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「サークルサッカーに変革を」岡田武史氏らも輩出した名門・稲穂キッカーズ主催の『稲穂FESTA』密着ルポ

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稲穂FESTAに参加する選手とマネージャー全員で記念撮影

「おはようございます!」。まだ誰もいない会場に、次々と稲穂キッカーズの面々が入ってきた。開会式の開始時刻までは1時間以上もある。少し早過ぎる登場のようにも思えるが、それにはきちんとした理由があった。なぜなら彼らは、この大会の主催者だからだ。

「まずここまで辿り着けたことに対して、やりがいや達成感を感じています。自分たちで運営、企画、参加チームの招待までやっていくことは大変でしたけど、スポーツマネジメントさんとエベスポーツさんにご協力をいただきながらやってこられたので、参加してくれたチームも含めた多くの方に感謝しています」(稲穂キッカーズ・城西恒輝幹事長)。

 5月6日と7日、鹿島ハイツスポーツプラザで『稲穂FESTA2023~第21回サッカー同好会強化交流戦~』が開催された。まずは大会名にも名前が冠されている“稲穂”というチームについて説明する必要があるだろう。正式名称は『早稲田大学 稲穂キッカーズ』。1961年に創立された早稲田大学のサッカー同好会だ。



 過去には日本代表監督も務めた岡田武史氏や、フットサル日本代表としてW杯にも出場した北原亘氏も在籍しており、学内では名門の同好会として名を馳せている。主戦場となる『新関東フットボールリーグ』は50年近い歴史を有する同好会リーグで、同リーグにおいて稲穂キッカーズは現在2連覇中。さらに関西の同好会リーグ王者と対戦する東西対抗戦(日本一決定戦)でも2年続けて勝利を収めるなど、サッカー同好会の世界では広く知られた存在である。

 そんな稲穂キッカーズが学内や学外のサッカー同好会を招いて開催する大会が『稲穂FESTA』だ。今回で21回目を数えるこの大会は、稲穂キッカーズの幹部から「新関東フットボールリーグの強化の大会をしたい」とスポーツマネジメント株式会社に相談があり、2003年に第1回大会が河口湖のくぬぎ平グラウンドで開催。当初の参加チームは12チームだったが、2013年の第11回大会以降は24チームが参加する大規模なイベントとなっている。

 前述したように、稲穂FESTAの主催者は稲穂キッカーズ。大会運営を補助するスポーツマネジメント株式会社の高野幸祐氏が「我々は基本的にはサポートというスタンスになります。学生で企画し、判断して、決定までさせて、責任を負わせています」と説明するとおり、大会にまつわるあらゆることを大学生自身がオーガナイズしている。

 大学は4月が“新歓期”に当たり、新入生を自分たちのサークルに引き入れようと、こぞってアピール合戦を繰り広げる。それは稲穂キッカーズも例外ではなく、「僕がYouTubeを見て稲穂に入ったというのが、今広報を担当している1つの理由です」と話す副幹事長であり広報担当の牧野創を中心に、YouTubeやInstagram、TikTok、TwitterなどSNSも駆使して、1年生の勧誘に取り組んできた。稲穂FESTAの準備を進める時期は、この新歓期と完全にバッティングしているわけだ。

「あっという間でしたね。4月は新歓期もあって、フェスタの準備だけに取れる時間もなかなかなくて……。やっぱりもうちょっと時間が欲しかったです」と口にするのは幹事長の城西恒輝。どちらも組織にとって重要な位置を占めるイベントであるだけに、事務方の長でもある城西はその準備の大変さを痛感していた。

 稲穂キッカーズでチーム運営の主体となるのは、“幹事代”と呼ばれる3年生。稲穂FESTAの大会運営も、彼らが中心になって行われていく。「今まで先輩に付いていってできていたものが、自分たちが運営したり、引っ張ったりすることは凄くやりがいもありますし、責任も伴うので大変ですけど、その分成功したら得るものが大きいんじゃないかなと思っています」とは副キャプテンの佐井康人。それぞれが担うべき役割を振り分け、さまざまな形で大会の開催に向かってきた。

 今年の大会にも18団体、24チームが参加。大半のチームは新関東フットボールリーグに所属しており、シーズン最初の大会に当たる『カップ戦』に向けての強化が、この大会に参加する主たる目的。加えて1泊2日という大会日程も、チームの結束を高める上で貴重な機会だ。



 昨年の稲穂FESTA王者であり、稲穂キッカーズとはライバル関係にある『中央大学サッカー同好会』でキャプテンを務める信岡光は、この大会に参加する意義をこう語っている。「5月末から新関東のカップ戦が始まる中で、まずここで結果を出して、シーズンの良い波に乗って、チーム活動に繋げられたらいいかなと思っています。あとは、新体制になって初めての大会なので、チームを作っていく大事な機会ですね」。

 また信岡は自分たちと同様に、大学のサッカー同好会である稲穂キッカーズが大会を主催することについても「他のチームを巻き込んで、自分たちで大会を運営するのは結構難しいだろうなと感じるので、単純に凄い組織力だなと思います」と言及。これは大会出場チームの一致した感想だろう。

 今大会で唯一関西から参戦したのは、昨年度の関西同好会リーグを制し、惜しくも日本一決定戦で稲穂キッカーズに敗れた『同志社大学 三ツ葉キッカーズ』だ。昨年もこの大会に参加したという窪田有真は「去年も楽しかったですし、やっぱり関東のチームとやれるのがこの大会の醍醐味かなと思います。マガ杯(サッカーマガジン杯)やリーグ戦もありますけど、この稲穂FESTAも重きを置いている大会の1つです」ときっぱり。彼らもこの遠征には、高いモチベーションで臨んでいる。

 キャプテンの難波晃一の言葉も印象深い。「同年代で戦えるチームが多い関東に比べると、関西はそこまで盛り上がっていないのかなと思っていて、スポマネさんとも協力して大会も企画しているので、この大会のように自分たちが盛り上げていきたいですね」。稲穂FESTAの存在は、他のチームにもポジティブな刺激をもたらしている。

関西から唯一の参加となった同志社大学 三ツ葉キッカーズ


 参加チームに与える影響を踏まえ、主催者としての自覚を口にしたのはマネージャー代表の坂井彩乃だ。「サッカーサークル界でも、稲穂以外のチームで大会を運営しているチームはないと思うんですよ。だから、稲穂の権威というか、昔から築き上げられてきた地位みたいなものが表せますし、存在感を出せる大会かなと考えています」。

 似たような想いは副キャプテンの奈良幸亮からも聞こえてくる。「僕たちも稲穂というブランドを背負っている中で、ちょっと他とは違う“ガチ感”があって、他のチームもそこに対してはリスペクトを持ってくれているのかなと思うんです。新関東のリーグ戦で対戦している相手も『稲穂はあれだけガチでやっているんだから、大会自体も凄いんじゃないか』と感じて、参加してくれているのかなって」。だからこそ、大会が滞りなく運営できるように、みんなで準備を重ねてきたのだ。

「自分自身は幹事長になってから、『サークルサッカーに対して変革を起こしたい』と思うようになっていたので、これは良い機会だなと本当に思っていて、原稿も入念に練っていたんですけど、全部飛びました(笑)」と苦笑いするのは、大勢の参加者の前で幹事長挨拶に立った城西。全チームが集まった開会式を見れば、その大会の規模がよくわかる。





 試合は25分ハーフ。初日に組まれた3チーム総当たりのグループステージは、4つのグラウンドで1時間刻みに6試合が開催された。もちろんピッチ上での戦いは“ガチ”。この日の結果が2日目の順位トーナメントに直結するため、真剣勝負があらゆる場所で繰り広げられていた。

 ピッチ外では『スパイクの試し履き』や『キックターゲット』というアトラクションも。これも稲穂キッカーズのメンバーたちが企画・交渉を行い、実現させたものだ。さらに、対戦結果もリアルタイムで特設サイトに更新していく試みもなされており、あちこちでスマホを見ながら歓声や悲鳴が上がっていた。



試し履きブースにも多くのプレーヤーが訪れる


「企画も事前にいろいろ準備することが必要で、いろいろな方と打ち合わせもしつつやってきました」という副幹事長の黒岡響生には、嬉しいことがあったという。「キックターゲットをしている人たちから『これ、面白いね』という声が聞こえてきたんです。それは準備してきて良かったなと思いましたね」。こういう経験こそが、大会運営に携わる大きな醍醐味であることは言うまでもない。

 稲穂キッカーズはこの大会に4チーム編成で臨んでいた。Aチームは実力で選抜され、Bチーム、Cチーム、Dチームはまず3年生から1人ずつキャプテンを選んだ上で、ポジションごとに均等な構成になっているという。

「普段は何の役職もやっていないんですけど、今回キャプテンに抜擢されました」と笑うのは、Dチームのキャプテンに指名された石川朋希。彼もこの役割を任されたことで、新たな気付きを得たようだ。「自分のプレーは当たり前で、もう1つ周りを見なきゃいけないという役目があって、キャプテンの田中の凄さがわかりました。あとは一緒にサッカーをやってみることで、『コイツってこういう感じなんだな』と理解できますし、今後に繋がる機会としても、こういうチーム構成はありがたいです」。

 新歓合宿の開催は見送ったため、稲穂FESTAは稲穂キッカーズにとっても、初めて今年の新入生が参加するイベント。「もともと稲穂キッカーズというチームのことは、大学に入る前から名前を聞いて知っていた」という1年生の山下稔貴が発した、「ここまで大学のサークルサッカー界で影響力を持っているんだということが、この大会に来てみて分かりました」という率直な感想が興味深い。

 1年生マネージャーの後藤めいも、改めて自分の入った組織の凄さを実感していた。「20チーム以上が来るような大会を1つのサークルがやっていることが凄いですし、他のサークルやスポマネさんからの信頼もあって運営できることなので、そういう歴史やしっかりした信頼があるのは凄いなと思いました」。

 さらに彼女が続けた言葉に、ハッとさせられる。「声出しで応援できること自体が嬉しいですし、試合中もマスクをしなくていいですし、高校3年間がしっかりコロナ禍だったので、大学1年でそういうことが切り替わったのは『得した代だな』と思っています」。聞けば稲穂FESTAも2020年と2021年は規模を縮小して開催したという。当たり前に試合が行われ、声を出して応援ができ、ゴールを奪えば歓喜の抱擁ができる日常が、ようやく彼らの元にも帰ってきたのだ。







 稲穂キッカーズのキャプテンを託されている田中駿也は、自分の試合がない時に仲間を応援したことが、とにかく楽しかったという。「普段はなかなか応援側に立つことはなかったので、新鮮な気持ちはありました。でも、応援するのって楽しいです。試合に出ている人も出ていない人も、プレーヤーもマネージャーも関係なく、全員で応援し合えるのは他のチームにもなかなかないところかなと思いますね」。その想いも100人を超えるメンバーでこの大会に参加し、運営することで得られる大切な収穫であることに疑いの余地はない。

 2023年の稲穂FESTAは中央大学サッカー同好会が制し、見事に連覇を飾る結果となった。「前回の稲穂FESTAでも自分たちは優勝させてもらって、本当にそこから波に乗った感じだったので、そういう意味では1年で勢いに乗れる大事な大会かなと思います」と話していた信岡を中心に、24チームの頂点に立った彼らに拍手を送りたい。

大会連覇を飾った中央大学サッカー同好会


 決勝でPK戦の末に敗れ、惜しくも準優勝となったのが稲穂キッカーズのAチームだった。この結果について田中は「決勝で負けてしまったのは凄く悔しかったですね」と言いながら、「稲穂全体として個人個人にいろいろな気付きや発見があったので、それは良かったのかなと。1年間が終わった時に、この稲穂FESTAをやって良かったなって思えるように、これから過ごしていきたいと思います」とも語っている。今回はAチームでプレーしていなかった選手も、虎視眈々とここからの台頭を狙っているはず。また週3回の練習から、激しい競争が待っている。

 大会を陰で支えていたスポーツマネジメントの高野氏は、今後の稲穂FESTAに期待したいことをこう教えてくれた。「これを同好会カテゴリーの壁を壊す大会の1つにしてほしいんです。私は稲穂に『カテゴリー外の人に評価されるチームになってほしい』と思っています。結果を出しても、良い取り組みをしていても、カテゴリーの壁を壊さない限り、さらなるステップアップはできません。この大会に関わったことはその第一歩ですし、稲穂にはその力があると信じています」。

 最後に改めて稲穂FESTAを終えて、城西が感じたという想いを紹介しておこう。「自分たちとしても本当にやり切った大会でしたし、考えていることがもっと行動化されたというか、稲穂に対してより愛を持って、活動に取り組める人が増えたのかなと。もちろん自分たちだけではできなかった大会で、他のチームに対しても『参加してくれてありがとう』と思っていますし、このサークルサッカーをみんなでこの先も盛り上げていけたらなという想いが強くなりました」。

 大学の同好会サッカーにも、みなぎる本気と確かな熱量はあふれている。稲穂FESTAを通じて、さらなるサッカーの輪が広がっていくことは、日本サッカー協会(JFA)が掲げるグラスルーツの理念を鑑みても、間違いなく大きな意義があるはずだ。


(取材・文 土屋雅史)

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