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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:感謝の連鎖(早稲田実高)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「本当にたくさんの方に応援していただけて、本当に幸せな時間でした」。

 チームの守備を束ねてきたディフェンスリーダーのDF若杉泰希(3年)が、穏やかな笑顔で終わったばかりの80分間を、そう振り返る。創部56年目でようやく掴んだ晴れ舞台。2023年の東京王者。早稲田実高(東京B)は高校選手権の歴史に、確かな足跡を刻んだのだ。


 広島国際学院高(広島)と対峙した開幕戦。会場は国立競技場。日本でサッカーをする者なら、誰もがその芝生の上に立ちたいと願う特別なグラウンドだ。「学校で割り当てられた応援席は確か6分で売り切れてしまったので、『どれくらいの人が来るのかな』という期待はしていました」と話したのは、チームを率いる森泉武信監督。OBの方々も、保護者の方々も、学校の生徒たちも、早稲田実に関わる多くの人が、この日の“全国デビュー戦”を心待ちにしてきた。

 ピッチへと入場する直前。キャプテンのMF西山礼央(3年)は、自分の置かれていた状況にワクワクしていた。「全国大会でエスコートキッズを連れて入場するというのは、今まで憧れていた形だったので、1つの良い経験になりましたし、凄く興奮しましたね」。まるでプロサッカー選手のように、エスコートキッズを伴って戦いのステージへと歩みを進めていく。

「プロの選手とかやっているのを見て『カッコいいな』とは思っていたので、嬉しかったですね」と西山同様の感想を口にしたFW久米遥太(3年)が、「人の多さもそうですし、スタンドの雰囲気も含めて今まで経験したことのない、ビックリするような舞台ではあったんですけど、それにビビるのではなくて、その緊張感を自分のものにして楽しんでやるということを、チームとして意識して入りました」と続けたように、早稲田実はキックオフ直後からフルスロットルでゲームに入る。

 最初の決定機は前半わずかに50秒。相手のミスを突き、左サイドを抜け出した久米のシュートはボール1個分だけ右ポストの外側へ逸れたものの、いきなりビッグチャンスを創出。3分にも右サイドで西山のスルーパスに久米が飛び出すと、シュートは相手GKのファインセーブに阻まれ、こぼれを中へ入れた久米のクロスから、MF戸祭博登(3年)のフィニッシュは枠の上へ外れるも、ゴールの香りを漂わせるラッシュに、エンジのスタンドも大いに沸き上がる。

 続いては守護神が魅せる。6分。1本のフィードで左サイドを崩され、放たれた強烈なシュートはGK高村裕(3年)が冷静なセーブで対応。さらに直後にも左からのクロスに、エリア内からまったくのフリーで許したシュートは、ここも高村が右足1本で超ファインセーブ。堅守を司る最後の砦が、広島国際学院の前に立ちはだかる。

 以降もMF岩間一希(3年)や西山、戸祭の中盤3センターを中心に、セカンドボールの回収でも優位に立ち、好リズムは早稲田実。「もちろん相手は速くて、強くて、良いチームでしたけど、プレーしていて『チャンスが転がってくるな』という感覚はあったので、そこで行けるかなという感じはあったと思います」という久米の言葉は、おそらくそのままチームの共通認識だったはずだ。

 だが、失点シーンは唐突に訪れる。28分。ロングスローの構えから一転、短いスローインを経て、中央に入ってきた右クロスを頭で繋がれ、最後もヘディングでプッシュ。ボールは早稲田実が守っているゴールのネットを揺らす。東京都予選の5試合すべてで無失点を貫いてきたチームにとっては、これが今回の選手権で初めての失点だった。

 それでも過剰な焦りの色は、選手たちに浮かばない。「たまたま予選では無失点だったんですけど、今までの試合では何度も失点して追い付いたりとか、逆転する試合もやってきていたので、『全然下を向くことないぞ』と、取り返せると思って前向きにやっていました」(久米)「予選無失点は『うまく行きすぎだ』ということは常に言っていましたし、『失点してもブレずに自分たちの戦いをしよう』ということはずっと言ってきていたので、1失点しても別にブレたわけではないと思います」(若杉)「バタバタはそんなにしていなかったですね。『この失点は仕方がないから、次に獲りに行こう』という感じで切り替えてやっていました」(西山)。ハーフタイムにもやるべきことを全員で確認して、後半の40分間へと気合を敷き直す。

 2失点目もスローインからだった。後半12分。今度は右サイドからシンプルに投げ入れられたロングスローを、直接頭で合わされたボールがゴールネットへ吸い込まれる。「セットプレーの想定はしていたんですけど、広島国際さんの方が単純に入れるケースと、ワンクッション置くケースと、工夫してきたので、そういう面での力の差も出たのかなと。戦略負けかなと思います」とは森泉監督。0-2。小さくないビハインドを負ってしまう。

 最後の20分は、攻める。19分。右サイドをえぐった久米のクロスに、途中出場のMF野川一聡(1年)が枠へ収めたヘディングはGKがキャッチ。25分。右から久米が蹴ったCKに、やはり後半から投入されたDF森敦彦(2年)が合わせたヘディングはわずかにゴール左へ。33分。西山、野川とパスを繋ぎ、右から久米が打ち切ったシュートは枠の上へ。フィニッシュまでは持ち込むものの、どうしても1点が遠い。

「やっぱり一番最初に感じたのは、悔しさでした。『試合が終わった時に勝っていること』が今日の目標だったので、それを成し得なかったことがまず悔しかったです」(久米)。3分間のアディショナルタイムが過ぎ去ると、タイムアップのホイッスルが響く。試合終了直後は気丈に振る舞っていた選手たちも、応援団への挨拶を終えると、少しずつ高校サッカーが終わった実感がこみ上げてくる。あふれてくる涙をこらえながら、一人ひとりがピッチへ深々と頭を下げ、早稲田実にとって初めての全国大会は、静かにその幕を閉じた。


 今年のチームは西山や久米、若杉、戸祭と1年生から出場機会を獲得していた選手が多く、もちろん大きな目標としての『全国大会出場』は掲げていたものの、それがシーズンを通じて彼らの中で現実味を帯び続けていたとは、言い切れないだろう。

 春先の関東大会予選では2回戦で敗れ、インターハイ予選に至っては初戦敗退を余儀なくされる。森泉監督は「インターハイで初戦で負けた時は、たぶん『自分たちはもっとできるな』という過信があってやられたところもあったので、あそこで少し頭を冷やしたというか、相手がどこであろうとも優勢になることはないんだと、そういうところからきちっと地道なサッカーをやらないとダメなんだ、ということがわかったのだと思います」と言及。結果の出なかった2つの大会を経験し、選手も改めて自分たちの足元を見つめ直した。

 一方で指揮官は今年のチームを見ていく中で、その“自主性”の高さには驚かされていたという。「今年の子たちは我々から『こうしよう』というアクションを起こした時に、吸収する力と、それを広げてまとまっていく力というのが、キャプテンの西山と副キャプテンの久米を中心に高かったんです。自分たちで足りないと思うと朝学校に来て、みんなでまとまってコーナーキックを練習していたりとか、こちらが言わなくても求めた以上のことを自主的にできる子たちだったので、そこは凄いなと思いますね。特に試合に出ている子たちの主体性は非常にあったと思います」。

 もう1つのキーワードは『感謝』だ。全国切符を勝ち獲った予選決勝の試合後に、若杉が力を込めて話していた姿が印象深い。「試合に出ているのは11人ですけど、11人の力だけでは到底こんなところまでは来れないので、試合が終わった瞬間は両親やスタンドで応援してくれた学校の生徒たちもそうですし、スタンドで見ていた部員も、ベンチでサポートしてくれたメンバーも、森泉先生を筆頭にしたコーチ陣の先生も、自分がケガをしていた時に処置してくれたトレーナーさんも、本当にいろいろな人への感謝が浮かびました」。

 西山はこの日の国立のスタンドの一角を埋め尽くした“応援団”に対して、言いようのない感謝を覚えていた。「メチャメチャ勇気ももらって、パワーをもらいました。スタンドを見て、『ああ、みんな頑張ってくれてるな。自分たちも頑張らないとな』って思いましたね」。とりわけ試合に出ていない3年生の声援からは、いつだって自分を奮い立たせるための勇気を受け取ってきた。

 久米が感謝を向けるのは、シーズンを一緒に歩み続けてきたチームメイトだ。「今年は1年間ほとんど同じメンバーでやってきて、みんなが自分たちのもともとの能力以上のものを出して戦ってきてくれたと思うので、もちろんもう一歩上に行きたかったなという想いはあるんですけど、ここまで一緒にやってきてくれて、本当に感謝したいと思いますし、今年の代の3年生はBチームの選手も応援席も含めて、一致団結できていたのが強い力になったと思います」。

 自らも高校時代を過ごした母校を率いる森泉監督は、3年間を一緒に戦い抜いた“生徒”でもあり、同じエンブレムを纏ってきた“後輩”でもある3年生へと、感謝の言葉をこう語る。「彼らは早実としても初めてのところまで連れてきてくれましたし、本当に『ありがとう』と思っています。もちろん監督という立場としてもそうですけど、この学校のOBとしても『ありがとう』ということはみんなに話しました」。連鎖する感謝の輪が広がり、そこにまた意志のあるものが集う。そうやって、きっとこれからも歴史は続き、紡がれていく。


 悲願の全国大会出場は、堂々と成し遂げた。3年生の彼らはもう1つ先の目標を、これからの後輩たちへ託していくことになる。

「早実という学校は勉強もサッカーもやらなくてはいけない中で、自分たちも『頑張れば全国にだって出ることができるんだ』ということを見せられたと思うので、後輩たちには『ここから先に勝ち進む』ということをやってもらいたいなと思います」(若杉)。

「早稲田実業としての歴史を創ったことに関しては、もう1か月前に喜んだので、『今度は全国で勝利を挙げることで、歴史を変えよう』と全員が思っていたんですけど、それができなかったのは悔しいですね。全国で1勝を挙げるという目標は、後輩たちに託したいなと思います。やっぱり愚直さや堅実さというのは、絶対にチーム作りの上で抜かしてはいけない部分だと思いますし、個の強さも現実的に必要な部分もあると感じたので、そこがより強化されたら、もっともっと強いチームになると思います」(西山)。

「きっと来シーズンは注目もされますし、苦しい時もあると思うんですけど、そこを乗り越えた先に見えるものは必ずあって、僕らもインターハイやリーグ戦で苦しい時期を乗り越えた先に、こういう全国という舞台があったわけで、最後に大きな喜びを得るために、どんなに長く感じても苦しい時期とちゃんと向き合ってやるというのが早実の良さですし、それができた代は強いと思うので、来年以降もそこを崩さずに、早実の強さを磨いていってほしいなと思います」(久米)。

 すぐりし精鋭が目指す理想の王座のイメージは、きっとこのチームを取り巻く多くの人に、今回の躍進を経て、湧き始めていることだろう。多くの人への感謝に支えられ、国立競技場まで辿り着き、この冬に熱く闘志を燃やした2023年の早稲田実へ、最大限の敬意と拍手を。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』

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