「拾ってもらったに近い」高卒プロ入りから下積み5年…J3→J1で“高指標”叩き出す岡山23歳DF大森博「大きな差は感じていない」
DF
[2.14 J1百年構想WEST第2節 広島 1-1(PK5-4) 岡山 Eピース]
今季が実質J1初挑戦——。J3でキャリアを切り拓いてきた若きCBが、J1百年構想リーグWESTの優勝候補本命を相手に圧倒的なインパクトを残した。
ファジアーノ岡山に今季加入したDF大森博は、J1デビューとなった開幕節・福岡戦(▲1-1、PK5-6)に続き、第2節・広島戦にも3バックの右で先発。果敢な迎撃守備と188cmの上背を活かした空中戦で相手の攻撃を跳ね返しつつ、ボランチ出身の技術を活かしたボールポゼッションでも異彩を放っていた。
対戦相手の広島は2022年の徳島ヴォルティス時代、ルヴァン杯でプロデビューを飾った時の相手。当時はチームが0-3で敗れるなか、大森も後半39分からの出場と短いプレータイムにとどまっていたが、あれから4年、自らの力でJ1まで這い上がってきた23歳に気負いはなかった。
「あの時はボランチをやっていたし、時間も短かったので、あまり意識はしなかったですね。それを言われて気づきました」。27,179人の大観衆が集まったエディオンピースウイング広島の雰囲気には「これがJ1」と感じた一方、気持ちは冷静だったという。
「J1のチームと対戦するのはリーグ戦ではこの前は初めてでしたけど、その時も自信を持ってできたし、そんなにリスペクトしすぎず、普通に自分のプレーをしようと思って入りました」
その言葉どおり、大森は試合序盤から攻守に異質なパフォーマンスを披露した。幅広く動く相手を逃さない迎撃守備や、的確にボールを捉える空中戦のヘディングは出色の出来で、タックル成功率5/7、地上戦勝率11/14、空中戦勝率4/5という上々のスタッツを記録。前半42分のイエローカードなど惜しまれる場面もあったが、J1屈指の攻撃陣にも十分に通用することを印象付けた。
また唯一の失点となった前半45+3分の失点シーンもチームのミドルブロックが機能せず、ボールを前進させてしまうなか、大森自身はマーカーのFW鈴木章斗を前を向かせずコントロールしていた。結果的には大きく動いたFWジャーメイン良に別の選手がつききれず、大森自身も「その前のシーンで内側に入らせないようにというのと、もう少し右のパスコースを限定してうまく守れたんじゃないかなと思う」と反省点を口にしたが、その改善も試合中にできていた。
さらにボール保持でも、広島のプレスに臆することなく配球。プロ入り時はボランチが本職だったため、足もとの技術はJ1のセンターバック陣でも屈指のレベルにあり、「3バックの脇が相手のディフェンスを剥がすことで数的優位ができるし、より前に人数をかけられる」と狙うドリブルでの前進も見せた。
そんな23歳のパフォーマンスは、スタッツをもとに機械採点を行う大手データサイトでも軒並み高評価を叩き出した。『Fotmob』は8.1点をつけ、両チーム通じての最高点でプレーヤー・オブ・ザ・マッチに選出。『Sofascore』も7.9点をつけ、ゴールを決めたMF江坂任を上回るチーム最高点を記録していた。
華々しいJ1デビューの裏には、長い下積みがあった。大森は2021年春に高校を卒業したが、当時はコロナ禍。T2リーグ(東京都2部)で戦っていた修徳高高時代はケガに泣いた時期も長く、プロ入りを志望しながらもオファーがないどころか、練習参加の機会さえ得られないという苦しい経験を乗り越えてきた。
「(コロナ禍前の)高校2年の時にセレッソさんに行ったけどそれ以来はコロナで練習参加もできない状況だったので、どこも行っていなくて、なかなか見に来てくれてはいるけどオファーはもらってないという感じでした。大学に行くことも考えたけど、徳島の方が練習と試合を見に来てくれて、“拾ってもらった”というのに近い感じでした」
徳島に加入した後もJ1昇格年だったためポジション争いは厳しく、公式戦出場はゼロ。翌22年もルヴァン杯で待望のプロデビューを果たすも、J2リーグ戦では出場機会を得ることができず、後半戦から福島ユナイテッドFCに武者修行に出ることを決断した。
今でこそJユース出身の有望選手もJ3への期限付き移籍を選び、飛躍につなげるケースが増えてきているものの、当時の若手にとっては重い決断。しかし、その選択がキャリアを大きく動かした。福島では当時の本職だったボランチだけでなく、CBやWBでの起用が広がった結果、3年目となった24年後半戦からCBの先発に定着。昨季は期限付き移籍先の栃木SCで初めてシーズン通して主力を担い、J1からのオファーを勝ち取った。
「(徳島での)1年目はJ1でメンバーもすごく豪華なメンバーだったし、そこでなかなかポジションを掴めずに思い描いていたものとは少し違ったけど、試合に出るために自分でレンタルに出ていって、ここで出られなかったら終わりだなと思いながらやっていました。今こうしてJ1で出られているというのは周りの方も含めていろんな人に支えてもらったおかげですし、運もありながら試合に出続けることで成長できたかなと思います」
J3でもがいてきた経験はJ1の舞台でも活きている。岡山でキャンプを過ごし、ここまでJ1百年構想リーグ2試合にフル出場した大森だが、ピッチ上でギャップを感じている様子はない。大森自身も「J1は一つずつがうまいし、ミスも少ないと思うけど、“J1との差”というのはそんなに感じなかった。J3・J2の選手よりはもちろん上手いし、強いし、速いけど、そこまで大きな差を感じてはいない」と言い切る。
このようなパフォーマンスが続くのであれば、日本代表や欧州挑戦という次のステージも見えてくるはず。実際、岡山移籍時には強化部から期待を込めたメッセージを受け取ったという。
「新体制(イベント)の時も岡山から海外に行ってほしい、ギラギラした若手を獲ってきたと言っていたし、自分が獲得してもらう面談の時も『海外を見据えて、ここで留まらないで上に行くのはウェルカムだから』というふうにおっしゃっていただいた。自分もまずはJ1でしっかり試合に出る、岡山でしっかり出るというのを目標にして来たけど、より成長しながら試合に出続けていくことでその先も見えてくると思っています」
ただ、そのような華々しい未来が見えてきてもなお、地道に這い上がってきた23歳の目線がブレることはない。「まずは岡山のために試合に出続けること。それを目標にやっていきたいです」。次節・G大阪戦は待望のホーム初陣。「(加入前から)サポーターの方々がすごく来てくれると聞いていたし、熱いというのを聞いていた。引き分けでPK戦負けが2試合続いているのでオフ明けからしっかりやっていきたい」。まずはJ1での初勝利に向け、全ての力を注ぐつもりだ。
(取材・文 竹内達也)
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今季が実質J1初挑戦——。J3でキャリアを切り拓いてきた若きCBが、J1百年構想リーグWESTの優勝候補本命を相手に圧倒的なインパクトを残した。
ファジアーノ岡山に今季加入したDF大森博は、J1デビューとなった開幕節・福岡戦(▲1-1、PK5-6)に続き、第2節・広島戦にも3バックの右で先発。果敢な迎撃守備と188cmの上背を活かした空中戦で相手の攻撃を跳ね返しつつ、ボランチ出身の技術を活かしたボールポゼッションでも異彩を放っていた。
対戦相手の広島は2022年の徳島ヴォルティス時代、ルヴァン杯でプロデビューを飾った時の相手。当時はチームが0-3で敗れるなか、大森も後半39分からの出場と短いプレータイムにとどまっていたが、あれから4年、自らの力でJ1まで這い上がってきた23歳に気負いはなかった。
「あの時はボランチをやっていたし、時間も短かったので、あまり意識はしなかったですね。それを言われて気づきました」。27,179人の大観衆が集まったエディオンピースウイング広島の雰囲気には「これがJ1」と感じた一方、気持ちは冷静だったという。
「J1のチームと対戦するのはリーグ戦ではこの前は初めてでしたけど、その時も自信を持ってできたし、そんなにリスペクトしすぎず、普通に自分のプレーをしようと思って入りました」
その言葉どおり、大森は試合序盤から攻守に異質なパフォーマンスを披露した。幅広く動く相手を逃さない迎撃守備や、的確にボールを捉える空中戦のヘディングは出色の出来で、タックル成功率5/7、地上戦勝率11/14、空中戦勝率4/5という上々のスタッツを記録。前半42分のイエローカードなど惜しまれる場面もあったが、J1屈指の攻撃陣にも十分に通用することを印象付けた。
また唯一の失点となった前半45+3分の失点シーンもチームのミドルブロックが機能せず、ボールを前進させてしまうなか、大森自身はマーカーのFW鈴木章斗を前を向かせずコントロールしていた。結果的には大きく動いたFWジャーメイン良に別の選手がつききれず、大森自身も「その前のシーンで内側に入らせないようにというのと、もう少し右のパスコースを限定してうまく守れたんじゃないかなと思う」と反省点を口にしたが、その改善も試合中にできていた。
さらにボール保持でも、広島のプレスに臆することなく配球。プロ入り時はボランチが本職だったため、足もとの技術はJ1のセンターバック陣でも屈指のレベルにあり、「3バックの脇が相手のディフェンスを剥がすことで数的優位ができるし、より前に人数をかけられる」と狙うドリブルでの前進も見せた。
そんな23歳のパフォーマンスは、スタッツをもとに機械採点を行う大手データサイトでも軒並み高評価を叩き出した。『Fotmob』は8.1点をつけ、両チーム通じての最高点でプレーヤー・オブ・ザ・マッチに選出。『Sofascore』も7.9点をつけ、ゴールを決めたMF江坂任を上回るチーム最高点を記録していた。
華々しいJ1デビューの裏には、長い下積みがあった。大森は2021年春に高校を卒業したが、当時はコロナ禍。T2リーグ(東京都2部)で戦っていた修徳高高時代はケガに泣いた時期も長く、プロ入りを志望しながらもオファーがないどころか、練習参加の機会さえ得られないという苦しい経験を乗り越えてきた。
「(コロナ禍前の)高校2年の時にセレッソさんに行ったけどそれ以来はコロナで練習参加もできない状況だったので、どこも行っていなくて、なかなか見に来てくれてはいるけどオファーはもらってないという感じでした。大学に行くことも考えたけど、徳島の方が練習と試合を見に来てくれて、“拾ってもらった”というのに近い感じでした」
徳島に加入した後もJ1昇格年だったためポジション争いは厳しく、公式戦出場はゼロ。翌22年もルヴァン杯で待望のプロデビューを果たすも、J2リーグ戦では出場機会を得ることができず、後半戦から福島ユナイテッドFCに武者修行に出ることを決断した。
今でこそJユース出身の有望選手もJ3への期限付き移籍を選び、飛躍につなげるケースが増えてきているものの、当時の若手にとっては重い決断。しかし、その選択がキャリアを大きく動かした。福島では当時の本職だったボランチだけでなく、CBやWBでの起用が広がった結果、3年目となった24年後半戦からCBの先発に定着。昨季は期限付き移籍先の栃木SCで初めてシーズン通して主力を担い、J1からのオファーを勝ち取った。
「(徳島での)1年目はJ1でメンバーもすごく豪華なメンバーだったし、そこでなかなかポジションを掴めずに思い描いていたものとは少し違ったけど、試合に出るために自分でレンタルに出ていって、ここで出られなかったら終わりだなと思いながらやっていました。今こうしてJ1で出られているというのは周りの方も含めていろんな人に支えてもらったおかげですし、運もありながら試合に出続けることで成長できたかなと思います」
J3でもがいてきた経験はJ1の舞台でも活きている。岡山でキャンプを過ごし、ここまでJ1百年構想リーグ2試合にフル出場した大森だが、ピッチ上でギャップを感じている様子はない。大森自身も「J1は一つずつがうまいし、ミスも少ないと思うけど、“J1との差”というのはそんなに感じなかった。J3・J2の選手よりはもちろん上手いし、強いし、速いけど、そこまで大きな差を感じてはいない」と言い切る。
このようなパフォーマンスが続くのであれば、日本代表や欧州挑戦という次のステージも見えてくるはず。実際、岡山移籍時には強化部から期待を込めたメッセージを受け取ったという。
「新体制(イベント)の時も岡山から海外に行ってほしい、ギラギラした若手を獲ってきたと言っていたし、自分が獲得してもらう面談の時も『海外を見据えて、ここで留まらないで上に行くのはウェルカムだから』というふうにおっしゃっていただいた。自分もまずはJ1でしっかり試合に出る、岡山でしっかり出るというのを目標にして来たけど、より成長しながら試合に出続けていくことでその先も見えてくると思っています」
ただ、そのような華々しい未来が見えてきてもなお、地道に這い上がってきた23歳の目線がブレることはない。「まずは岡山のために試合に出続けること。それを目標にやっていきたいです」。次節・G大阪戦は待望のホーム初陣。「(加入前から)サポーターの方々がすごく来てくれると聞いていたし、熱いというのを聞いていた。引き分けでPK戦負けが2試合続いているのでオフ明けからしっかりやっていきたい」。まずはJ1での初勝利に向け、全ての力を注ぐつもりだ。
(取材・文 竹内達也)
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