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2か月のメンバー外期間で劇的な変化…中央大で成長遂げたFW持山匡佑、川崎F入りの決断は「迷うことはなかった」

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FW持山匡佑(4年=静岡学園高)

 もともと好きだったという川崎フロンターレからのオファーを掴み取り、今季はJ1デビューも果たした。中央大のFW持山匡佑(4年=静岡学園高)が9日の進路報告会見後に取材に応じ、「フロンターレでタイトルを獲得したいし、キャリアとしては日本代表に入ってワールドカップで優勝したい」とプロ生活のスタートに向けて意気込んだ。

 持山によれば時期ははっきり覚えていないものの、小学生もしくは中学生の頃から川崎Fが好きだったという。川崎Fは2017年と18年、20年と21年にそれぞれJ1を連覇。中央大のOBでもある中村憲剛氏やMF旗手怜央、MF三笘薫といったメンバーで築いた黄金期は特に「サッカーが面白かった。学びが多かったので見ていた」と心を惹かれたようだ。高校までを静岡県で過ごしていた関係で等々力に観に行くことはなかったというが、東京都に構える中央大に進学してからはホーム戦に足を運ぶこともあった。

 そうしたクラブから届いたオファーに「迷うことはなかった」と持山。「ずっとフロンターレに行きたかった」との希望通り、プロキャリアを川崎Fで歩み始めることになった。

 8月23日のアウェー・名古屋グランパス戦(○4-3)では後半45+3分からの出場とプレータイムは短かったものの、J1デビューを飾った。4万人を超える大観衆となった一戦は「スタジアムが大きくて応援も凄かった。試合に出るときよりもウォーミングアップでグラウンドに入ったときに一番鳥肌が立った」。3-3の状況で投入された際はプレーに集中できていたといい、チームは持山の出場直後にMF伊藤達哉が勝ち越し点を決めて劇的勝利。「緊迫した状況で出させてもらったことは僕自身として良い経験になった。もう一度あそこに立ちたいと思ったし自分の中で意識が変わった」と刺激を受けた。

「意識が変わった」点では、昨年6月1日の明治大戦からしばらくの間公式戦のピッチから離れたことも自ら認める大きなターニングポイントだった。持山は首位チームとの一戦でベンチからの指示に反抗的な態度を取り、前半24分に交代を命じられてからも感情を爆発。そのような振る舞いはお咎めなしとはならず、以降は8月3日の試合までメンバーから外れた。

 だが、持山はその期間で先輩の姿に学びながら自身を見つめ直し、チームのために戦う意識を強めることで献身性が大きく向上。利己的とも指摘されていたピッチでの振る舞いは一変し、懸命にプレスをかける姿も印象的な労を惜しまないアタッカーになった。

「先輩に(同じく静岡学園高出身の)FW加納大くん(現長野)がいて、人としても良いし試合中に走る部分や戦う部分をすごくプレーで示していた。MF家坂葉光くん(現岡山)くんもそうで、良いお手本の2人が一個上にいたのは大きかったのかなと。何が大きく変わったかはわからないけれど、チームに対する思いや『やらなきゃまずい』というのが大きくなったのかなと感じますね」

 加納樹里部長もこの日の会見で「(持山が)下級生のときの試合中の姿や表情を見て、正直『こいつ本当にセルフィッシュだな』と思った。だけど上級生になって本当に変わったなというのをピッチ内外で感じることができた。若いみなさんはこれだけ変われるのだなと感激した覚えがある」と触れるほどの劇的な成長。持山も中央大で過ごした4年間について「まず第一として人としてのあり方が変わった」と述べ、チームから信頼を失いかけた出来事が個人の評価を高める成長につながった。

 また、持山は最前線から1列下での出場が中心になったことで、ボールの受け方や攻撃の組み立てといった面も成長したことを挙げる。そうした日々を経て突入するプロキャリアでは「結果で示すことが一番わかりやすいと思う」と数字にこだわる姿勢を示しつつ、献身的な働きでもチームに貢献していく構え。開幕スタメンを第一目標に掲げながら今後も研鑽を重ねていく。

(取材・文 加藤直岐)

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加藤直岐
Text by 加藤直岐

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