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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:一言の魔法(都城農高・宮窪大志)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 PK戦が始まる前に、自ら申し出たという。「一言、言っていいですか?」。チームメイトたちの注目が集まる中、率直な言葉をみんなにぶつける。誰もがこの大会のために、苦しい練習を頑張ってきたのだ。だから、どうしても気持ちを伝えずにはいられなかった。

「そこは僕も一言残して伝えたかっただけなので、あまりみんなの反応は見ていなかったです。でも、自分で言うのもなんですけど、あれでチームがまとまったのかなとは思います(笑)。そんな声が掛けられたらいいなと思って、“一言”を話したので」。

 選手権予選では実に37年ぶりの決勝進出を勝ち獲った、宮崎の古豪として知られる都城農高。その勝利の陰には、“3年生コーチ”としてベンチに入っていたDF宮窪大志(3年)の存在と、彼の発したチームを想う熱いメッセージが、小さくない影響を及ぼしていた。

「ずいぶん存在感があるなあ」とは思っていた。選手権宮崎県予選準決勝。小林秀峰高と対峙した都城農のベンチから、選手とは違う色の黒いポロシャツを着用したスタッフが、ピッチに向けて積極的に声を掛けている。コーチにしては若く見えるものの、高校生にしては貫禄があり、正直立ち位置がよくわからなかった。

「今はヒザのケガでプレーは難しいということで、コーチでベンチに入れているんです」と試合後に明かしてくれたのは、チームを率いる横山雄太監督。そのポロシャツの青年は“コーチ”という役割を与えられていた3年生の宮窪。一目でムードメーカーとわかるようなナイスキャラの持ち主だ。

「今はコーチをやっています。アップのサポートや準備、時計を測ったりしながら、今はアップの仕切りは完全に僕がやっていますね。小学校も中学校もキャプテンをしていて、高校でも副キャプテンを任せてもらっているので、そういう仕切るようなことは人より得意なのかなと自分では思っています。自分で言うのもおかしいですけど(笑)」。

 そう自分を分析するコメント力もなかなかなもの。コーチとしてベンチ入りしている理由も、しっかり把握している。「ベンチに入れなくてもたぶん声は掛けているでしょうけど、ベンチにいると声が通りやすいですし、なかなか応援席の方にいると声も通らないじゃないですか。僕は自分が試合に出ている時から声を出すことを意識してやってきたので、そういうところを横山先生が評価してくださったのか、まあ、それはわからないですけど(笑)、それでベンチに入れてくださっているのかなと思います」。

「ずっと試合には出られていなかったんですけど、それでもみんなと一緒の気持ちになってずっとやってきてくれていて、今はずっとコーチでベンチに入ってもらっているんですけど、いつも支えられています」とはキャプテンのDF德重瑠佳(3年)。「本当に正義感が強くて、本当にチームのために動ける男です。みんなが信頼していますし、みんなが言うことを聞きますよね」という横山監督の言葉にも頷けるような、不思議な安心感を纏っている宮窪の、ある意味でどっしりとした“お父さん”的な雰囲気に、チームメイトも大いに助けられているようだ。

 指揮官が教えてくれたように、宮窪はこの夏、ヒザのケガに見舞われている。「夏休みのちょっと前に、セカンドチームで戦う地区リーグの参入戦という試合があったんですけど、その何日か前に軽い捻挫をしてしまったんです。でも、やっぱり試合は出ないといけないので、ちょっと無理してしまって、そこでケガが悪化して、靭帯が緩んだところまではいかないですけど、より痛めてしまった感じでした」。

 セカンドチームのキャプテンを務めていることもあり、強い責任感から大事な一戦に出場したことが、結果的に自身にとってはより深刻な事態を招き、戦線離脱を余儀なくされる。ただ、今年は高校ラストイヤー。いつまでも立ち止まってはいられない。しばらくの休養を経て、実戦復帰したものの、その試合もヒザをかばってプレーしていたため、逆側の足も痛めてしまう。

「『もうこれは神様が「チームをサポートしろ」って言っているんだな』と思って、それに徹することに決めたんです。自分ももちろんずっとサッカーをやってきたので、プレーし続けたい気持ちは凄くあったんですけど、もうチームを良い形でサポートできたらいいなって」。“セカンドチームのキャプテン”から、“3年生コーチ”へ。宮窪はとにかく自分の力を、チームを支えることにすべて費やす覚悟を決めた。

 小林秀峰との準決勝は前半終了間際に先制点を許すと、以降は押し気味にゲームを進めるも、なかなか1点を返せないまま、時間ばかりが経過していく。気付けばもう後半も終了間際に差し掛かっていた40分。ボールに念を込めたDF小坂琉偉(3年)のCKから、最後はストライカーのFW河野佑哉(2年)が執念でボールをゴールネットへ送り届ける。

 その瞬間。河野を先頭にピッチサイドへ一目散に向かってくる選手たちへ、弾かれたようにベンチからも都城農の選手やスタッフが駆け出し、歓喜の輪ができる。もちろん宮窪も満面の笑みを浮かべて、その中へ飛び込んでいく。起死回生の同点劇。土壇場で追い付いたゲームは、延長戦でも決着がつかず、PK戦でファイナルへの切符を奪い合うことになった。



 今の3年生が入学してから、最初の2年間はなかなか県内の大会でも思うような結果は残せなかった。最上級生になり、挑んだ新人戦とインターハイはともにリードを手にしながら、最後はPK戦で敗退を突き付けられている。「PKへの苦手意識はチームにあったと思います」と口にしたのはDF満留颯大(3年)。2つの大会の嫌な記憶が、選手たちの頭によぎっていたとしても不思議はない。緊張感の高まる中、「一言、言っていいですか?」と切り出した宮窪が、みんなの前に歩み出る。

「今までの今年の大会では、ずっと良いところまで行くんだけど、PK戦で勝てない流れがあったんです。でも、『そんな“都農”だけど、今までなかなか勝てなかった日南学園や、去年の選手権予選で負けた宮崎西にも勝って、自信を付けてきたんだろ』と。『そんなチームだった自分たちが、今まで勝てなかったチームにも勝ってきているんだから、自信を持って思い切り蹴って来いよ』ということだけ言いました」(宮窪)。

「宮窪が最後はチームをギュッとまとめてくれたんです」(横山監督)「あの言葉で一致団結して『勝つぞ!』って感じになりました」(満留)。PK戦では都城農2人目のキックがポストに弾かれたものの、守護神のGK久保陽翔(2年)が相手の3人目を見事にストップ。最後は後攻だった小林秀峰5人目のキックが枠を外れ、都城農に軍配が上がる。

「それこそPK戦で勝てていないというのがあったので、もう本当に嬉しかったです!」(宮窪)。同点に追い付いた時以上に喜びを爆発させた選手たちが、ピッチのあちこちで抱き合いながら、勝利の雄叫びを上げる。優しい笑顔でチームメイトたちを労っていた宮窪も、気が付けば天に向かって咆哮していた。



「最初のケガしたての頃は、『ああ、このままサッカーできないのかな』とか、『もう1回みんなとサッカーやりたいな』という気持ちはあったんですけど、やっぱり自分がコーチとして入って、そのチームが決勝まで行けるようなチームになったというのは誇りに思います」。“3年生コーチ”としての役割も板に付きつつある宮窪だが、実はこの日、PK戦以外のタイミングでも“一言”を仲間に送っていたそうだ。

「試合前にも僕が『1つだけ言っていいか?』と。『僕たちは3年生の人数が多くて、なかなかベンチにも入れないヤツがいる。彼らもここまで苦しい想いをしてきたけど、そういうみんなが応援してくれているんだということを忘れるなよ』ということを言いました。準決勝というこの大舞台で、今まで一生懸命やってきた仲間なのに、メンバーに入れていない選手もいるので、そういうヤツらを忘れるなと言いたかったんです。だから、『一言、言います』を2回やりました(笑)」。

 いよいよ次は全国大会を懸けた決勝戦。相手は横山監督も「頭3つ分くらい抜けている」と評する日章学園高。今年のインターハイでも全国16強に入った強豪だ。「僕はもうやれることを全力でサポートするだけですから、もし決勝もベンチに入れたらその枠を任された1人の人間として、チームをサポートしたいなと思います」。宮窪の決意が力強く響く。

「プレーは無理ですけど、ベンチの中からの声掛けもそうですし、もうアップからアイツがやっているので、絶対にチームに必要です。決勝ももちろんベンチに入りますよ」と指揮官は、宮窪の“ベンチ入り”を明言している。それはそうだろう。みんなが彼の存在の大きさを、試合を追うごとに実感していることは間違いないのだから。

 準決勝では2回も飛び出した宮窪の発する“一言”。こうなると当然、決勝でもその効力を期待したくなる。本人に聞いてみた。「決勝でも“一言”が必要なんじゃない?」。すると、笑顔を浮かべたポロシャツの青年は、こう返してくれた。「そうですよね。少し考えておきます(笑)」。

 ごくごく普通の公立校に舞い降りた『一言の魔法』の使い手。宮窪はどんな魔術をチームメイトに掛けるのか。37年ぶりの晴れ舞台に臨む都城農は、“3年生コーチ”の熱量がほとばしるベンチからも、常に目が離せない。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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