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スポーツライター平野貴也の『千字一景』 by 平野貴也

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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第12回:「にこやかに行こう」(久御山高DF長谷川輝)
by 平野貴也

 豪快にぶっちぎられた。対戦相手は、同世代の日本代表FWだ。自分よりも10cm身長の高い大柄な男が、精度の落ちないドリブルで加速した。久御山高のDF長谷川輝は味方が抜かれた後のカバーに入って食らいついたが、シュートコースを塞ぎ切れずに先制点を決められた。その前には空中戦で競り負けて決定的なピンチも作られた。長谷川は「相手は代表選手だと聞いていたので、最初はやってやるぞ!という気持ちだった。でも、1点目は相手がめっちゃ上手くて、うわーっ!と思ってしまった」と今までに経験したことがない相手の能力の高さに驚きを隠さなかった。長谷川のポジションは、センターバック(CB)。相手と競り合ってもボールを弾き出せる屈強な選手が起用されることが多い。もし、CBの条件が強さだけであれば、桐光学園高のエース小川航基の前において、長谷川は適任ではなかった。

 しかし、久御山は、ボールを持って相手の予測の逆を突ける選手の集団であり、CBも技術と駆け引きの上手さを要求される。相手にプレッシャーをかけられても、逃げるのではなく、引きつけてかわすくらいでなければならない。その点において、長谷川は適任だ。「僕は元々、ボランチ。フィジカル面では自信がないので、守備は相手との駆け引きでどうやるかを常に考えないといけない。でも、CBでパスをつなぐチームって、あんまりないじゃないですか。楽しいですよ」と攻撃の組み立てに自信を見せ、守備面でも苦労しているというよりは楽しんでいることを明かした。

 サッカーを楽しむことも、久御山のコンセプトだ。「松本悟先生からは、無理にでも笑顔を作れ、しょぼい顔をするなと言われている。勝っていても負けていても、その状況でサッカーを楽しんで、最後は勝つ。最初は空元気で声を出していたけど、最近は心から楽しくて声をかけている。『ああいう状況を、どう楽しむか』ですよ」と長谷川は笑った。相手CKの場面、守備位置についた長谷川が「にこやかに行こう!」と言った姿は印象的だった。

 久御山は2点差を追いつき、PK戦の末に桐光学園を下して全国高校総体の2回戦に進出した。勝ち上がっても、守備で力強さを見せられなかった長谷川は、評価を得にくいかもしれない。しかし、磨いた技術で攻撃するイメージを常に持ち、やられても笑顔を忘れない長谷川の姿は、彼こそが「久御山のセンターバック」にふさわしいことを間違いなく証明していた。

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