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8時間半遅れでキックオフされた極上のプレミア対決は「耐える」尚志が前回王者の前橋育英を振り切って全国8強!

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プレミア同士のビッグマッチを制したのは尚志高!

[7.31 インハイ3回戦 前橋育英高 0-1 尚志高 東光スポーツ公園球技場B]

 照明塔から放たれる光線が浮かび上がらせたピッチへ、咆哮を上げた勝者も、連覇を絶たれた敗者も、バタバタと倒れ込む。それは意地と、気合と、誇りと、執念がぶつかり合った、極上の70分間だった。

「展開がどうなるかはわからなかったですけど、『サッカーじゃなくても、とにかく勝ち切ろう』と。PKでも何でもいいから勝ち切って、次のステージに行くというのが今日のノルマでした。勝ててメチャメチャ嬉しかったです」(尚志高・仲村浩二監督)。

 超ハイレベルなプレミア対決は福島の雄に軍配。7月31日、夏の高校サッカー日本一を争う令和5年度全国高校総体(インターハイ)「翔び立て若き翼 北海道総体 2023」男子サッカー競技3回戦が行われ、前回王者の前橋育英高(群馬)と尚志高(福島)のプレミアリーグ勢が激突。高強度の“ガチバトル”は前半12分にFW桜松駿(3年)がPKで挙げた1点を尚志が守り切り、準々決勝へと駒を進めている。

 まず前提として触れなくてはいけないのは、試合条件の変更点だ。そもそもこの一戦は、カムイの杜公園多目的運動広場で9時半にキックオフを迎える予定だったが、雷雨の影響で11時キックオフに順延。だが、それでも天候の回復が見込まれないことから、会場を東光スポーツ公園球技場に移して、18時キックオフということになった。

 前橋育英の司令塔、MF篠崎遥斗(3年)は「1回ホテルに帰って休んで、軽食を摂ったりしていました」と“空き時間”について言及しつつ、「自分たちはここに懸ける想いが強かったですし、準備の大事さも監督に言われているので、しっかり1人1人が準備していました」と話している。柔軟な対応で試合開催にこぎつけた大会運営側と、難しい状況にも気持ちを切らさず、試合へと準備し続けた両チームの選手とスタッフに敬意を表したい。

 ゲームはスピードスターの衝撃で幕を開ける。前半2分。左サイドでボールを持った尚志のMF安齋悠人(3年)は加速し続けると、相手の人垣にも躊躇なく突っ込み、そのままフィニッシュ。ボールはクロスバーを越えたものの、いきなりのドリブル突破に場内からもどよめきの声が巻き起こる。

 意外な形で均衡は破られる。11分。尚志は右サイドバックのDF冨岡和真(3年)が縦にフィードを送り、走ったFW笹生悠太(3年)はラインを割りそうなボールを懸命に追い掛けると、マーカーとの競り合いで転倒。笛を吹いた主審はペナルティスポットを差し示す。かなりデリケートな判定ではあったものの、キッカーの桜松はGKの逆を突いて、冷静にPKを沈めてみせる。1-0。尚志がまずはリードを奪う。

 以降は、「前育さんがああいうふうに回してくることも、握られるのもわかっていましたし、それを奪ってカウンターを取りに行くぞというのは作戦として言っていました」と尚志の仲村浩二監督も口にしたように、ボールを動かす前橋育英に対して、カウンターを狙う尚志という構図。22分には相手のビルドアップを引っ掛けた笹生が、そのままエリア内へ侵入するも、ここは前橋育英のGK雨野颯真(3年)が果敢に飛び出して何とか回避。追加点には至らない。

 逆に31分は前橋育英にビッグチャンス。中盤での攻防から抜け出したMF黒沢佑晟(2年)のパスから、10番を背負うMF山崎勇誠(3年)が左足で枠へ飛ばしたシュートは、尚志のGK角田隆太朗(3年)がファインセーブで応酬。前半は尚志が1点のアドバンテージを握って、35分間が経過した。

 後半も大きなゲームの流れは変わらない。前橋育英はDF熊谷康正(3年)とDF山田佳(2年)の両センターバックと、積極的にボールを呼び込んだMF石井陽(2年)を軸に、丁寧に左右へ動かしながら縦パスを窺うが、尚志もMF神田拓人(3年)とMF藤川壮史(3年)のドイスボランチが中央を締めつつ、素早いスライドで差し込ませる隙を作らない。「回しているだけで、横、横だけじゃなくて、もう1つ奥に食い付かせて逆サイドにとか、攻撃の“第3エリア”の裏に持っていきたかったんですけど、そこは堅かったですね」と振り返るのは前橋育英の山田耕介監督。ジリジリとした神経戦が続く。

 タイガー軍団の指揮官は決断する。後半23分。MF斎藤陽太(3年)とFWオノノジュ慶吏(2年)の両ジョーカーを同時投入。サイドの推進力に変化を加えると、仲村監督も勝負の一手を切ったのは27分。一気の3枚替えでキャプテンのDF渡邉優空(3年)を送り込み、「優空を真ん中に入れて3バックにする、準備していたプラン」に着手。両ベンチも采配を振るい合う。

 時間を追うごとに、尚志の集中力が高まっていく。「大也も和弥も、あんなに声を出して盛り上げるヤツらじゃないんですけど、今日は本当に“山田みたい”でしたね」(仲村監督)。DF高瀬大也(3年)が、DF市川和弥(3年)が、クリアやシュートブロックをするたびに、気合の大声を張り上げる。「普段は声を出さないヤツも声を出していて、凄く良い雰囲気で試合ができたなって。こういうのは珍しいと思います」と話すのは渡邉。揺るがぬ堅陣。意地と執念がゴールに厚い幕を張る。

 35+7分。前橋育英の右CK。GKの雨野も前線へと上がってきたラストチャンス。山田が丁寧に蹴り込んだボールを、飛び出した角田がパンチングで弾き出すと、タイムアップのホイッスルが夜空に吸い込まれていく。「ここが大一番というのはみんなで話していましたし、早い時間に先制して、そこから守備陣がゼロで抑えれば勝てることはわかっていたので、守備で本当に集中を切らさずに勝てたので良かったです」(高瀬)。予定より8時間半遅れで始まった激闘は、逞しく競り勝った尚志が8強へと進出する結果となった。

 試合終盤。仲村監督からピッチの選手たちへ「守備のスリルを楽しめ!」という声が飛ぶ。そのことを問われた本人は、「あれは田中碧が言っていたのをパクっただけなので(笑)。ドイツ遠征で『攻撃は楽しむ、守備はスリルを楽しむ』と言っていたので、ちょっとパクっちゃいましたけど」と笑いながら、「ウチは“握る”方は好きですけど、一番苦手な“耐える”というところで、よく耐えたなと思います」と選手を称えた。

 奮闘が際立った高瀬の言葉が印象深い。「プレミアでも握られる試合が多くて、そこではよく経験できていたので、今日も握られることは予想していましたけど、握られた中でも全然負ける気はしなかったので、自信を持って戦えました。今年はプレミアでも1点差のゲームも多くて、そういうリーグ戦を経験できて、耐える力がものすごく付いたと思うので、そこはもう尚志の弱みから強みに変わったと思います」。

 苦しい試合を耐えられたのには、もう1つの理由がある。「今回はメンバーを全部3年生にしたんですよ。もうオール3年で、この年に懸けるという雰囲気とか、全部ひっくるめてのインターハイだということでやってきたので、その3年生のパワーが出てきたなと思います」(仲村監督)。

 高瀬が指揮官の言葉を補足する。「自分たちは1年生の時から『他の学年とはちょっと仲の良さが違うな』というのがあって、寮でも食堂でも僕らの学年は他の学年以上にみんなで固まってゴハンを食べているぐらい本当に仲が良いんです」。20人の登録メンバーと、そこには入ることの叶わなかった選手たちも含めて、“オール3年”の結束力は間違いなく勝利の原動力になっているという。

 大一番を制した彼らには、ここから先も今まで以上にシビアな戦いが待っているが、どうやら“慢心”という心配はなさそうだ。「まずは空いた中日で気持ちを切らさないように、明日の練習から『また3連戦が始まるぞ』というところで、練習からもっと強度高くやって、また3連戦に臨みたいと思います」(渡邉)。

 苦手だった「耐えること」を強いられてきた日常は、いつの間にか彼らの“弱み”を“強み”に変えていた。真剣に日本一を狙う『耐える尚志』の進撃は、そう簡単に止まりそうもない。



(取材・文 土屋雅史)
●【特設】高校総体2023

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