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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:したたかな“シナリオライター”が描く「西が丘のその先」へ(日大三高)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 このサッカー部にとっては初めてとなる東京4強進出。快挙であることは間違いないが、今年の彼らはそれで満足するような目標設定をそもそもしていない。やるならばその先を、つまりは全国の舞台を目指してきたのだ。そう考えれば、今はまだスタートラインへ立ったに過ぎない。

「これまでは『西が丘に行こう』ということが目標だったんですけど、このチームを立ち上げた時から『西が丘で勝つこと』が目標であり、そこから『西が丘で勝つための練習をしよう』『だったらもう全国を目指すしかないんじゃないか』ということで、それを合言葉にやってきたことは間違いないです」(日大三高・池村雅行監督)。

 狙って掴み取った西が丘の晴れ舞台。第102回全国高校サッカー選手権東京都予選Bブロック準々決勝が29日、堀越学園総合グラウンドで行われ、お互いに初めての全国を狙う日大三高と多摩大目黒高が激突した一戦は、前半にFW対馬輝(3年)が先制ゴールを奪い、終盤にもキャプテンのDF保坂翔馬(3年)が追加点を決め切った日大三が2-0で快勝。同校初の選手権ベスト4を逞しく手繰り寄せている。

「最初は多摩目さんが放り込んでくると思ったら、意外と繋いできてくれて、そういうサッカーに対しては自分たちも得意な感覚は持っているので、『意外と押し込めるな』『自分たちのサッカーができるな』というところで、中盤の逆三角形のところでボールを持ちながら、自信を持って繋ごうというプランに変えました」(保坂)

 序盤の流れを見て、スタッフと選手たちで即座に話し合い、自分たちのスタイルを貫けると確信した日大三は、アンカーのMF古川千心郎(3年)、インサイドハーフのMF山田陽生(3年)とMF成瀬完太(3年)が丁寧にボールを動かしながら、攻撃のギアを明確に一段階上げる。

 もともと敷いていた布陣も効果的だった。「ハイプレッシャーを掛けないと相手も慣れてくるし、逆にウチらが飲み込まれるぞということを言っていたものですから、初めに主導権を取りに行こうということで、わざと左サイドと右サイドをワイドに張らせた状態で、あそこで“ピン止め”させたところを基点に勝負しました」(池村監督)。右のFW鈴木一心(3年)、左のFW矢嶋翔(2年)とウイングの推進力もチームの勢いを後押し。ゲームリズムは完全に日大三が掌握した。
 
 その流れの中で先制点が生まれる。21分。右サイドで前を向いた鈴木は「自分でも縦に積極的に仕掛けようということは毎試合思っていますし、メッチャ良いボールが蹴れたと思います」と鋭い突破から、完璧なグラウンダークロス。「普段から『ファーで待っていろ』という池村先生の指示があるので、もう一心を信じてファーで待って、とにかくそこに走り込むことを実行するだけでした」という対馬のシュートがゴールネットへ吸い込まれ、日大三が1点をリードして前半の40分間は経過する。

日大三高は対馬輝のゴールで先制点を奪う!


 後半に入ると、多摩大目黒も反撃開始。3分にはFW水越大心(3年)が裏に送ったパスから、DF佐藤滉(3年)が左クロス。こぼれを叩いたDF宮川怜恩(3年)が放ったシュートはゴール左へ外れるも、3バックの一角に入った佐藤のオーバーラップからフィニッシュまで。積極的なアタックで同点への意欲を覗かせる。

「予想通り後半は難しい時間が長くて、守備する時間も多かったですけど、想定内ではあったので、みんなで声を掛け合っていました」と保坂が振り返ったように、多摩大目黒は中盤に位置するMF吉越巧(2年)とMF高橋寛生(2年)にボールが入り出し、右の宮川、左のMF石井貫太(3年)と両ウイングバックを使った攻撃も機能。前線の水越とMF馬場相太(3年)を絡めたテンポの良いパスワークで、相手ゴール前まで迫るシーンが増加する。

 29分にはセットプレーから連続チャンス。右CKを宮川が蹴り込むと、馬場が放ったボレーは日大三の右SB西村瑠眞(3年)が身体でブロック。直後にも石井が蹴った左CKからフィニッシュを取り切るも、ここは山田がやはり身体でブロック。日大三もGK高橋太斗(3年)に保坂とDF佐竹桜介(2年)のセンターバックコンビを軸に、右の西村、左のDF西澤健五(3年)の両サイドバックも高い集中力を保ち、ゴールを割らせない。

 すると、次に生まれた得点も日大三。36分。右サイドで手にしたCK。矢嶋が丁寧に入れたキックを、ニアへ飛び込んだ保坂が頭で軌道を変えると、ボールはゴールネットを鮮やかに揺らす。

「誰が決めても良かったですけど、それが自分だったのは嬉しかったですね。実は関東予選の関東一戦でも決めていて、それもニアでコーナーを合わせたゴールだったので、そこは自信を持って飛び込めたかなと思います。もう鳥肌が立ちましたね。点を獲ったら応援の後輩たちのところに行こうと決めていたので、嬉しい限りでした」と笑顔を見せたキャプテンの追加点で勝負あり。終わってみれば2-0で勝ち切った日大三が、準決勝への進出権を獲得。新たなサッカー部の歴史を堂々と創り上げた。



 勝利の歓喜に沸く選手たちを見つめながら、日大三を率いる池村監督は「彼らが本当にかなり成熟してくれて、自分たちでやるべきことの準備ができてきているチームなので、まずは相手がどうこうというよりは、自分たちのサッカーをするためのコンディションを整え、士気を高め、その準備を着々と行ってきただけで、監督としては何もしなくても、子どもたちに任せられるんです(笑)」と謙虚に笑う。

 ただ、この情熱の指揮官はなかなかの“シナリオライター”でもある。先制アシストを記録した鈴木が、今年のチームの幕開けとなった『第1話』のことをそっと教えてくれた。

「今年の代が始まる最初のミーティングで、監督に『オマエらの代はベスト8までは確実にオレが連れて行ってやれる。そこから先の西が丘に行けるか、全国に行けるかはオマエらに懸かっている』と言われたんです。だから、ベスト8まで行った時は『約束通りだ』という感じで、この試合に関しては『もうあとはオレらでやるしかないな』という感じだったので、自信はありました。監督、カッコいいっす!」。

 キャプテンの保坂もハイレベルな“ストーリーテラー”だ。この人が明かした言葉も非常に興味深い。

「この20年間ぐらい三高としては『西が丘で勝利』ということを目指していたと思うんですけど、僕は1年の時から『それって言わされているんじゃないかな』と思っていたんです。なので、僕はもう1個目標を上げて、4月から『全国に行こう』とより大きなことを言ってきたので、あくまでも『計画通りだったな』という感じで、今もそこまで満足はしていないです。次へのスタートを切ったというだけなので、この1週間良い準備をしていきたいと思います」。

 彼らが描いたシナリオやストーリーを好演する“アクター”も粒ぞろいだと言っていいだろう。貴重な先制ゴールを決めた対馬が、少し言いにくそうに明かした言葉が微笑ましい。「実はTリーグでも9試合でPKの1本しか決められていなくて、選手権もここまで点を獲れていなかったので、やっとチームに貢献できたかなという感じでした」。今季初めてとなる流れの中からのゴールを、この重要な試合で持ってきたストライカーの引きの強さ。取材に応じていた際にはかなりチームメイトから冷やかされるような“イジられキャラ”だが、しっかり話し終えた後には拍手が起こるようなグループの雰囲気も、実にいい感じだ。

 西が丘へと勝ち上がる『最新話』を演じた彼らも、まだ『最終回』を迎えるつもりなんて毛頭ない。アグレッシブなウイングの鈴木が「ずっと何十年も目標にしていた西が丘への出場を、自分たちの代で果たせたというのは凄く誇らしく思います。でも、これで満足しないで全国に行って、これからの代も全国を前提にやっていけるぐらいの結果を出したいですね。次はオレの番です!」と“主演”に名乗りを上げれば、「みんなから託された11人としてピッチに立っているので、それに恥じないように、フォワードとして点を決められるように、もっとシュートを練習していきたいなと思います」と、こちらも控えめな“主役”宣言を口にする。

「この1週間は子どもたちのために、研究できるところは研究するしかないかなと。堀越さんも常連ですから、胸を借りて、ウチらしく最後までボールを追い掛けて、堅守速攻を狙って、一瞬の隙を突きたいと思います」と謙虚に語った池村監督の言葉を、そのまま鵜呑みにしてはいけない。したたかな指揮官がひそかに描いているシナリオには、きっと『西が丘のその先』がしっかりと書き込まれているはずだ。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』

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