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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第5回「日本代表の惨敗を解明する」(後編)
by 山本昌邦

次期日本代表監督が内定したというニュースが日本サッカー界をにぎわせている。しかし、未来を託す前に、日本代表はなぜアジア杯で惨敗してしまったのかを分析する必要があるのではないか。指導者・解説者の山本昌邦が、データを基に徹底分析する人気コラムの第5回。
データ提供:Football LAB

(前編はこちら)

決定力

 1月23日のアジア杯準々決勝、アラブ首長国連邦(UAE)との試合で日本の決定力の低さが話題になった。延長戦を含めて120分の間に33本(データスタジアム調べ)のシュートを浴びせながら、ゴールネットを揺さぶったのはMF柴崎岳のミドルシュートだけ。この数字だけを見れば、決定力の低さが日本サッカー永遠の課題のように思えて当然だろう。

 少し視点を変えてみたい。33本のシュートで1点しか取れないと「シュートが下手」「技術が低い」と切って捨てられるが、本当にそうなのか。確率が低いのは入る可能性が低いところから打っているということも一因ではないのか。

 表2は昨夏のW杯ブラジル大会で4強に入ったドイツ、アルゼンチン、オランダ、ブラジル、そして日本が打ったシュートを場所別に分類したものである(セットプレーで狙ったシュートは除く)。数字はすべて1試合90分あたりに換算し直したが、これによると、優勝したドイツは1試合平均で13・17本のシュートを放ち、うち9・26本はペナルティーエリアの中から打ったことが分かる。比率にすると70・3%だから、10本シュートを打てば7本はペナの内側からという勘定だ。ドイツの決定力を支えるのは、その前段としてペナ内への優れた“侵入力”があるように思う。

 ドイツほど突出した数字は残せていないが、準優勝のアルゼンチンも3位のオランダもシュート全体の中でペナ内から打ったものの比率は60%を超えている。オランダはドイツほどの破壊力(本数)はないものの、ペナ内から放ったシュートの2本に1本はゴールの枠内に飛ぶ精度を誇る。

 日本はどうか。グループリーグで敗退したブラジルW杯で放ったシュートは1試合で14・33本と4強を上回った。本数だけならアルベルト・ザッケローニ監督が掲げた攻撃サッカーの看板に偽りはなかったようだが、中身は大違い。世界のトップ・オブ・トップに比べると日本は明らかにペナの外から打ったシュートが多い。比率でいえばペナ内側からのシュートとほぼ同じ。全体のシュート数が増えたのは、相手の堅い守りを崩すに崩せず、苦し紛れに打ったシュートによって数字がかさ上げされたからのようだ。

 その傾向はオーストラリアで戦ったアジアカップのUAE戦も変わらなかった。UAEは、ブラジルW杯で日本が戦った相手よりはるかに力は劣った。FKから直接狙ったシュートを除くと、放ったシュートの総数は30本。ボールを支配して圧倒的に攻め込んだわけだが、ペナの内と外からのシュート数は16本と14本で大差ない。UAE戦の後、ハビエル・アギーレ監督や選手は「チャンスはつくれていた」と話したが、ペナの外からのシュートに関しては「打った」というより「打たされた」というのが実態に近かったのではないか。

 今回のアジアカップの日本の全得点は8。そのうち2点はFW本田圭佑のPK。ペナの外から入れたのはMF遠藤保仁と、柴崎のミドル。残りの4点は岡崎慎司吉田麻也、本田、MF香川真司がペナ内のシュートを決めたもの。柴崎のミドルシュートはワールドクラスの一撃だったけれど、確率を求めるならペナ内のシュートをもっと増やすことが日本の決定力を上げる一番の方法だろう。ペナ内のシュートを増やすには、もっともっとペナの中に入っていくバリエーションを増やす工夫をしなければならない。

 それにしても、ドイツは「シュート大国」だと思わざるを得ない。一つには枠をとらえるすごさがある。相手の守りを破ってペナの中まで入って打てば、ゴールの枠内をとらえる確率が上がるのはうなずける話だが、それに加えてドイツはペナの外から打っても枠内をとらえる確率は5割を超える正確性がある。

 私はそういうドイツのシュートの精度はPK戦にも生かされているとにらんでいる。このシュート大国はW杯にPK戦が導入された1978年アルゼンチン大会から「PK戦を4度戦って負けなし」という不敗神話を持つ。

「PK戦の勝敗は運、不運がある。負けても仕方ない」というが、そういう通説にドイツは甘えない。W杯における4度のPK戦でのべ18人が蹴って、ドイツが失敗したのは82年大会のウリ・シュティーリケ (現韓国代表監督)だけである。

 裏返すと、PK戦でドイツが勝ち続けられるのはGKが奮戦するからである。2006年ドイツ大会準々決勝、アルゼンチンとのPK戦ではGKイェンス・レーマンが右に左にコースを読み切って止め、ヒーローになった。これもアルゼンチンのキッカーのPKの傾向をデータで把握済みだったからできたことだった。

 聞けば、UAEとのPK戦で、日本のGK川島永嗣の手元には相手のキックに対する有用なデータが何もなかったと聞く。情報戦が当たり前の現代サッカーで信じられないことだ。もし、それが確かな話で、PK戦にその程度の備えもなかったのだとしたら、本当に運任せで負けたことになる。


やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳氏との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。


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