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スポーツライター平野貴也の『千字一景』 by 平野貴也

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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第25回:「歯」折れ、矢尽きても(中京大MF青木捷)
by 平野貴也

 力の差を見せつけられた。全日本大学選手権の2回戦、中京大はプロ内定4選手を擁するタレント軍団、明治大に挑んだが、0-3で敗れた。押し込まれる時間が続く中、ピッチの中央で奮闘していたのは、左腕にキャプテンマークを巻いたMF青木捷だ。「4年間、レギュラーで出続けた年はなかった。キャプテンが離脱していることもあって、初戦の前にお前が巻けと監督から言われた」という信頼に応えるべく、劣勢の中でも献身的な働きでチームをけん引した。青木の持ち味は、闘争心と長距離砲。チームを鼓舞し続け、敵陣両サイドの深い位置へロングパスを蹴り込んでカウンターの起点となった。

 アクシデントが起きたのは、前半39分。空中戦で競り合った際、相手のひじが顔に当たり、折れた歯が宙を飛んだ。「飛んだ歯が見えた。相手もわざとじゃなかったと思うから、仕方がない。試合で興奮しているからなのか、今は痛くない。でも、一番嫌なところが折れていた……」と話して苦笑いでゆがんだ青木の口元は、中央に2枚並んでいるはずの大きな歯の右側が根元からキレイに折れていた。それでも、青木はピッチに戻り、大学サッカー最後の舞台に爪痕を残さんと走り回った。

 懸命だった。しかし「初戦の仙台大戦は、0-2から逆転できた。前半0-1でも、まだやれるぞと言っていたけど、やっぱり相手が上手で、なかなか惜しいところも作れなかった」と認めたとおり、完敗だった。明治大に隙はなく、むしろ精度の粗い攻撃を仕掛ければ、自陣ゴールを脅かされ、時間の経過とともに逆転の可能性は小さくなった。それでも戦い続けたのは、覚悟を決めて選んだ進路であり、この先の可能性を切り拓くための場だったからだ。

 大宮ユース時代、進路を決める3年の夏に負傷。練習参加が思うようにできず、レベルの高い関東1部の強豪大への推薦が難しくなったとき、声をかけてくれたのが中京大だった。まったく縁のない土地での生活。試合に出られず落ち込むこともあったが「ふてくされて実家に帰るなんて、あり得ない」と気持ちを立て直し続けた。

 戦い続けるファイターの進路は、未定。J3やJFLを候補に新たな所属先を探しているという。「この大会で少しでも上に行って、上のチームでと思ったけど、2回戦で負けてしまった。ただ、やることをやり切ったし、今の力は出し切った。あとは、見ている人にどう見えたかというだけ」と話した青木の顔は、痛々しくも、清々しかった。

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