beacon

SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

このエントリーをはてなブックマークに追加

『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:右の翼(清水エスパルスユース/静岡ユース・渡邊啓佳)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 王国で生まれ育ったからこそ、このチームでプレーする意味は誰よりもはっきりと自覚している。静岡の代表として、そして清水の代表として、やるべきことはたった1つ。勝利のために、誇りを持って、全力で戦うだけだ。

「まずは静岡の人間として、こういう大会に静岡の代表として出ることには凄く誇りを感じています。それと同時に、清水エスパルスユースの選手として下手なプレーはできないですし、エスパルスのエンブレムを汚すことはできないので、そういう気持ちを持ってプレーしています」。

 静岡ユース(静岡県高校選抜)で羽ばたくのは、清水を代表する右の翼。DF渡邊啓佳(3年=清水エスパルスユース)はもっと高いところからの景色を見るべく、ピッチを縦横無尽に駆け続けていく。

 静岡ユース、U-18日本代表、U-18ウルグアイ代表、U-18ウズベキスタン代表の4チームで争われる『2022 SBSカップ国際ユースサッカー』。静岡ユースの一員として今大会に臨んでいる渡邊は、初戦のU-18ウズベキスタン代表戦はベンチスタート。後半17分から登場すると、3-3でもつれ込んだPK戦では外せば負けというシチュエーションの5人目できっちりキックを成功させたものの、チームは敗戦。「個人としては途中出場で悔しい想いをしたので、2試合目に向けて自分も気持ちが入っていました」と心情を明かしている。

 その2試合目で激突したのはU-18日本代表。日の丸を背負っているとはいえ、同世代の選手たち。しかも“ホーム”で戦うだけに、そう簡単に負けるわけにはいかない。さらに、渡邊には意識せざるを得ない存在が相手にいた。DF石川晴大。ジュニアユース時代から5年半もの時間を一緒に過ごしてきた、清水エスパルスユースのチームメイトである。

 普段は渡邊が右サイドバック、石川が左サイドバックで出場することが多く、ともに同じディフェンスラインを構成しているが、その位置関係で考えると、敵味方に分かれるのであれば、マッチアップすることは不可避。その可能性はもちろんお互いによくわかっていた。

 決戦の試合前。2人は意外な場所で顔を合わせたという。「トイレのところで会って、『今日出る?』みたいな話はしました。僕が先に気付いて、そこから話しかけに行ったんですけど、『お互いに頑張ろう』みたいなことは言い合いましたね」(渡邊)。メンバーリストには両者ともに、スタメンとして名前が書き込まれる。

「いつもチームメイトとして助け合っている仲でしたけど、向こうは代表を背負っていますし、こっちも静岡の代表としてやっているので、そこはライバルというふうに捉えて、全力を出し合うことは意識していました」と渡邊。君が代の斉唱を経て、いつもの“チームメイト”はそれぞれ違うユニフォームを纏って、自分の持ち場で向かい合う。

 言うまでもなく、前半からどちらかが深い位置まで侵入した時には、必然的にマッチアップを繰り広げることに。「上がってくるタイミングも凄く良くて、そこは自分も凄く苦しめられましたし、やっぱり1対1は向こうも強かったので、さすがだなと思いました」。背負うものがある2人。静岡ユースの14番と、U-18日本代表の3番が何度も身体をぶつけ合う。

 前半に一度、渡邊が石川の前に上手く身体をねじ込み、縦に力強くドリブルで運んだシーンがあった。「自分の方がスピードはあると思っているので、あそこはまず前に入って、身体を入れさせないようにしようかなと。アレはメチャメチャ気持ち良かったです」。浮かべた笑顔に、隠し切れないライバル心が滲んだ。



 静岡ユースの右サイドバックには、自身の成長を測る意味でも、もう1人絶対に抑えたい選手がいた。U-18日本代表の左サイドハーフを任された名願斗哉(履正社高)。プロからも注目を集めるドリブラーには、「プレミアで履正社とやった時にマッチアップしているんですけど、その時に結構やられてしまって……」と振り返るように、苦い記憶を植え付けられていたからだ。

「飛び込んだらスッとかわされてしまうというのは、前の対戦からわかっていたので、しっかり粘り強く付いていくことは意識してやっていました」。ドリブル突破に自信を持つ相手に、得意なプレーを簡単には出させない。それでも意地を見せた名願に先制ゴールこそ奪われたが、渡邊も後半35分に交代でピッチアウトするまで、文字通り粘り強く対応。チームは後半のラストプレーで同点に追い付くと、PK戦を見事に制してみせる。静岡ユースのプライドは、勝利という形でしっかりと輝いた。

 3月のヤングサッカーフェスティバルに続くこのチームでの活動は、国体が中止となった彼らの世代にとっては貴重な機会。2年遅れの“県選抜”に、渡邊も小さくない刺激を得ているようだ。

「お互いプレミアで対戦している選手もいる中で、こうやって集まれたことで他のチームの選手から新しい気付きや刺激ももらえますし、ちょっと違和感はあるんですけど(笑)、同じチームになると頼もしいなというのは感じています。それこそ(寺裏)剣とか高橋(隆大)のドリブルが凄いのは前から知っていたんですけど、一緒にやってみてより凄いなと感じました」。

 加えて、オフ・ザ・ピッチでの学びも小さくない収穫だという。「もちろんピッチ内も大事なんですけど、ピッチ外のコミュニケーションが少し自分に足りないところだと思うので、この活動を通してそういうところも見直したいなと。今回のチームには高橋みたいなキャラクターもいて、そういう選手はコミュニケーションが素晴らしいので、それを見習ってそういう力も高めていきたいと思います」。新たな仲間と、サッカーだけにとどまらない充実した時間を過ごしている様子も窺える。

 今シーズンはリーグ屈指の右サイドバックとして、プレミアリーグでも確かな存在感を発揮している渡邊だが、このポジションを始めたのはちょうど1年ぐらい前のこと。最初は手探りでトライした新境地も、今では天職だと捉えるぐらいにその面白さを実感している。

「サイドバックに転向して、自分はそこから“開花”したというか(笑)、凄くやりやすいポジションだなと思っています。メチャメチャしっくり来ていますね。以前やっていたサイドハーフだと身体が後ろ向きになってしまうことも多いですけど、サイドバックだと後ろからランニングできて、常に前向きの状態で走れますし、自分は前に出る推進力が特徴なので、そういうことを考えてもサイドバックの方が合っていると思います」。



 印象深いのは昨シーズンのプレミアリーグ終盤戦。優勝争いを繰り広げていた青森山田高のアウェイに乗り込んだ大一番で、後半の苦しい時間帯に全速力で後方からスプリントした渡邊は、ピンポイントクロスをエースの千葉寛汰(FC今治)に届けて貴重な追加点をアシスト。“新米サイドバック”とは思えないプレーが、オレンジの歓喜を引き寄せる。思えばその潜在能力は、当時から十分に磨けば光る要素を秘めていたのだ。

 自身がイメージする理想の右サイドバック像は、攻撃と守備でそれぞれ異なる。「攻撃の部分ではジョルディ・アルバ選手で、裏抜けという部分で良いフリーランニングをするので、そこが参考になりますし、守備の部分では酒井宏樹選手(浦和レッズ)ですね。海外でやっていたこともあって、相手に寄せるところの迫力も凄いので、そういうところは参考にしています」。スペインと日本の実力者のハイブリッドを目指し、さらなる成長の可能性を追求し続けている。

 来月から再開されるプレミアリーグも、いよいよ勝負の後半戦へ。現在の清水ユースはリーグ8位とやや苦しい状況が続いており、残留に向けて1試合も負けられない戦いが待ち受けている。

「今はプレミア残留というのが目の前の目標としてあるので、今回静岡ユースに選ばれている3人(渡邊、FW斉藤柚樹、MF安藤阿雄依)と石川を中心に、最高学年でもある3年生が引っ張っていかないといけないという気持ちがありますし、しっかり勝ち続けていきたいなと思っています。個人としてはアシストという部分が自分の中では重要なところで、その部分でまだ全然足りていないですし、そこはもっと目に見える結果を残したいなと。今はまだ3アシストなので、10アシストはしたいですね」。

 とりわけ再開初戦となる一戦は、いきなりジュビロ磐田U-18と対峙する静岡ダービー。GK森脇真一、DF松田和輝、MF亀谷暁哉、FW後藤啓介と4人の“チームメイト”を擁するサックスブルーを、ホームのIAIスタジアム日本平で迎え撃つことになる。

「やっぱりダービーはエスパルスの選手として絶対に負けてはいけない戦いですし、そこで勝ったらより勢いに乗れると思うので、この間まで“チームメイト”だったとかは関係なく、本当に死に物狂いで戦って、絶対勝ちます。彼らとダービーで再会できるのは楽しみです。より負けられないですね」。同じチームでプレーした仲間との再会だからこそ、今まで以上に特別な意味を持つダービーでの勝利に、今からとにかく意気込んでいることは、あえて言うまでもないだろう。

 『清水の右サイドバック』を積み重ねることで、『静岡の右サイドバック』まで辿り着いた。そして、ここからは『日本の右サイドバック』へと名乗りを上げるための新しいフェーズ。思い描く未来を信じて、渡邊が自分の翼で力強く羽ばたき続けていくのであれば、その先にはきっとまだ見たことのない景色が広がっているはずだ。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。株式会社ジェイ・スポーツ入社後は番組ディレクターや中継プロデューサーを務める。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

▼関連リンク
SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

TOP