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素顔のなでしこたち

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 スマートフォン対応の電子サッカー雑誌「ゲキサカプラス」で好評連載中の『素顔のなでしこたち』。日本女子代表(なでしこジャパン)の主力選手のインタビュー記事と撮りおろし写真を掲載したスペシャルコンテンツの一部をゲキサカでも特別公開します。
 女子W杯制覇、ロンドン五輪アジア最終予選突破。国民栄誉賞も受賞し、「なでしこジャパン」が流行語大賞に選ばれるなど、2011年の“顔”となった彼女たちの素顔に迫るロングインタビュー。第3弾は、INAC神戸レオネッサのFW大野忍選手です。
 なお、電子サッカー雑誌「ゲキサカプラス」はiPad、iPhone、iPod touch、ソフトバンク3G携帯、ソフトバンクアンドロイド携帯に対応。アプリ「ビューン」にて閲覧可能です。ゲキサカプラスでしかご覧いただけない写真も多数掲載されていますので、是非そちらでもお楽しみください。


―なでしこリーグ、優勝おめでとうございます。
「ありがとうございます」

―日テレ・ベレーザから移籍1年目での優勝となりました。ベレーザでも何度も優勝を経験している大野選手ですが、今回の優勝はまた違った喜びもありましたか?
「そうですね。やっぱり移籍して1年目で、新チームに入って『自分がどれだけこのチームに貢献できるのか』という不安もありました。ベレーザから4人移籍してきて『優勝しなかったら意味がない』という気持ちも自分たちの中にあったので、そういう見えないプレッシャーがあった中で優勝することができて、すごくホッとしています」

 2011年は激動の幕開けだった。1月5日、日テレ・ベレーザは大野のほか、澤穂希、近賀ゆかり、南山千明の4選手のINAC神戸レオネッサへの移籍を発表。大野と澤はプロ契約選手だったが、クラブの財政上、プロ選手を抱えることが難しくなり、主力の大量流出につながった。大野にとっては、下部組織の読売メニーナ(現:日テレ・メニーナ)から13年間育ってきた古巣との別れ。予期せぬ形で新天地を求めることになった。

―新しいチームに溶け込むことへの不安はありましたか?
「不安なことだらけでした(笑)。冗談抜きで、『INACの選手にどう思われているんだろう』という不安がありました。私、INACが嫌いだったんですよ。一番いい環境でサッカーをしているのに、いつも真ん中ぐらいの順位で、試合とかで選手の表情を見ても『ただやっているだけ』という感じがして、すごく嫌でした。
(編集部注:INAC神戸レオネッサはプロクラブに近い体制を取っており、選手は関連会社の社員だが、基本的に選手は社業に就かず、サッカーに専念できる環境にある)
 そういう気持ちって、ベレーザ時代に試合で対戦している中でINACの選手にも伝わっているんじゃないのかなと思っていたので、『結局、ここに来るんじゃん』と思われているんじゃないかとか、そういう不安もありました。でも、代表で絡んでいる選手が何人かいて、川澄(奈穂美)選手とかが意外にウェルカム的な感じだったので(笑)。そういうのもあって、入りやすかったかもしれませんね」

―もともとの印象と、実際に来てからの印象は違いましたか?
「やっぱり、いい環境でやっていることに対する甘さというのはすごく感じました。練習の紅白戦とかでも、負けても悔しそうじゃないというか。これをどうやって伝えていくかという部分では、4人ですごく悩んだり、相談したりもしました。『新しく入ってきた選手に何が分かるんだ』というのもあると思いますし、あまり口で言うということはなかったですけど」

―プレーで見せていこうと?
「そうですね。『結果で出していくしかないよね』とは4人で話していました」

―シーズンを戦っていく中で少しずつ伝えられたと思いますか?
「周りの選手が理解してくれたり、『甘かったんだな』という考えを持ってくれたり、そういう意味ではしっかり伝わったのかなと思います」

―日本女子代表選手が7人もいるチームになって、優勝しなきゃいけないというプレッシャーはベレーザ時代よりも大きかったですか?
「すごくデカかったです。自分たちが抜けて、ベレーザの方が強かったらすごく悔しいですし、自分たちが他のチームに移籍して、ベレーザ時代のように優勝という同じ結果を残せたら『自分たちのやってきたことは間違ってなかったんだ』と思えますし、自信につながっていくと思っていました」

―下部組織からベレーザ一筋でした。移籍が決まったときはどんな心境でしたか?
「ベレーザから移籍するなんて思ってもいなかったですし、移籍するなら海外に行くのかなと思っていたので、こういう形で出ていくことになったのは残念でした」

―だからこそ結果を?
「出さなくちゃいけないと思っていましたし、(ベレーザを)後悔させたかったという気持ちもありましたね」

 東日本大震災の影響で5月に開幕が遅れたなでしこリーグで、INAC神戸は怒涛の快進撃を見せた。開幕から破竹の9連勝。10月1日のアルビレックス新潟レディース戦に3-3で引き分け、連勝は止まったが、その後も浦和レッズレディース、日テレ・ベレーザという厳しい相手との試合を負けずに切り抜け、11月12日のASエルフェン狭山FC戦に4-0で快勝し、1試合を残して初優勝を決めた。最終節の福岡J・アンクラス戦も4-1で勝利。13勝3分の無敗で初の栄冠に花を添えた。

―開幕から連戦連勝で首位を独走した要因はどこにあったと思いますか?
「ベレーザの選手よりもINACの選手の方が、失敗しても自信を持ってやっているというのは一番感じました。サッカーが単純に好きな子が多いとか、そういうのもあったかなと思います」

―チームには7人の代表選手がいました。女子W杯、五輪アジア最終予選もあり、夏場以降はコンディションを保つのが難しかったと思います。10月に連勝が止まりましたが、あの時期が一番苦しかったですか?
「優勝に対して見えないプレッシャーがあったのかなと思います。そこは自分たちも心がけて、注意してやっていましたけど、シーズン終盤は得点を取ることの難しさをあらためて感じました。W杯に優勝したことでなでしこリーグ、INACに対する注目度も高まって、たくさんの人が試合を見に来てくれるようになって、どのチームも『簡単には得点を取らせないぞ』という部分が強くなりました。そこはシーズン当初と大きく変わったと思います」

―その中でも無敗で優勝できたことは大きかったんじゃないですか?
「大きいと思いますね。それが自信につながってほしいとも思います。でも、INACの選手はそれをしなくちゃいけないと思うので。自分たちがどのチームよりも一番いい環境でサッカーをやっていると思いますし、こういう結果は当たり前だと思うので、選手全員がそのことを意識してほしいと思っています」

 エースとしてチームを牽引した大野はシーズン12得点を記録。チームメイトである川澄と並び、得点王に輝いた。大野にとっては2年連続4度目の得点王獲得。チームが変わっても、その得点感覚は冴え渡り、元日本代表FW大谷未央(元TASAKIペルーレFC)が持つリーグ通算得点記録の150得点に並び、シーズンを締めくくった。

―個人としても2年連続で得点王に輝きました。
「結果的には得点王を取れましたが、もっと点が取れていてもおかしくないシーズンだったと思います。(リーグ通算得点記録を塗り替えて)150得点を越えられたんじゃないのかなというちょっと残念な気持ちもありますね」

―チームが変わっても得点王を取ったということに価値があると思いますが?
「みんながいてのことなので。自分だけで取った得点じゃないものも多いですし、チームあっての得点王なので、一番はチームメイトに感謝したいです。ベレーザのときもそうだったんですが、INACに来ても『自分に得点を取らせる』というのを選手全員が意識してくれたのかなと思いますし、自分も『自分だけじゃなくて、他の選手にも取らせたい』『チームとして得点を取りにいきたい』と思えるようになりました」

―得点王はチームメイトの川澄選手と分け合う形になりましたが?
「ベレーザにいたときも『チームメイトで争えたらいいね』とよく言っていたんですが、なかなかそういうチャンスがなくて、今回みたいに最後の最後までチームメイトと競争できたというのは、チームとしても、個人としてもいいことだったと思います」

―優勝が決まったあとの最終節では得点王争いも意識しましたか?
「得点王も取りたかったですけど、150ゴールを越えたかったので、自分はそっちの気持ちの方が強かったですね」

―同じように2年連続受賞が懸かっていたMVPは川澄選手でした。
「ちょっと悔しい部分もありますけど、それもいいことだと思うので。新しい選手がどんどん出てくることで、自分の目標もどんどん増えていけばいいなと思っています」

―川澄選手は新たなライバルという感じですか?
「ポジションがかぶる以上、そうだと思います。でも、そういう存在の選手というのはいたほうがいいと思います」

(取材・文 西山紘平)

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