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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:歴史を紡ぐ(AC長野パルセイロU-18)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「メチャメチャ楽しいですね。上手いヤツがいると燃えるというか、2試合とも超楽しかったです」。(AC長野パルセイロU-18・大峡龍聖)。

 その雰囲気は、試合前から伝わってきた。FC東京U-18と向かい合うグループステージ第2戦。集合写真の撮影のため、ピッチサイドに並んだオレンジの11人の中から「やった!今日はカメラ多いなあ!」という元気な声が聞こえてくる。キックオフ直前の円陣でも、とにかく楽しそうな様子が印象的だ。

 ただ、チームを率いるレジェンド指揮官はそんな教え子たちを冷静に見つめていたようだ。「アレはむしろ緊張しているなと感じましたよ(笑)。『普段はもっとふざけているのにな』って。緊張しているからこそ、明るくやろうみたいな感じなんですかね」。それもそのはず。彼らはクラブの歴史上、初めて夏の全国の舞台に乗り込んできたのだから。


 7月23日に開幕した第47回 日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会。今大会に臨む32チームの中で、初出場のチームはわずかに2つ。1つは東北予選を勝ち上がってきたいわきFC U-18。そして、もう1つが北信越予選でカターレ富山U-18とツエーゲン金沢U-18というプリンスリーグ勢を、相次いで撃破してきたAC長野パルセイロU-18だ。

「全国に出るという強い気持ちは全員にありましたけど、『現実はどうかな』という部分はあって、実際に出られるかは正直わからなかったので、全国出場が決まった時はメッチャ嬉しかったですよね。もうヤバかったです」と笑うのは、チームのキャプテンを務めるMF宮下隼(3年)。正直な物言いに好感を抱いてしまう。

 長野U-18が初めてクラブユース選手権の予選に参加したのは2014年のこと。初戦で金沢U-18と対峙したが、0-9という大差の敗戦を突き付けられる。それから9年でとうとう北信越を逞しく勝ち抜き、進出してきた晴れ舞台。自身は北信越フットボールリーグ時代からパルセイロで10シーズンに渡ってプレーし、昨シーズンからU-18の監督を任されている、クラブの象徴的存在と言っても過言ではない宇野沢祐次監督は、今回の全国出場に対してこう言及している。

「僕自身もトップでやっている時から、『ユース年代が少し力不足だな』ということは感じていて、長野全体としても他県に比べればまだまだレベル的に足りない部分はある中で、現役を引退した時に『長野への恩返しという形でそこをやりたいな』と思って、アカデミーのスタッフになったので、それが1つの形となって現れたのが今回の全国出場なのかなと思っています。本当にたくさんの方が応援してくれている中で、パルセイロとして出場することに大きな喜びがありますね」。

 クラブを挙げた一大イベントだということは、チームのディフェンスリーダーを担っているDF大峡龍聖(3年)の言葉からもよくわかる。「シュタルフ(悠紀)監督も僕らが群馬に来る前に、『トップチームでも言っている“ONE TEAM”でやってこい』ということを言ってくれたので、僕らもみんなで『ONE TEAMでやろう』という声掛けはいつもしていましたし、去年の3年生も『全国大会頑張れよ』と連絡してきてくれたんです」。多くの人の期待を背中に感じながら、決戦の地である群馬へと乗り込んできた。


 記念すべき初戦の相手は、プレミアリーグWESTに在籍しているジュビロ磐田U-18。劣勢の中で、終盤までは粘り強く戦っていたものの、後半終了間際にエースの舩橋京汰の一発を浴びて、0-1で惜敗。「ジュビロは攻撃面でフォワードの上手さ、技術の高さを凄く感じました。特に舩橋は凄かったです」とは宮下。既にルヴァン杯でゴールも記録しているストライカーに、その実力を見せ付けられる結果となった。

 迎えたグループステージ2戦目の相手はFC東京U-18。佐藤龍之介、永野修都、後藤亘と、先日のAFC U17アジアカップでいずれもU-17日本代表のレギュラーとして活躍し、ワールドカップの出場権を勝ち獲ったタレントも揃い、もちろん他の選手たちもハイクオリティ。なかなか普段は体感できないレベルの対戦相手だけあって、選手たちはこの日を楽しみにしてきたという。

 だが、試合は序盤から一方的に押し込まれる展開に。キックオフ前にはあふれるエネルギーを発散していた長野U-18の選手たちから、少しずつ笑顔が消えていく。「飲水まで何とか耐えてくれれば、そこでまた話し合えると思っていたんですけど、飲水の直前のコーナーで失点してしまいましたし、2点目を獲られてからの3点目が早過ぎましたね」(宇野沢監督)「セットプレーでやられると流れを持っていかれると思っていたので、気を付けていたんですけど、FC東京の最後に決め切る力は凄かったです」(大峡)。前半の35分を終えて、スコアは0-3。選手たちはうつむき加減で、ベンチへと帰ってきた。



「1トップで使っていた宮谷はどちらかと言うと速攻型のフォワードで、相手が引いた時に何とかする選手ではないので、そこを加味して、もともと左をやっていた和久はターンやコントロールの技術に優れた選手で、彼を中に置いてポイントになってから、空いたサイドで勝負というイメージを持って交代をしました」(宇野沢監督)。指揮官が決断した交代策。前線で奮闘したFW宮谷天空(2年)に代えて、左サイドにDF南雲友陽(2年)を送り込み、MF和久匠(2年)を中央へスライドさせて、後半へと向かう。

「チームが3点差で負けている状況だったので、自分の武器であるドリブルで流れを変えようという気持ちと、ゴールやアシストという結果を出そうと思って試合に入りました」(南雲)。ピッチに解き放たれた左サイドハーフは躍動する。仕掛け、挑み、進む。「交代で入ってきた友陽が凄く攻撃を活性化してくれて、自分たちもそれに乗って、良い形でゴール前まで行けていたと思います」と口にしたのは宮下。リズムは一変する。

 後半7分。右からのクロスはファーに流れたが、こぼれを拾った南雲は少し中央に潜りながら、右足で鋭いボールを蹴り込むと、バウンドした軌道はそのまま右スミのゴールネットへ吸い込まれる。「味方が2人飛び込んできてくれたので、キーパーも判断を迷ったというか、それが結果的にゴールに繋がったので、味方のおかげだなと思います。アレは……、クロスです(笑)」。正直な2年生アタッカーが、長野U-18史上初となる全国大会のゴールを陥れてみせる。

 オレンジが攻める。13分。右からMF高野佑太(2年)がサイドチェンジを通すと、受けた南雲のカットインシュートは枠を捉えるも、相手のGKがファインセーブ。1分後にも南雲が左サイドを運び、最後はマーカーともつれて転倒したものの、あわやPKという積極性を披露。「1対1のドリブル突破とか、相手を見て嫌な位置に入っていくところに長けている選手なんです」という指揮官の言葉にも頷けるような、南雲の推進力がチームにさらなる勇気を灯す。

 オレンジが守る。19分には相手のスムーズなパスワークから、決定的なシーンを作られたが、GK外村駿成(2年)がビッグセーブ。「3失点の前半を折り返してからはみんな頑張ったと思います」と口にした大峡とDF北村彪真(2年)のセンターバックコンビは必死に強力アタッカーに食らい付き、右のDF西山碧(3年)、左のDF関谷暁人(3年)の両サイドバックも、上下動を怠らずにピッチを走り続ける。



 34分は長野U-18の決定機。宮下が身体を張って落としたボールを受け、右から高野が枠内シュートを打ち込むも、世代トップクラスの実力を誇る相手GKの後藤がファインセーブ。直後にも右から和久が鋭いグラウンダーのクロスを入れたが、ニアに飛び込んだ宮下はわずかに届かない。

 さらに、35+1分はパーフェクトな崩しの形。中盤を引き締め続けたMF中澤佑麻(3年)が縦パスを刺し、高野が正確なポストプレー。ここにドイスボランチの一角を務めるMF宮本凰世(2年)が飛び込むも、シュートはわずかに枠外へ。「後半は自分たちで修正して、相手の守り方に対して、どうやって攻撃しようというところが上手く出せたかなと。でも、決め切るところがちょっと足りなかったかなと思います」(宇野沢監督)。

 最後はこちらもルヴァン杯でプロのピッチを経験している、相手の10番を背負った佐藤にとどめを刺される。ファイナルスコアは1-4。「超勝ちたくて、ホテルでもみんなで集まってミーティングもして、どうやって勝つかという話もしていたんですけど、やっぱり力が足りなかったですね」(大峡)。2連敗となった長野U-18は、最終戦を待たずにグループステージでの敗退が決まった。



「もちろん全国を決めた時は嬉しかったですけど、今年に入る時の目標としてクラブユース選手権のグループステージ突破ということを掲げてきましたし、大会全体としてもJ3でウチが唯一出ていることにプラスして、初出場ということもあるので、ここでやっぱり旋風を巻き起こしたくて来たんですけど、突破はなくなってしまったので、そこは悔しいです。ただ、悔しがってくれている選手が多かったので、そこは良かったかなと思います」。宇野沢監督は2試合を終えた率直な感想をこう話しながら、改めてベクトルを自身にも向ける。

「もともと身長とか単純な身体の強さで戦っても勝てないわけで、『じゃあ自分たちはどこで戦うか』を意識して今日のゲームに臨んだので、それがもうちょっと最初からできていれば面白かったと思うんですけどね。『もっとできただろ』と思いましたし、僕自身ももっと良い言い方で、選手にうまく伝えていれば、もっと最初から行けたんじゃないのかなとは感じます」。シビアなプロの世界で、選手として18年を生き抜いてきた“ミスターパルセイロ”も、監督は今シーズンで2年目。まだまだ数々の経験を重ねている最中だということなのだろう。

 大峡はいろいろなチームを見て、気付いたことがあったという。「昨日は鳥栖の練習も見たんですけど、やっぱり練習から雰囲気も違っていたんです。1人1人が声を出して、みんなで一体感を持ってやっていくチームで、FC東京もそんな感じでしたし、昨日のジュビロもフォワードの選手が中心になってチームをまとめていて、そういうところは凄いなって」。

 南雲は同い年の佐藤龍之介のプレーから、大いに刺激を受けたようだ。「全然レベルが違いました。ボールタッチも上手いですし、パス1本にしても質が高くて、良いボールを蹴るなと思いましたね」。このレベルを体感したからこそ、もう視線は次へと向かい始めている。「この経験を次に生かしていかないといけないと思うので、また来年自分たちが全国に出て、リベンジしたい気持ちは強くなりました」。

「やっぱり全国大会、楽しいですね」と笑ったキャプテンの宮下は、一定の手応えを掴んだからこそ、このチームの未来に想いを馳せる。「全国の強いチームでも、これから自分たちがもっともっと練習で突き詰めていけば、十分に超えられる存在かなと感じています。自分たちがクラブの歴史を変えられたことは凄く嬉しかったですし、来年はもっともっとやってくれると自分たちは信じています」。

 宇野沢監督もこの経験をポジティブに捉えている。「素材的にも面白い選手がたくさんいますし、寮がないこともあって選手を集められなかったりはしますけど、十分に戦えるなと思いました。今日も2年生がスタメンで6人出ていますし、1年生もU-15で全国に出た世代が入ってきて、昨日も今日も交代で使って出している選手もいるので、これからまださらに上がっていってくれるのかなと。この経験がまた次に繋がっていくのかなと思っています」。

長野U-18の指揮を執る“ミスターパルセイロ”、宇野沢祐次監督


 それでも、彼らには全国大会があと1試合残っている。対峙するのは今回がちょうど30回目の出場であり、過去に3度も日本一に輝いているガンバ大阪ユース。相手はこの一戦にグループステージ突破が懸かっており、フルパワーでぶつかってくることは間違いない。

「何とか最後の試合で爪痕を残せるように、選手たちと頑張ってやっていきたいです」(宇野沢監督)「最後は絶対に勝って終わりたいので、1日空きますけど全員で準備して、しっかりコンディションを調整して、ガンバに勝てるようにやっていきたいと思います」(宮下)「ガンバは代表選手もいると思うんですけど、相手のフォワードはオレが全部止めて、今日と昨日の2試合の失点も帳消しにするくらいの勢いを持って、しっかり勝ってきたいと思います」(大峡)。

 若きオレンジの夏は、まだ終わっていない。最後に目指すのは、ピカピカに輝く初めての白星を手繰り寄せたあとに、みんなで浮かべる最高の笑顔。新たな時代を切り拓いていくのは、いつだってそれを真剣に成し遂げようと立ち向かう者だけ。紡がれ始めたばかりのAC長野パルセイロU-18が辿る歴史は、きっとこの真夏の群馬を戦い抜いた彼らのように、その意志を引き継ぐ若者たちによって、これからも脈々と築き上げられていく。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』(footballista)。」

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