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東口順昭“日本一のGKへ”vol.2「ジュニアユース時代の挫折と“えげつない”ライバル」

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GK東口順昭が語るジュニアユース時代の挫折

 ガンバ大阪ジュニアユースに入ったときは内心、フィールドへの思いを捨てきれていなかった。ただ、アキ (家長昭博)みたいに無茶苦茶うまい選手に出会ったことで、「もうフィールドは無理やな」とあきらめがついたかな。それで、決意新たにGKを始めたら、今度は同期に“えげつない”ライバルがいた。俺は中1で150cmくらいやったけど、同期のGKはすでに170cmくらい。体格もいいし、言ってみれば身体能力の塊。「こいつには敵わへん」と思うくらい、めちゃくちゃうまかった。彼が試合に出るので俺はずっと出られなかった。ところが、中2のときに彼は「ラグビーがやりたい」と言い出して、サッカーをやめてしまった。

 試合に出れへんくてふてくされてるときに同期のGKがいなくなって、急に出番が回ってきた。1学年上にはGKの選手が1人しかいなくて、その先輩もケガをしていたので、中2の俺が中3の試合に出るようになった。でも、全然結果が出なくて、俺のせいで負けて全国大会に出られへんかったこともある。判断ミスがあったり、キャッチミスをしてゴールに入ってしまったり、めっちゃイージーなミス。中3になってからも「試合に出られるようになった」という感覚はなくて、「俺しかいなかった」というほうが正しいと思う。ジュニアユース時代はいろいろな挫折を味わった。

 思い返すと、俺は何も考えていない中学生だった(笑)。ボーッとしていて、何の大会に出ているかも分かっていなかった。サッカーは練習で毎日同じことをしているほうが楽しくて、試合には出たくなかったっていう。何も考えてないでしょ?(笑)
 ガンバは強いから、レベル的に関西大会までやったら相手に攻め込まれない。だから、全国大会になると急にレベルが上がってシュートが飛んでくるようになる。急にプレッシャーと向き合ってもどうしたらいいか分からへん自分がいた。そんな状況で、やっぱりなかなか結果がでえへんかった。

 今、中学生の自分にアドバイスをするなら、「ボーッとするな」って言いたい(笑)。目的意識を持って練習や試合に臨むべきだったし、もっと責任感が必要やったと思う。それこそ、当時のライバルを蹴落とすくらいの。ちなみに、ラグビーに転身した同期は今もラグビーのプロでバリバリやってる(近鉄ライナーズ・森田尚希)。ポテンシャルがえげつないでしょ。


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