“再出発”の流通経済大、主将・畑野遼太を中心に乗り越えた試練…「32番」とともにつかんだ夏の大学日本一
[9.12 総理大臣杯決勝 流通経済大2-1国士舘大 キューアンドエースタジアムみやぎ]
苦境の中で迎えた再出発の舞台で、主将がチームを頂点へ導いた。流通経済大(関東3)は今春、部員による違法薬物使用が発覚し、約1か月間の活動休止を余儀なくされた。中野雄二監督も約半年間ベンチを離れた。そんな苦しい時間を乗り越えたチームをまとめ上げ、指揮官の公式戦復帰戦となった大会で日本一のタイトルを届けたのが、主将MF畑野遼太(4年=広島ユース)だった。
前半31分に国士舘大DF福原快成(2年=新潟明訓高)が決定機阻止で退場となると、34分にMF千葉大舞(3年=興國高)、40分にFW山野春太(2年=流通経済大柏高)が立て続けに得点。後半開始早々に1点を返されたが、畑野を中心に最後まで集中力を切らさず、2-1で逃げ切って12年ぶりの総理大臣杯制覇を成し遂げた。
今春はリーグを戦いながらの調整を強いられた流経大だが、前期リーグを2位、そして総理大臣杯予選のアミノバイタルカップ関東を3位で終えた。ただ欲しいのはタイトル。チーム全員が「夏に日本一」を合言葉に今大会へ臨んでいた。
そして順調な勝ち上がりをみせたチームは、関東2部対決となった準決勝を勝利したことで、「最低限の目標」としていた大学選手権(インカレ)出場を確定させた。それでも欲しいのはやはりタイトル。決勝に向けてもモチベーション高く調整することができていたという。
「チームとしては日本一を目指していたので、日本一に向けていい調整ができていた。そこは全員がモチベーションを高くできていた。(試合の入りは)みんな固かった印象があったけど、全員でミスをカバーすると話していた。このチームの強みを再確認できました」
この優勝には、二つの大きな意味があった。活動休止期間を経て、中野監督が総理大臣杯で公式戦の指揮に復帰。主将は恩師に何よりもタイトルを届けたいと願っていた。「監督が活動休止期間の間、自分たちも気にしていたし、監督が総理大臣杯から帰ってきたということで、日本一というタイトルを監督に届けたかった。タイトルを取らせてあげることができて非常に嬉しいです」。
また歓喜の輪の中で「32番」のユニフォームが常になびいていた。「一緒に日本一を獲りたかった」。ユニフォームの持ち主は、同期生のDF萩原聖也(4年=流通経済大柏高)で、「2年生の時から膝の怪我をしていて、4年生で復帰というところでなかなか痛みが消えず、サッカーを諦めるという決断をした」選手だった。特に畑野は4年間、寮の同部屋で過ごした選手だったという。「4年生で一緒に戦いたいと話していたので、一緒に日本一になれて嬉しい」。ピッチに立てなかった同期への思いもまた、12年ぶりの日本一に込められていた。
もっとも、ここで満足するつもりはない。「日本一というタイトルは取れたけど、チームとして課題も出た。リーグもすぐに始まるし、リーグのタイトルも取れるように、全勝を目指して頑張りたい」。自身も「プロを目指すのはもちろんですけど、まずはチームのために走ることが自分の役割。それが結果的にプロに繋がる。まずはチームのために走って、ゴールも狙っていきたい」と前を向く。春の試練を乗り越え、監督への恩返しと同期への約束を果たした主将・畑野。その背中が導いた12年ぶりの日本一は、流経大にとって新たなスタートでもある。1部復帰、そして大学選手権へ――名門校の主将としての挑戦は、まだ終わらない。


(取材・文 児玉幸洋)
●第50回総理大臣杯全日本大学トーナメント特集
苦境の中で迎えた再出発の舞台で、主将がチームを頂点へ導いた。流通経済大(関東3)は今春、部員による違法薬物使用が発覚し、約1か月間の活動休止を余儀なくされた。中野雄二監督も約半年間ベンチを離れた。そんな苦しい時間を乗り越えたチームをまとめ上げ、指揮官の公式戦復帰戦となった大会で日本一のタイトルを届けたのが、主将MF畑野遼太(4年=広島ユース)だった。
前半31分に国士舘大DF福原快成(2年=新潟明訓高)が決定機阻止で退場となると、34分にMF千葉大舞(3年=興國高)、40分にFW山野春太(2年=流通経済大柏高)が立て続けに得点。後半開始早々に1点を返されたが、畑野を中心に最後まで集中力を切らさず、2-1で逃げ切って12年ぶりの総理大臣杯制覇を成し遂げた。
今春はリーグを戦いながらの調整を強いられた流経大だが、前期リーグを2位、そして総理大臣杯予選のアミノバイタルカップ関東を3位で終えた。ただ欲しいのはタイトル。チーム全員が「夏に日本一」を合言葉に今大会へ臨んでいた。
そして順調な勝ち上がりをみせたチームは、関東2部対決となった準決勝を勝利したことで、「最低限の目標」としていた大学選手権(インカレ)出場を確定させた。それでも欲しいのはやはりタイトル。決勝に向けてもモチベーション高く調整することができていたという。
「チームとしては日本一を目指していたので、日本一に向けていい調整ができていた。そこは全員がモチベーションを高くできていた。(試合の入りは)みんな固かった印象があったけど、全員でミスをカバーすると話していた。このチームの強みを再確認できました」
この優勝には、二つの大きな意味があった。活動休止期間を経て、中野監督が総理大臣杯で公式戦の指揮に復帰。主将は恩師に何よりもタイトルを届けたいと願っていた。「監督が活動休止期間の間、自分たちも気にしていたし、監督が総理大臣杯から帰ってきたということで、日本一というタイトルを監督に届けたかった。タイトルを取らせてあげることができて非常に嬉しいです」。
また歓喜の輪の中で「32番」のユニフォームが常になびいていた。「一緒に日本一を獲りたかった」。ユニフォームの持ち主は、同期生のDF萩原聖也(4年=流通経済大柏高)で、「2年生の時から膝の怪我をしていて、4年生で復帰というところでなかなか痛みが消えず、サッカーを諦めるという決断をした」選手だった。特に畑野は4年間、寮の同部屋で過ごした選手だったという。「4年生で一緒に戦いたいと話していたので、一緒に日本一になれて嬉しい」。ピッチに立てなかった同期への思いもまた、12年ぶりの日本一に込められていた。
もっとも、ここで満足するつもりはない。「日本一というタイトルは取れたけど、チームとして課題も出た。リーグもすぐに始まるし、リーグのタイトルも取れるように、全勝を目指して頑張りたい」。自身も「プロを目指すのはもちろんですけど、まずはチームのために走ることが自分の役割。それが結果的にプロに繋がる。まずはチームのために走って、ゴールも狙っていきたい」と前を向く。春の試練を乗り越え、監督への恩返しと同期への約束を果たした主将・畑野。その背中が導いた12年ぶりの日本一は、流経大にとって新たなスタートでもある。1部復帰、そして大学選手権へ――名門校の主将としての挑戦は、まだ終わらない。


(取材・文 児玉幸洋)
●第50回総理大臣杯全日本大学トーナメント特集



