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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:夏空の向こう側(ザスパクサツ群馬U-18)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 群馬の夏空に、白く大きな入道雲が浮かぶ。この青い空の向こうには、自分たちが追い求めている世界の景色が広がっているのだろうか。少しは見えた気もするが、やはりまだ見えないような気もする。だったら、やはり目の前のボールを追い掛けるしかないと、彼らはまたグラウンドへと走り出していく。

「『ザスパのアカデミーは強くない』みたいに言われたりしているのはわかっていますし、県内でも『ザスパよりは前橋育英』とも言われがちですけど、群馬県の高校のチームと言ったらザスパの名前が出てくるようになってほしいですね。昔よりは確実に強くなっていますし、今の2年生の代もちゃんと強いので、希望はあると思っています」(ザスパクサツ群馬U-18・松本修生)。

 自分たちで地道に築いてきた歴史の階段は、間違いなく一歩ずつ、積み上がっている。ザスパクサツ群馬U-18が見据える未来へ向けた小さな蕾は、以前より着実に咲き誇るべき花の色を、鮮やかにイメージし始めている。



 6月1日。日本クラブユース選手権(U-18)関東大会。群馬U-18は勝利すれば初めての全国大会出場が決まる一戦に臨むため、FC東京U-18のアウェイへ乗り込んでいた。

「『アクシデントを起こしたいな』というイメージで入ったんですけど、ちょっと失点が早かったので、そこでもっと我慢できていれば、もっともっと苦しめられていたのかなと思います」と話すのはチームを率いる倉尾正典監督。11分に先制点を奪われると、相手のスピードと強さに振り回され、その後も失点がかさんでいく。

「自分たちは県リーグで戦っているので、ここまで強度の高い試合やプレースピードは体験したことがなかったです」とはキャプテンを務めるDF松本修生(3年)。前半のスコアは0-4。何もできないままに45分間は過ぎ去っていった。

 後半も早々に5失点目を献上。「久しぶりの大量失点でしたし、自分はメンタルが弱いので(笑)、いろいろ言われてちょっと心に来ちゃいました。もうちょっと通用するかなと思っていましたし、勝つ気でいたので」。そう振り返るGKの渡辺もか(2年)はピッチに大の字に倒れ込み、しばらく立ち上がれなかった。



 だが、少しずつ群馬U-18もゲームのテンポに慣れていく。「チーム全体の意志がハッキリしましたね。後半は1回守備から入って、攻撃に繋げてということを意識してやれましたし、あとは気持ちです。『後半だけは負けたくない』という気持ちで、拮抗したのかなと思います」(松本)。

 最前線に入っていたFW冨丘徹平(2年)は、きっちりとボールを収め、時折前を向いてチャンスを作りかけるなど、個で勝負できるクオリティを発揮していた。「センターバックを抑えて逆サイドに展開したりも、意外とできましたね(笑)。手応えは、少しありました」と言う彼に、相手のCBが年代別の日本代表選手だと伝えると、「え、マジですか?」と真剣に驚く表情が微笑ましい。

 後半もアディショナルタイムに入った45+1分。群馬U-18に決定機がやってくる。左サイドから冨丘が果敢にドリブルで仕掛け、「シュートを打ちたいと思ったんですけど、相手の足が出てきたので、速いパスを出せば行けると思って」右へラストパス。ここに走り込んだ途中出場のFW櫻井仁人(1年)のシュートは、確実にゴールネットを揺らす。

「トラップした時にディフェンダーが一歩右にズレたので、そこでできたスペースを狙って打ったら入りました」と冷静に状況を見極めていた1年生アタッカーの一撃。ようやく1点を返したが、“ホームチーム”はこれで試合を終わらせてくれなかった。

「相手の監督の奥原(崇)さんもずっと知っている方ですけど、意地がありましたよね。ザスパ相手に絶対失点したくなかったはずで、失点したら『もっと点数獲りに行けよ』とムキになってくれましたし、凄くリスペクトされながら試合ができたので、もしかしたらそれが最大の評価なのかなと感じましたし、ありがたかったなと思います」(倉尾監督)。ようやく手にした得点の2分後に、FC東京U-18は6点目をゲット。ファイナルスコアは1-6。それは現在地を過不足なく伝えてくれるような結果だった。

「本音で言えば、後半の出来が前半だったらなというのは正直なところです」と笑った倉尾監督は、続けて「もともと力の差があるのはわかっていたので、失点したらこうなるだろうなということは想定の中にありましたけど、今年は攻撃で1本は行けそうな雰囲気はずっと持っているので、そこを引き出そうかなと思っている中で1点入って、次に繋がるゲームはできたのかなと思います」とポジティブな部分に目を向ける。

群馬U-18を率いる倉尾正典監督(右端)と有薗真吾コーチが話し込む


「メチャメチャ楽しかったです。90分があっという間でした」という冨丘の言葉も印象深かったが、キャプテンもほとんど同じような感想を口にするのも興味深い。「今までで一番キツかったですけど、今までで一番楽しかったです。90分間があっという間で、決められるところを決めていれば、流れは変わって、もっと良い勝負になったのかなと。でも、1対1の強さ、球際の強さ、プレーの速さは全然レベルが違って、またそこは練習から考えなきゃいけないなと思いました」(松本)。未知のレベルとの遭遇は、やはり楽しかったのだ。

 実はこの日に対戦した両者は、2009年のJユースカップでも顔を合わせている。その時のスコアは21-0。「たまたま仕事で群馬に帰ってきていたその時のOBに今日会ったので、『今からFC東京に行くんだよ』と話したら、『あの試合は僕らが2年生の頃ですね。思い出したくないです』って(笑)。僕もその記憶がよぎって『嫌だなあ』と思いながら来ましたから」とその一戦も指揮を執っていた倉尾監督は笑いながら、14年の時を経ての“再会”で得た率直な想いをこう明かしてくれた。

「今日は噛みつこうとしていましたし、終わった後に泣いていたので、そこは全然違います。選手の質は確実に上がっていると思うんですね。『何かやってやろう』とか、『チャンスがあればウチらも行けるんじゃない?』という気持ちを持って試合に入っているので。昔はそこまでになっていなかったですから。でも、やっぱり何か足りないものがあるのかなって。向こうの方が成長スピードが速いですし、それを追い掛けながらやっていかないといけないですし、まだ勝てるようなレベルではないので、まだまだやることがたくさんあるなと思いました」。

 彼らはすぐ3日後に試合が控えていた。そこから2つの勝利をもぎ取れば、全国大会の切符が手に入る。松本は次の決戦に向けて、気を引き締める。「今日の試合で何ができて、何ができなかったか、相手のどんなプレーが真似できるかも学べたと思うので、そこを明日明後日でしっかり考えて、みんなで前向きに戦って、勝ちたいと思います」。大きな悔しさと、確かな手応えを味わった彼らが乗るバスの背中を、静かに見送った。



 8月。うだるような猛暑の中、群馬U-18の選手たちはトレーニングマッチを戦っていた。その日は1年生が遠征に出ていたため、2年生と3年生で構成されたチームが、真夏の人工芝のグラウンドでボールを蹴っていた。

「あの試合はチームも身体が重かったですし、自分も全然ダメだったので、負けてしまいました。最高の状態で挑んだら、どれぐらいできたかはわからないですけど、差はあったと思います」。この日の試合にボランチで出場していた冨丘は、FC東京U-18戦の“次の試合”をそう思い出す。三菱養和SCユースと対峙したゲームは、0-6の大敗。群馬U-18の全国大会への挑戦は、“6失点の連敗”で幕を閉じていた。

 クラブユース選手権の全国大会は、準々決勝まで群馬で開催される。群馬U-18の選手たちも、“運営補助”として大会に関わることになったが、自分たちが出場することの叶わなかった舞台を目の当たりにして、それぞれがそれぞれの想いを抱えていた。

「悔しかったですね。やっぱり自分も出たかったです。みんな楽しそうだったので。試合で見た鳥栖は本当にレベルが高くて、1人1人の個人技がありましたし、ああいうチームとやってみたかったですね」(渡辺)「やっぱりパスの質やスピード、空中戦の強さとか全国レベルだなと思いました。岡山が4-4-2で守備ブロックを敷いて、鳥栖に1-0で勝ち切ったんですけど、僕らもそういう試合ができれば、ああいう強いチームにも勝てるんじゃないかと思いました」(冨丘)。

 大会はFC東京U-18が決勝へと進出。最後はPK戦の末に敗れて準優勝となったものの、2か月前の予選で対戦したチームが日本一へあと一歩まで迫ったという現実を、実際に肌を合わせた松本はどう感じていたのだろうか。

「『ああ、オレたちは決勝に行ったチームに負けたのか』って、結構遠いようで近いような感じでした。実際に予選で試合もしましたし、そこで勝つことができていれば、自分たちもそういう舞台に立てていたのかもしれないなって。全国の決勝に行ったチームと試合ができて、どのくらいのレベルが必要なのかは1年生や2年生に少しは伝えられたのかなって。でも、自分も全国大会に出て、実際にそれがどういうものか見たかったですし、それを全国大会に行って後輩たちに伝えてあげたかったですね」。

 FC東京U-18が日本一を争って戦った西が丘の空は、間違いなく群馬の夏空と繋がっている。そこへ辿り着く日はまだまだ果てしなく遠いのだろうけれど、その距離感はほんの少しだけ、彼らにとっても現実味を持って感じられたのかもしれない。



 群馬県内の高校年代を見渡すと、まずは前橋育英高という全国有数の強豪校に精鋭たちが集い、常に日本一を目指す環境の中で切磋琢磨し続けている。また、昨シーズンはプレミアリーグを経験した桐生一高に加え、近年でメキメキと力を付けてきた健大高崎高の両校はプリンスリーグ関東に所属。優秀な人材が高体連という進路を選択する流れは否めない。

 今年の4月から群馬U-18に入った1年生の櫻井は、「僕も最初は育英を目指していたんですけど、セレクションに落ちてしまったので、お兄ちゃんがもともとザスパに入っていたこともあって、それでザスパを選びました」と率直な理由を口にしつつ、「雰囲気も良いですし、とてもやりやすいと思います。クラブユースみたいな大会でJクラブの下部組織と試合ができて、自分の技術の足りなさもわかりますし、トップチームに上がることを目標にできるので、このチームは楽しいですね」と屈託なく笑う。

 ザスパ愛が滲み出る2年生の冨丘の、U-15からU-18への昇格を決断した理由が振るっている。「他の子は育英とか桐一とか、高校に行った子が多かったですけど、僕はザスパが好きですし、ザスパのトップチームに上がって、J1に上げることができたらいいなと思っているので、U-18に上がりました。その決断は良かったと思っています。ザスパをJ1に上げたいので、少しでも良いパフォーマンスをして、トップに上がりたいと思っています」。

 やはり2年生の渡辺も、クラブへの熱い想いを携えているうちの1人だ。「僕は小4のスクールからザスパです。U-18に行くのも少し悩んだんですけど、一番プロに近いのはJユースだと思って選びました。今もその選択は間違いじゃなかったと思っていますし、ザスパの価値を上げたいなって。プライドを持って、『オレたちもこんなに強いんだぞ』ということを見せたいですね」。

 群馬のアカデミーに立ち上げから関わってきた倉尾監督は、「今のウチにはサッカーが好きだとか、ザスパが好きだとか、そういう選手が集まっているんですよね」と笑顔を見せながら、現状についてこう語ってくれた。

「実は4年ぐらい前にユースへの内部昇格がゼロで、3年生が2人というような厳しい時期があったんです。それで2年前に群馬のジュニアユース世代でチャンピオンを獲った子たちが、僕と一緒にユースでやることになったんですね。その子たちが県の2部リーグに落ちたのを1部に上げてくれて、そういう歴史の上積みができているのはものすごく大きいかなと」。

「FC東京との試合にも、OBの子が8人ぐらい来ていたんですけど、『クラさん、オレたちの時より全然良くなってるね』って言ってくれましたし、やっぱり良いチームになってきているんじゃないのかなって思います。ザスパへの思い入れを持ってやってくれていた子たちが、汗をかいていた姿を今の子たちも見ているので、やっぱりチームのために戦うんですよね」。

「あとは有薗(真吾コーチ)も今年からユースに入ってくれて、凄く良い雰囲気を作ってくれていますし、ザスパで苦しい想いをした人間が、想いを伝えていくようなユースチームであっていいと思っているので、アイツのチョイスは間違っていなかったかなって。あとはどれくらいできるかは本人次第で(笑)。でも、ゆくゆくは有薗に仕切ってやってもらえればいいかなって」。

「だから、『一緒に歴史を創っていこうね』という子たちがU-18に残ってくれたのが大きいかなと。一緒に創りながら、楽しくやっていることも大きくて、練習の雰囲気もメチャメチャいいんですよ。本当に良いチームだなって。あまり力はないですけど(笑)。でも、見ていて応援してもらえるチームが一番良いと思っているので、あとはそれで強くなればいいかなって思っています」。



 数回話した印象だが、松本は控えめな性格だと思う。「自分たちの代は中学3年生の時にいろいろ話したりして、そこで『みんなで残って全国を目指そう』と。僕はプロになることまでは考えていなくて、高校3年間を本当に死ぬ気で頑張って、結果を残して、そのあとは成り行きと言ったらアレですけど(笑)、そう考えていました。他のもっと上手いヤツらはプロを目指していると思いますけど、僕は目の前の3年間で精一杯でしたね」という言葉にも頷ける気がする。

 ただ、実際にU-18へ入ってからのことを話してくれた時に、それまでより少しだけ熱がこもったことは非常に強く印象に残っている。「実際に練習の強度の高さを見てみたら自分と全然違って、先輩たちは本当に強度が高くて、僕が1年生の時の3年生の背中、2年生の背中に憧れたところもありますし、自分もそうなりたいなと思ったんです」。

 FC東京U-18との試合でも、松本より技術で目立っている選手は確かにいた。いわゆる効果的なプレーを、松本以上に出せていた選手もいたように思う。それでも最後まで戦おうという熱量は、松本が一番発していたように記憶している。ボランチの彼より後ろにいたディフェンスラインの選手や渡辺は、その背中に少なからず勇気をもらっていたのではないだろうか。

 だからこそ、冒頭の言葉は松本が発したからこそ意味を持つ。「『ザスパのアカデミーは強くない』みたいに言われたりしているのはわかっていますし、県内でも『ザスパよりは前橋育英』とも言われがちですけど、群馬県の高校のチームと言ったらザスパの名前が出てくるようになってほしいですね。昔よりは確実に強くなっていますし、今の2年生の代もちゃんと強いので、希望はあると思っています」。

 8月の群馬を覆っていた夏空の“向こう側”には、彼らの未来が広がっている。それが全国大会に出ることに、あるいはトップチームへ昇格することに繋がっているかどうかは、率直に言ってわからない。けれど、このザスパクサツ群馬U-18というチームを選んだ仲間たちと、時には悔しがり、時には泣き、そして時には笑い合った最高の思い出の蕾とともに、これから先も1人1人がそれぞれに似合った花を咲かせていく未来だけは、間違いなく保証されているはずだ。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』(footballista)。」

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