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「本気になるヤツがバカにされない」サッカー同好会の名門・稲穂キッカーズが大学生を魅了する理由

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「なんか稲穂の練習のない火、木も“目覚ましなし”で6時ぐらいにパッと起きて、『あ、起きちゃった』って。そういう体になっちゃいました」。マネージャー代表のアヤノ(坂井彩乃)が苦笑交じりにそう話せば、「大学の1限では絶対に早起きしたくないけど、稲穂だったらいいかなと思えています」と1年生マネージャーのメイ(後藤めい)も笑顔を見せる。

「稲穂の熱さ、暑苦しさ、泥臭さの環境に惚れてしまって、稲穂が本当に大好きになってしまったので、幹事長に立候補しました」。メチャメチャ熱っぽく語るのは、今年の幹事長を務めるコウキ(城西恒輝)。「もともと稲穂には高2ぐらいの時に入ろうと思って早稲田に来たので、僕は稲穂しか見ずに稲穂に入った人間で、とにかく稲穂が大好きなんです」と、副幹事長のソウ(牧野創)も一息に話し切る。

 では、みんなが嬉しそうに口にする『稲穂』って何なんだ?

 正式名称は『早稲田大学稲穂キッカーズ』。1961年の創設から60年を超える歴史を有する、早稲田大学のサッカー同好会だ。今シーズンはプレーヤーが100人を超え、マネージャーも30人以上が在籍。一つのサッカー同好会としては、突出したメンバー数を誇っている。

 年間スケジュールの大きな軸は、9月に開幕する『新関東フットボールリーグ』への参戦。関東のサッカー同好会レベルでは最大規模で行われるこのリーグで、稲穂キッカーズは常勝を義務付けられる立ち位置で戦っており、一昨年、昨年と優勝を達成。さらに、関西の同好会リーグ王者と相まみえる年末の東西対抗戦(日本一決定戦)でも堂々の連覇を成し遂げており、大学のサッカー同好会を牽引する存在であることは間違いない。

 アヤノとメイも言っていたように、稲穂の朝は早い。練習は月曜、水曜、金曜の週3回で、開始時間は8時から9時の間。基本的にはプレーヤーもマネージャーも全参加が義務付けられており、眠い目をこすりながら、それでも練習会場へと集まってくる光景は、一般的な大学生が過ごす日常のイメージとはかけ離れているかもしれない。


 練習参加が義務付けられているのには、もちろん理由がある。稲穂には監督やコーチのような、いわゆる“大人”のスタッフは存在しない。「試合に出る選手の条件は練習の参加率が一番で、あとは紅白戦での活躍を見て、キャプテンサイドで決めています。試合にはみんなの代表として出るわけで、プレー面というよりは、チームの一員としてみんなに信頼されているかどうか、チームのために行動できるかということも凄く大事にしていますね。たまにごちゃごちゃ言われますけど(笑)」と説明するのはキャプテンを任されているシュンヤ(田中駿也)。キャプテンと副キャプテンとはいえ、選手がメンバーを決めているため、一定の公平性を期す上で、練習に来ることが試合出場の絶対条件というのは、昔から続いている稲穂の伝統でもある。

 その“鉄の掟”はマネージャーも例外ではない。週に3回、彼女たちも早起きしてグラウンドに現れる。給水。ボール拾い。プレーシーンの動画撮影。2時間に及ぶ練習中も進んで仕事を探し、声を出し続け、選手たちを過不足なくサポートし続ける。


「もともとマネージャーをやれる場所を探していましたし、練習に行ったらマネージャーにちゃんと仕事があったんです。だから、稲穂に入りました」というアヤノは、“週3の早起き”を続けている理由をこう明かす。「2個上の代がマネージャーも一緒に戦っているように私には見えて、『ああいうマネージャーたちみたいになりたいな』と思いましたし、みんなと仲良くなれたから、みんなと一緒にいるのが楽しいから、続けているんだと思います」。

 入学したばかりのメイも、もう稲穂の魅力にハマってしまった一人だ。「何かのマネージャーにはなりたくて、自分の性格的にゆるゆるしていると、『いや、もっとやろうよ』と思うタイプなので(笑)、せっかくなら全力でやっていて、応援しがいのあるところが良いなと考えていたときに、稲穂の練習を見に行ったら“ブラ体”とか練習後のミーティングも凄くマジメにやっていて、サッカーのときは凄くマジメだけど、他のときには優しいし、面白いですし、『こんなにバカマジメにできるのは凄い!稲穂に入ろう!』と思いました」。

 今年はとりわけ新歓活動に力を入れたという。「稲穂のYouTube、TikTok、Twitter、Instagramにグループを分けてやっているんですけど、どうしたら見てもらえるかということで最初に上げた動画が、『早稲田生の1日』で、まずはサークルサッカーを知らない人に届けたかったので、そういう形になりました」と話すのは広報活動を取りまとめているソウ。前述したように稲穂愛を人一倍持っている彼には、SNSでの新歓活動を経たことで、新たな気付きがあったようだ。

「去年は正直僕が『アレをやってほしい』『こうやってほしい』ということが多かったんですけど、最近はもう『アレはまだなの?』と要求してもらうことが増えてきたなって。良い感じでマネージャーも含めて、みんなが主体的になってくれていると思います」。チームの運営を中心になって進めていく“幹事学年”の3年生は40人近いメンバーが所属しているため、ややもすれば人任せになりがちな環境でもあるが、それぞれが主体性を持って取り組むことの意義を、ソウは嬉しそうに、生き生きと語る。

 効果てきめん。「今年は新歓のグループLINEに新入生が300人程度入ってきてくれまして、前代未聞なんじゃないかと(笑)。グラウンドに新入生が50人ぐらい来て、『手に負えません』みたいな状況になってしまったこともあって、それほど端から見ても魅力的な組織なんじゃないかなと、幹事長としては思っています」と胸を張るのはコウキ。こうしてまた少なくない新入生が、稲穂の沼にハマっていくというわけだ。


 早稲田大学には“ア式蹴球部”という歴史あるサッカー部が存在する。こちらも大学サッカー界では超名門として知られており、今シーズンは関東2部リーグを戦っているが、毎年のようにJリーガーを輩出するなど、そのレベルは極めて高い。

「高校でもタイトルを獲れたわけではないですし、やり切れなかったので、大学でもサッカーをやりたいと思いながらも、ア式に行くまでの勇気はなくて。でも、稲穂に来たらみんなが“ガチ”でやっていて、僕にとっては本気になれるこの環境が好きで、続けている感じです」。副キャプテンのコウスケ(奈良幸亮)は稲穂に入った理由をそう語る。

「サークルは純粋にサッカーを楽しみたいとか、友達を作りたいとか、とりあえず高校サッカーで完全燃焼できなかったけど、部活ではなくても“ガチ”でやりたい人が入るのだと思っていて、いろいろと目的が違う人がいる中で、最終的に日本一を目指して一つになってやっていくというのは、サークルでしか体験できないですし、そこの過程の部分は絶対に部活では経験できないはずなので、稲穂に入って良かったなと思います」と話すのは、同じく副キャプテンのヨシト(佐井康人)。シュンヤとともにキャプテンサイドを務める2人からは、奇しくも同じ“ガチ”というフレーズがこぼれ出た。

 今年の3年生は青春の中心をコロナ禍に直撃された世代だ。シュンヤが発した言葉には重みがあった。「自分は高3のときにインターハイが中止になって、選手権は開催されたんですけど、思うような結果が残せなくて、不完全燃焼に終わったので、大学でもサッカーを続けたいなという想いを持って入学しました。それでこの稲穂という組織に出会って、本気になって、この熱い仲間とサッカーで日本一を目指して活動できているというこの状況が凄くありがたいなって、コロナがあったからこそ改めて思います」。

 もともと“ガチ”にこだわるのは、稲穂を貫く根幹でもある。ただ、とりわけ今の稲穂に在籍している彼らは、制限の多い日常を送ってきたからこそ、真剣に打ち込めるものに対しての感度が高いのかもしれない。コウキは新歓活動をしている最中に、こういう想いを抱いたという。

「今の新1年生の子たちは高校3年間の行事や部活をすべてコロナで奪われているという現状を考えたときに、その人たちに青春をもう一度大学で取り戻すというか、このサークルサッカーと出会うことによって、再び熱くなってほしいんです。中学校のときに感じたようなスポーツに対する熱さであったり、仲間と何かを成し遂げることの大切さであったりというものが、稲穂に入ることによって感じてもらえたらなというのは、ビラを配りながら凄く思いました」

 副幹事長のヒビキ(黒岡響生)は“ポストコロナ”の今、幹事学年になった意味をこう感じている。「今は徐々にできることが増えているんですけど、自分たちが1、2年生のときにやっていなかったことを僕らの代でやるとなったら、自分たちでどういうものを作っていくかを考えることができるわけで、新しいことを考えるのは難しいですし、いろいろ時間を使うんですけど、そのいいものにしようと考える過程に意味があるのかなって。そういうことを経験できる環境としては、コロナがあったこともプラスに、ポジティブに捉えたいと思います」。

 もちろん“先輩”の意志は“後輩”にも届いている。1年生のナルキ(山下稔貴)は、明確な目標を持って稲穂の門を叩いた。「僕は岡山学芸館高校の出身で、一応高校では日本一になったんですけど、『メンバーではなかった』というところで心残りがあって、大学サークルサッカーに舞台は変わりますけど、もう一度日本一を目指したいなと思ってここに入ったんです。先輩たちも常々『日本一を目指そう』と言っているので、そういうところで僕も良い刺激を受けています」。マネージャーも合わせて50人弱の新入生は、3年生の背中をしっかりと見つめている。


 近年の稲穂はその年ごとにスローガンを掲げている。2023年は『稲穂一色』。それに決まった経緯を説明するのは、副幹事長のガクタ(藤原楽大)だ。「3年生でどういうテーマがいいかとみんなで話したときに、去年は『圧倒的一体感』というテーマのもとにやっていたので、そういう同じ方向を目指すとか一体感というテーマがいいねと。そこから『試合前のミーティングのときから“稲穂色”で会場を染められるような雰囲気を作り出そう』ということになって、『やっぱり「稲穂一色」っていいんじゃない?』って。それで3年生で投票して決めました」。

 掲げたからこそ、それを貫く意味もガクタは胸に刻んでいる。「大会の会場に行っても、自分たちだけ異様な雰囲気を作れていますし、『稲穂には負けたくない』という気持ちを他のチームから出されるのも凄く大好きです。だから、そういう目線で見られるためにももっともっと強くないといけないし、『サッカー以外の部分もちゃんとやっているのが稲穂だよね』と言われることを続けていきたいですし、僕たち幹事学年がしっかりやっていかなきゃいけないなって凄く感じます」。

 多くの3年生に話を聞いていった中で、ある2人がほとんど同じようなニュアンスのことを口にしていたことは、非常に強く印象に残った。

「やっぱり稲穂って本気になるヤツがバカにされないというか、『本気のヤツらの方がいいよね』というスタンスを取ってくれるのが、凄く居心地が良いというか、もう1回本気になれる場所なんですよね」(コウスケ)。「出る杭が打たれないんです。頑張っている人は評価されますし、熱くてやる気があれば誰でも『コイツ頑張ってるの、なんなの?』とはならないんです。稲穂ってそういう組織だと思います」(アヤノ)。

『本気になるヤツがバカにされない』し、『出る杭が打たれない』。きっとそれは、稲穂に60年近く息づいている本質の部分だ。大学生で、しかも同好会で、そんな環境に100人を超えるヤツらが身を置いて、真剣に熱くなり続けるなんて、控えめに言っても最高ではないか。


 最後はコウキに、今年の目標を語って締めてもらおう。

「『伝説に残る代』にしたいです。自分たちの代はプレーヤーの人数も、マネージャーの人数も多いというところで、一人ひとりの力が最大限発揮されれば、今まで成し遂げられなかったような成績や雰囲気が付いてくるんじゃないかなって。それは構成されているメンバーの人柄を見てもそう感じているので、他のサークルからも、稲穂の歴史の中でも、『稲穂のあの代は凄かったね』と言われるような、そんな組織にしていきたいなと思っています」

 全員がガチでサッカーと向き合う、不思議な大学生の熱き集団。稲穂キッカーズの在り方は、50年後も、100年後も、きっと何一つ変わらず、エンジのユニフォームとともに、その歴史を刻み続けていくはずだ。


(取材・文 土屋雅史)

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