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「マツが入れさせてくれた」、神戸・吉田が天国の親友に捧げる2発

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[8.6 J1第20節 浦和2-3神戸 埼玉]

 右手に持った喪章を天にかざし、感謝の気持ちを込めた。指を3本突き上げて示した「背番号3」。ヴィッセル神戸のFW吉田孝行が親友の松田直樹さんに捧げる2ゴールを決めた。

「ゴールは勝手に体が動いた。きっとマツが入れさせてくれたんだと思う。試合前から絶対に点を取ってやると思っていた。『マツ、やったぞ』って。『ありがとう』という思いでした。マツは見てくれている。一緒に戦ってくれている気持ちです」

 4日、松田さんが急性心筋梗塞のため急逝した。99、00、06、07年と横浜FM時代のチームメイトだった吉田は松田さんと同じ1977年3月14日生まれ。チームは別々になっても、毎年オフになれば必ず会う親友だった。

 松田さんが2日、松本山雅の練習中に倒れてからは気が気でない毎日だった。募る不安と心配……。「最初の2日間はほんとにチームに迷惑をかけた。暗い雰囲気になって……」。気持ちを切り替えて練習することなんてできなかった。4日、吉田は新幹線で松本へ向かった。

 車内で訃報を聞いた。間に合わなかったという後悔と、底知れない悲しみ、喪失感。それでも松本市内の病院に着いた吉田は松田さんと対面し、そこで逆に励まされたのだという。「家族の方が会わせてくれて、マツに触って、最後に挨拶できて……。逆に『頑張れ』って、あいつが言ってるような気がした。それで次の日から笑顔で練習ができるようになって、今日も点を取れて。本当によかった」。目を真っ赤にし、涙ぐみ、一言一言をかみ締めるように言った。

 電話では何度も話していたが、松田さんと最後に会ったのは昨オフだった。「この16年、シーズン前に会わないことはない」という。今年1月、横浜FMから戦力外通告を受けた松田さんはJFLの松本山雅FCに移籍。会ったのは、加入が正式発表される直前だった。

「まだ会見はしてなかったけど、『山雅に行くことにしたよ』っていう話をして。『(移籍先の候補として)カタールもあったし、J2もあったけど、山雅は夢があって、やりがいがあるんだ』って言ってました」。松田さんのサッカーに対する情熱はだれよりも知っていた。J1からJFLへ。夢を追いかける松田さんの決断を『マツらしい』と感じていた。

 松田さんは吉田に「J2に上げるから。お前も神戸をクビになったら山雅に絶対に来いよ」と、何度も何度も話したという。「マツの気持ちを山雅の選手が引き継いで、J2に上がってほしい。今日の神戸の選手にも、あいつの情熱やあきらめない精神があったと思う」と吉田は実感を込めて言う。天国に旅立った親友のためにも――。これからもサッカーを愛し、楽しみ、そしてピッチで全力を尽くしていく。

(取材・文 西山紘平)

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