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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:約束の再会(青森山田高・芝田玲、昌平高・土谷飛雅)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 因縁とは、運命とは、実に不思議なものだ。練習への行き帰りに乗り続けた電車の中で、これからの未来に想いを馳せていた2人が、高校生活最後の晴れ舞台で別々の色のユニフォームを着て、それぞれのチームの勝利のために対峙することになるのだから。

「よりによってアイツとこの選手権の舞台で試合ができるとは思っていなくて、それが実現したことに対しては、本当に感動した気持ちもあります」(青森山田高・芝田玲)「最後にアイツと約束していた全国の準々決勝で試合ができて、本当に嬉しかったですし、だから、なおさら勝ちたかったなという想いがあります」(昌平高・土谷飛雅)。

 中学時代に同じチームで、同じ時間を過ごした親友同士。青森山田高(青森)MF芝田玲(3年=青森山田中出身)と昌平高(埼玉)MF土谷飛雅(3年=FC LAVIDA出身)が3度目の“再会”を果たしたのは、国立競技場でのプレーを懸けた高校選手権準々決勝のピッチだった。


 きっかけは『練習へと通う道のり』だった。中学生になって、ともに栃木の出身チームからFC LAVIDAへと入団した芝田と土谷は、行き帰りの電車が一緒だったこともあって意気投合。ピッチ内外で親交を深めていく。

「飛雅とは日常からずっと一緒にいた感じです」と芝田が話せば、「同じ栃木出身で、ずっと電車でも一緒に行っていて、練習も一緒にしてバチバチやり合った仲ですね」とは土谷。お互いにその力を認め合い、練習で切磋琢磨して、一緒に電車で帰る。そんな毎日を繰り返していた。

 ただ、芝田は熟考の末に、中学3年から青森山田中で勝負する決断を下し、そのまま青森山田高へと進学。一方の土谷は、FC LAVIDAの大半のチームメイトとともに昌平高の門を叩き、2人はそれぞれの道から日本一を目指す高校生活をスタートさせる。

 昨シーズンはどちらも2年生ながら強豪校でレギュラーを掴み、確かな存在感を打ち出していく中で、両校が出場したインターハイでも選手権でも対戦は叶わなかったが、年末のプレーオフを勝ち抜いた昌平がプレミアリーグへの昇格を果たしたため、ようやく最高学年時にホームアンドアウェイ方式のリーグ戦で、2度の“再会”が約束されることになる。


 1度目の“再会”は昨年の7月2日。青森山田高グラウンドで行われたプレミアリーグの一戦は、ホームチームが5-1で快勝。1ゴールを記録した芝田は、試合後に率直な想いを口にする。「昌平の下部組織でもあるLAVIDAからこの青森山田に来て、今日は自分がここに来た意味を結果で示す日だと思っていたので、今までのどの試合より負けたくない相手でしたし、その相手に自分のゴールが生まれて勝てたというのは、凄く嬉しかったです」。

 もちろん親友についての言及も忘れない。「飛雅は地元に帰った時も遊ぶような仲の良い友達ですし、今日はマッチアップすることになりましたけど、それは凄く楽しかったですし、後期もしっかり勝ちたいと思います」。この日の結果に、土谷が悔しさとリベンジへの想いを募らせたことは、あえて言うまでもないだろう。

 2度目の“再会”は11月26日。リーグ戦も残り2試合というタイミングで設定された両者の激突。「1年間のリーグ表を見た時に、昌平との試合が最後から2節目ということで、自分の中では『ここに優勝の可能性を持っていけたら最高だな』とは思っていました」という芝田が描いたシナリオを、サッカーの神様は用意する。青森山田はこの試合に勝てば、リーグ制覇を達成するシチュエーションが整っていた。

「玲とは結構連絡を取り合っていて、それこそ最近ではなくて結構前から『昌平で優勝決めるわ』と言っていましたし、昨日電話した時にも言ってきたんですけど、そこは絶対に阻止しなきゃいけなかったので、気合は入りました」と話した土谷だけではなく、目の前での優勝を阻止すべく、昌平の選手たちに気合がみなぎっていたことは想像に難くない。

 会場の昌平高校グラウンドは、FC LAVIDAが練習に使っているグラウンドでもある。毎日のように通っていた場所へ4年ぶりに“帰還”した芝田は、「ここにいる間に芝生の張り替えもあって、その時は凄く綺麗で芝生が立った状態だったんですけど、4年ぶりに来たら芝生も少し寝ていて、そこは時間の経過を凄く感じましたね」とも言及。小さくない感慨を抱きながら、かつての練習場のピッチへと足を踏み入れていく。

 試合はホームチームが意地を見せる。土谷も自ら獲得したPKをきっちり沈めて先制点を奪うと、直後には2点目もアシスト。2ゴールに絡む活躍で、旧友の前に力強く立ちはだかる。ただ、タイトルへの執念を発揮したアウェイチームも、後半45分からの連続得点で何とか追い付き、2-2でタイムアップ。優勝の行方は最終節へと持ち越されることになった。

2度目の“再会”でマッチアップする芝田と土谷


「玲と試合するのは本当に気合いが入ります。ずっと仲も良かっただけに負けたくなかったですし、前期はアイツが点を獲っていて、今回は『自分が決めたい』と思っていたので、点を獲れて良かったです」(土谷)「ここで優勝するチャンスは得られたんですけど、掴み取れなかったので、『そんなに甘くないな』という感じですね。飛雅とは昨日少し電話したりして、お互いに『やるぞ』という話はしましたけど、今日はアイツに結果を出されてしまって、凄く思い出深い試合にはなりましたけど、ここで優勝したかったなという想いが強いです」(芝田)。

 両校が出場権を勝ち獲っていた選手権の組み合わせは、既にこの時点で決定していた。青森山田と昌平がともに勝ち上がれば、対戦するのは準々決勝。国立競技場でプレーするための権利を争う大一番だ。

「試合が終わった時に、玲とも『ベスト8でな』という話をしているので、今は1分け1敗ですけど、最後にしっかりと選手権のベスト8で勝てるようにしたいなと思いますね」(土谷)「この一戦にはいろいろな気持ちがある中で挑みましたけど、こういう複雑な想いがある中で、結果が出せないのは自分の実力不足だと思うので、選手権でもう1回対戦できたらいいなと思います」(芝田)。特別な2度目の“再会”を経て、2人は3度目の実現を誓い合った。


 迎えた最後の選手権。プレミアリーグ王者としてこの大会に臨んだ青森山田は、初戦の飯塚高(福岡)戦で窮地に立たされる。後半に入って先制を許し、1点を返せないまま時間ばかりが経過。だが、終盤に何とか追い付くと、PK戦を粘り強く制して辛勝。3回戦は広島国際学院高を相手に7ゴールを奪う大勝で、全国8強を手繰り寄せる。

 1回戦からの登場となった昌平は、奈良育英高(奈良)戦こそ7-0で快勝を収めたものの、続く2回戦の米子北高(鳥取)戦は敗色濃厚だった後半のラストプレーで同点弾を叩き込み、PK戦の末に辛うじて勝利。3回戦の大津高(熊本)戦でも、1点ビハインドの後半終盤でスコアを振り出しに引き戻し、またもPK戦で競り勝って、ベスト8へと駒を進める。

「一昨日このカードが決まった時にも、こっちから『やっと来たか』というふうに連絡したら、向こうは向こうで『待ってたよ』みたいな感じで返してきましたね」(芝田)「大津戦に勝ったその日に、アイツから『やっとだな』というLINEが来て、『待ってたよ』というやり取りをして、お互いに『負けないぞ』というふうに言い合いました」(土谷)。

 因縁は巡る。とうとう2人は、負けた方が高校サッカーの終わりを突き付けられる、3度目となった約束の“再会”へと辿り着く。


 数多くの報道陣に囲まれた芝田が、誇らしげに言葉を紡ぐ。「この準々決勝は“古巣”相手で、去年敗れた場所ということで、自分にとってベストなシチュエーションの中で結果が残せたので、まずは夢に見た国立の舞台のピッチに行けるということは素直に嬉しいです」。

 準々決勝の試合は、前半4分までに青森山田がいきなり2点を先行。芝田は1点目を素晴らしいクロスでアシストすると、正確なFKを蹴り込んで2点目も演出。さらに19分にはカウンターのチャンスへ果敢に飛び出し、自らのゴールで3点目を記録する。

「あの場面は昌平高校のボランチはたぶん戻っていなかったと思うんですけど、そこで自分がこの青森山田で鍛えた走力は出せたのかなと思います」。猛烈なスプリントでゴール前まで駆け上がって奪った得点に、青森の地で牙を研いだ4年間での成長が垣間見えた。

自らのゴールに笑顔を見せる芝田


「割と2戦目、3戦目よりはボールも触れたと思うんですけど、シュートまでなかなか行けなかったのが一番大きかったです。ビビっていたわけではないんですけど、もっと攻撃に関わる枚数だったり、フォワードに入れた時にみんなスプリントしてボールに関わろうとするかとか、そういうところが出せなかったですね」(土谷)。

 昌平は小さくないビハインドを追い掛ける中、左サイドハーフでスタメン出場した土谷も良い形で攻撃に関われず、途中からは1トップ下にスライドしたものの、いつものようなチャンスメイクは鳴りを潜めると、4点差を付けられた後半22分には無念の途中交代。試合終了のホイッスルは、ベンチの中で聞くことになった。

ボールを運ぶ土谷。無念の途中交代を強いられた。


 チームが挙げた4得点すべてに絡んだ芝田は、自身のパフォーマンスについて、こう振り返る。「今大会はまだゴールもアシストもなかったので、一応今日は1ゴール1アシストできて、自分のできる精一杯のプレーが勝利に繋がったのは嬉しいです。今日の試合前に正木さん(正木昌宣監督)からは『楽しめ』という一言をもらって、今大会はここまで自分にプレッシャーを掛け過ぎていた部分があったので、正木さんの一言で肩の力が抜けて、良い試合の入りができたかなと思います」。

 土谷も“盟友”の活躍は認めざるを得ない。「玲もたぶんここに懸けてきたと思うので、そういう気合は見えましたし、先に1点行かれて、自分も負けずに『決めたいな』と思ったんですけど、結局決められなかったので、今回は個人でもチームでもアイツに負けましたね」。さばさばした表情で語った言葉が印象深い。

 準決勝以降へのエールには、悔しさとうらやましさが滲む。「勝ってほしいかなあ……。難しいですね。でも、連絡はきっとあっちから来るので、こっちからはせずにしばらく待って、連絡が来たら『次も勝てよ』と言ってあげようかなと思います(笑)」。そう言い切った土谷に、少しだけ笑顔が戻った。

 この勝利で改めて定めた決意を、芝田は力強い口調に込める。「このゲームが終わった瞬間のピッチに飛雅はいなかったですけど、(佐怒賀)大門だったり、(田中)瞭生だったり、(長)準喜とも話して、みんな自分に『絶対優勝しろよ』というふうに言ってくれたので、本当に口だけじゃなくて、アイツらの想いを背負って、絶対に優勝したいです。そのあとはまた一緒に遊びに行くと思うので、優勝して会えるようにしたいですね」。

 卒業後はそれぞれ違った関東の強豪大学へと進学する。土谷が描く少し先の未来予想図は、きっと芝田が思い浮かべているものと、大きくは相違ないはずだ。「大学でもまたアイツと対戦したいですし、その時はアイツに負けないように、1日1日大切にやっていけたらなと思います。そのあとは……、プロで一緒のチームに入って、また一緒にプレーできたらなという想いはありますね」。

 親友同士の“再会”には、きっとまだまだ続きがある。4度目が、5度目が実現した先に、もし同じユニフォームを纏って、同じチームでプレーする未来が待っていたならば、それはきっと同じ電車で、同じグラウンドに通い続けたあのころと同じぐらい、最高な毎日を2人で過ごせるに違いない。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』

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