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大学途中で海外移籍、4年生の年にW杯メンバー入り…「決断してやり切った」実兄が語る慎重派だった弟・塩貝健人の成長

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3年前に慶應義塾大で一緒に過ごした塩貝健人(左)と塩貝亮太さんの兄弟

 5月15日14時。平日金曜日の昼間の時間帯は多くの方が忙しく過ごしていたのではないだろうか。塩貝亮太さんも職場のオフィスにいた。

 ただこの日は耳にイヤホンをつけていた。「塩貝健人」。森保一監督が読み上げた弟の名前が聞こえてきた。その日は上司や同僚だけでなく、お客さんからも祝福の声で溢れたという。

「凄いとしか言えない。あれよあれよと、ですよね。積み上げることからチャレンジして、決断してやり切ったことは本当にすごいと思います」


 3歳差の2人兄弟。亮太さんが東京Vジュニアユース、暁星高と進んだのに対し、健人は横浜FCジュニアユースから國學院久我山高に進学。一緒にサッカーをしたのは、慶應義塾大で一緒に過ごした23シーズンの1年間のみだった。

 とはいえ、弟の才能を確認するには十分の一年だった。「あのレベルの選手とプレーする機会はそうなかった」。亮太さんは大学卒業と同時に一般企業に就職。1年間は社会人リーグのチームにも所属したが、現在は社業に専念している。

最前列で写る亮太さんに対し、健人は控えめに一番後ろにいた

 弟の精神的な成長も感じているという。兄の記憶では「慎重派で、何をやるにもビビッていた」というが、大学でも1年生の冬に横浜F・マリノスへの入団内定を決めると、翌年夏にはその内定を辞退して、オランダ1部のNECと契約した。

 そして今年1月にはドイツ1部のボルフスブルクへの移籍を決めると、3月に日本代表が行ったイギリス遠征でA代表初招集。滑り込みでW杯メンバー入りを掴んだ。「苦しい時期はあったと思うけど、やり切ったのはすごい」。ただし都度の相談はなく、すべて「事後報告」。そこについては“変わらない関係性”もあるようだ。


 W杯開幕まで1か月を切った。家族にとっても晴れ舞台となることから、現地観戦を希望している。ただ亮太さんは「行きたいですけど、仕事と相談しながらになる。親は全部行くと思うけど、僕は1か月も休めるほど有給がたまっていないので…」と苦笑い。それでも希望が通ることを願っている。「まずは選んでもらったことに感謝して頑張ってほしい」。夢を託した弟の雄姿を目に焼き付けるつもりだ。

(取材・文 児玉幸洋)

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児玉幸洋
Text by 児玉幸洋

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