと逆のケースが目立つようになっていた。そしてこの負の連鎖は、6月12日、W杯のオーストラリア戦で最後の8分間に3点を浴びた悲劇へとつながったとジーコは振り返る。
 結局、日本代表に伝授し終えたと思っていたジーコの哲学は、まだ選手たちの体の芯まで染みとおっていなかった。まだ足りなかったのだと考えた。
 そして日本代表監督の職を離れたジーコは、今後、何人もの監督のもとでサッカーを続けていくことだろう日本の選手たちに、肝に銘じてほしいことがあるという。
 詳細は新刊『ジーコ備忘録』に掲載。

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※本連載は『ジーコ備忘録』のダイジェスト版です。詳しい内容は本書をご覧ください。毎週土曜日更新予定'

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