E-1トロフィー掲げた主将・長友佑都「みんなと離れるのが寂しい」
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日本代表18年目、初めてチームキャプテンを任された38歳のレジェンドがE-1選手権のトロフィーを高らかに掲げた。「やっぱり格別ですね、優勝は。どんな大会であれ、最後は試合に出られなかったけど、格別な瞬間に出会えて幸せ者です」。試合後、DF長友佑都(FC東京)の左腕には、優勝トロフィーに負けじと誇るべき真っ赤なアームバンドが光っていた。
日本代表にとって史上初のE-1連覇がかかったアウェー日韓戦。1-0のまま防戦一方だった後半終了間際、チームがすでに交代枠を使い切っていたなか、ベンチ前にはビブスを脱いでスプリントを繰り返す「背番号5」の姿があった。


DF望月ヘンリー海輝(町田)が頭部の接触で倒れ込み、脳震盪に伴う追加交代が行われる可能性が出てきたなか、我先にと飛び出したのが長友だった。「これは出番が来たと。1分でも2分でも準備はできていたので」。結果的に望月はプレーを続け、長友に出場機会は訪れなかったが、38歳のキャプテンがこの大会を通じて表現してきた熱量が最後の最後にも垣間見えた瞬間だった。
優勝だけが求められるE-1選手権という大会。もちろんキャプテンとして評価される結果基準も優勝だけだった。ピッチに立つためには、自分自身が競争を勝ち抜かなければならない。それでもチームが結果を出すため、すなわち若手選手が普段どおりのパフォーマンスを発揮するための仕事を欠かさなかった。
「今までも自分が引っ張るつもりで、キャプテンというつもりでやってきたけど、いざキャプテンを実際に任されると違うプレッシャーも新たに感じていて、チームの結果が出ないと自分も責任をすごく感じる。これだけ若い選手がいるなか、自分がキャプテンとしてチームをまとめられないとこの先、そういった部分を任されないと思っていた。そういった意味で本当に1試合1試合、日に日に彼らが一つになって、チームが一つになって、一体感も含めて変わっていったのをすごく感じたので、非常に良いチームになったなと。ここでみんなと離れるのが寂しいですね」


“プレーヤー長友佑都”という存在にとっても、価値を問われる大会だった。
前回のカタールW杯後、今後のキャリアを一旦白紙にし、休養期間を経て「5回目のW杯を目指す」と決断した長友。アジア杯ベスト8敗退後の昨年3月から日本代表に復帰し、その道のりに一歩近づいたかと思われたが、W杯予選の出場はゼロ。ピッチ外の振る舞いには全幅の信頼、高い評価が向けられていたが、最終予選全試合ベンチ外という現実は重かった。
それでもあの日の決意は、一度たりともブレることはなかったという。
「気持ちは変わっていないですね。決意も変わっていなくて。自分がカタールW杯の後、また次のW杯を、5回目のW杯を目指すと決意した瞬間から気持ちは変わっていない。出られない期間がこれだけ長く続きましたけど、自分ならやれると思ってここまでやってきたので」
その思いをぶつけたのが950日ぶりに代表のピッチに立った第2戦・中国戦(◯2-0)、身長170cmの選手としては異例とも言える左CB起用でのパフォーマンスだった。
「自分の中で大きな一歩を踏み出せたと思っている。でもこれからですけどね。これからW杯優勝メンバーの一員になるために、そこから逆算して、自分が何をすべきかを考えて行動していきたいなと思います」
今大会では14人を数えた初招集選手をはじめ、他の全選手の代表キャップ数を合算(大会前時点で計57試合)しても自身の142試合の半分にも及ばないというほど代表経験の少ないチームを引っ張ってきた長友。それでも今大会で過ごした10日間を経て、1年後のW杯には「(今大会のメンバー)全員と行きたいくらいですよ」と目を輝かせる。
「それくらいに若い選手たちもこの期間に成長してくれたし、これだけ初めて代表デビューをした選手たちもいる中、このチームがどんどん強くなるなと今日の試合を見ながらも感じていたので。これは国内組、Jリーグの選手のレベルの高さも含めて。今日来ていない選手たちもレベルが高いので。日本の選手の個々のレベルが本当に高くなっていると感じます」
ここからはそのJリーグの舞台に再び戻り、自身の実力を証明し続け、また代表の舞台に戻ってくることが求められる。ただ、今回のE-1選手権を経て視座はさらに高まったようだ。
「W杯が自分の中にイメージができた。W杯を戦っているイメージがもう一つ明確に見えた感じがしているので。まだまだいっぱいやることは多いけど、自分なら行けるなという思いでいます」
明日16日に帰国してFC東京に戻り、19日にはJ1再開が待っている。「ガツガツやっていくしかないでしょう。もう一段、二段(パフォーマンスを)上げていかないと。そして東京にやっぱり貢献しないとW杯につながらないのでね。そこに燃えています」。相手はクラブW杯を終えたばかりの浦和レッズ。世界を見据える38歳は、世界とつながるJリーグでの飛躍を誓い、歓喜のスタジアムを後にした。
(取材・文 竹内達也)
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日本代表にとって史上初のE-1連覇がかかったアウェー日韓戦。1-0のまま防戦一方だった後半終了間際、チームがすでに交代枠を使い切っていたなか、ベンチ前にはビブスを脱いでスプリントを繰り返す「背番号5」の姿があった。


いち早くビブスを脱ぎ、スプリントする長友
DF望月ヘンリー海輝(町田)が頭部の接触で倒れ込み、脳震盪に伴う追加交代が行われる可能性が出てきたなか、我先にと飛び出したのが長友だった。「これは出番が来たと。1分でも2分でも準備はできていたので」。結果的に望月はプレーを続け、長友に出場機会は訪れなかったが、38歳のキャプテンがこの大会を通じて表現してきた熱量が最後の最後にも垣間見えた瞬間だった。
優勝だけが求められるE-1選手権という大会。もちろんキャプテンとして評価される結果基準も優勝だけだった。ピッチに立つためには、自分自身が競争を勝ち抜かなければならない。それでもチームが結果を出すため、すなわち若手選手が普段どおりのパフォーマンスを発揮するための仕事を欠かさなかった。
「今までも自分が引っ張るつもりで、キャプテンというつもりでやってきたけど、いざキャプテンを実際に任されると違うプレッシャーも新たに感じていて、チームの結果が出ないと自分も責任をすごく感じる。これだけ若い選手がいるなか、自分がキャプテンとしてチームをまとめられないとこの先、そういった部分を任されないと思っていた。そういった意味で本当に1試合1試合、日に日に彼らが一つになって、チームが一つになって、一体感も含めて変わっていったのをすごく感じたので、非常に良いチームになったなと。ここでみんなと離れるのが寂しいですね」


トロフィーリフトには「初めてだったのでどうやって掲げようか……」と迷いもあった様子
“プレーヤー長友佑都”という存在にとっても、価値を問われる大会だった。
前回のカタールW杯後、今後のキャリアを一旦白紙にし、休養期間を経て「5回目のW杯を目指す」と決断した長友。アジア杯ベスト8敗退後の昨年3月から日本代表に復帰し、その道のりに一歩近づいたかと思われたが、W杯予選の出場はゼロ。ピッチ外の振る舞いには全幅の信頼、高い評価が向けられていたが、最終予選全試合ベンチ外という現実は重かった。
それでもあの日の決意は、一度たりともブレることはなかったという。
「気持ちは変わっていないですね。決意も変わっていなくて。自分がカタールW杯の後、また次のW杯を、5回目のW杯を目指すと決意した瞬間から気持ちは変わっていない。出られない期間がこれだけ長く続きましたけど、自分ならやれると思ってここまでやってきたので」
その思いをぶつけたのが950日ぶりに代表のピッチに立った第2戦・中国戦(◯2-0)、身長170cmの選手としては異例とも言える左CB起用でのパフォーマンスだった。
「自分の中で大きな一歩を踏み出せたと思っている。でもこれからですけどね。これからW杯優勝メンバーの一員になるために、そこから逆算して、自分が何をすべきかを考えて行動していきたいなと思います」
今大会では14人を数えた初招集選手をはじめ、他の全選手の代表キャップ数を合算(大会前時点で計57試合)しても自身の142試合の半分にも及ばないというほど代表経験の少ないチームを引っ張ってきた長友。それでも今大会で過ごした10日間を経て、1年後のW杯には「(今大会のメンバー)全員と行きたいくらいですよ」と目を輝かせる。
「それくらいに若い選手たちもこの期間に成長してくれたし、これだけ初めて代表デビューをした選手たちもいる中、このチームがどんどん強くなるなと今日の試合を見ながらも感じていたので。これは国内組、Jリーグの選手のレベルの高さも含めて。今日来ていない選手たちもレベルが高いので。日本の選手の個々のレベルが本当に高くなっていると感じます」
ここからはそのJリーグの舞台に再び戻り、自身の実力を証明し続け、また代表の舞台に戻ってくることが求められる。ただ、今回のE-1選手権を経て視座はさらに高まったようだ。
「W杯が自分の中にイメージができた。W杯を戦っているイメージがもう一つ明確に見えた感じがしているので。まだまだいっぱいやることは多いけど、自分なら行けるなという思いでいます」
明日16日に帰国してFC東京に戻り、19日にはJ1再開が待っている。「ガツガツやっていくしかないでしょう。もう一段、二段(パフォーマンスを)上げていかないと。そして東京にやっぱり貢献しないとW杯につながらないのでね。そこに燃えています」。相手はクラブW杯を終えたばかりの浦和レッズ。世界を見据える38歳は、世界とつながるJリーグでの飛躍を誓い、歓喜のスタジアムを後にした。
(取材・文 竹内達也)
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