[MOM5105]FC東京U-18DF諏訪啓太(3年)_「サッカーができることのありがたみ」を実感している左SBが「過去イチ高い」「オレの形」で叩き込んだラストプレーでの決勝点!
[高校サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ]
[5.31 日本クラブユース選手権関東予選2回戦 FC東京U-18 1-0 千葉U-18 東京ガス武蔵野苑多目的グランド]
土壇場で獲得したコーナーキック。これを仕留めなければ、PK戦が待っている。勝ちたい。このみんなと。全国に行きたい。このみんなと一緒に。ボールが上がってきた。来る。自分のところに来る。頭に当てる。その瞬間、確信した。今日の主役はオレだ!
「こういうゴールをチームのために決められて、全国出場も決められたことの喜びは大きかったですし、試合が終わってから、この1点の大切さが自分の身にのしかかってきて、『重い1点を決められたんだな』と実感しました」。
後半アディショナルタイムのラストプレーで、奇跡的なゴールを叩き出したFC東京U-18(東京)の勤勉な左サイドバック。DF諏訪啓太(3年=FC東京U-15むさし出身)が積み重ねてきた努力の結晶が、最高の形で苦境のチームを鮮やかに救ってみせた。
ジリジリするような展開が続いていた。第49回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会関東予選2回戦。ホームにジェフユナイテッド千葉U-18(千葉)を迎えた一戦は、相手のアグレッシブな戦い方を前に、なかなかFC東京U-18もチャンスを作り切れない。
後半に入って少しずつ攻撃の形も出てきたものの、いくつかあった決定機は生かせず、試合はスコアレスのままで推移。気づけば時間は3分が掲示されたアディショナルタイムへ。大会規定により延長戦は行われないため、PK戦濃厚という雰囲気がピッチに漂い始める。
後半45+4分。ホームチームは右サイドでCKを獲得する。キッカーはレフティのMF菅原悠太(3年)。良いボールが入ってくるのはわかっている。諏訪の脳裏に、この試合のあるシーンがよみがえってくる。「前半に1本同じような形でコーナーがあって、ちょっと入り過ぎちゃって、うまく当てられなかったシーンがあったんですけど、その反省を生かそうと思っていました」。
狙いはとにかくはっきりしていた。「ちょっとゆっくりめに、ボールに完全に合わせに行く形で入ったら、ジャンプも結構自分の中で“過去イチ高い”ぐらいで飛んだんですけど(笑)、自分でも『高いな』と思いながらヘディングしました」。ジャンプも完璧。インパクトも完璧。頭で叩いたボールが、ゴールネットへと吸い込まれていく。
そこから後のことは、正直よく覚えていない。「最初に自分がガッツポーズしたところまでは覚えているんですけど、そこからはもうもみくちゃにされちゃって、自分の周りに誰がいるのかもわからなくなりましたね」。笑顔。狂喜。絶叫。タイムアップの笛が聞こえると、それはさらに増幅される。もう、メチャメチャ嬉しかった。


実は諏訪の中では、あるシーンがフラッシュバックしていたという。「もう頭に当たった瞬間に『来たな』というのはあったんですけど、中学3年生の時のクラブユースでも同じような形があって、『あ、あの時と同じだ』という感覚があったので、ちょっとだけ『オレの形だ』と感じました(笑)」。再び飛び出した『オレの形』が、最高の結果を連れてきたというわけだ。
試合が終わり、サポーターのところに向かうと、もちろん勝利の儀式の「シャー」に指名されたのだが、その横にはチームを支える京増雅仁コーチの姿もあった。その理由は諏訪本人に語ってもらおう。
「京増さんがいつも攻撃のセットプレーの形を作ってくれていて、プレミアではレッズ戦で僕と鈴木楓で2点獲れたんですけど、そこからなかなか獲れない中で、今日は京増さんが教えてくれた形そのままで獲れたので、京増さんのおかげですし、昨日練習の終わりに京増さんをイジる流れがあったので(笑)、『やっぱやるしかないな』と2人でやりました」。
ブザービーターの主役と、それを陰で演出したコーチが、笑顔でサポーターの声援に応える。そんな一幕にもこの勝利の意味と、チームが纏う空気感が透けて見えた気がした。


2024年は諏訪にとって、試練のシーズンとなった。もともと脱臼癖があった中で、7月の遠征中に「完全に行ってしまった」ことで、手術へ踏み切ることに。そこから半年近くの戦線離脱を強いられる。
「今までもここまでの長期離脱はなかった中で、半年間もサッカーから離れるのは結構苦しかったんですけど、逆にまだ3年生になっていない時期だったのは良かったのかなと思います」。必死に気持ちを立て直し、トレーナーの方から指摘された左右のバランスの悪さを改善するために、地道なトレーニングを繰り返す。
さらに大きな出来事は、マインドの変化に成功したことだったという。「リハビリの時に音楽を流す担当が1人いるんですけど、最初はそれを頑なに断っていたんです(笑)。自分の趣味をさらすって、ちょっと嫌じゃないですか。でも、もう周りから言われ過ぎて『仕方ないか』と徐々にやるようになってから、自分の素を出せるようになったのかなとは思います」。


2月に練習を再開し、3月中旬のイギョラ杯で実戦復帰。プレミアでも開幕戦こそ出場機会がなかったが、少しずつ途中出場でアピールを重ねると、初スタメンとなった第5節の浦和レッズユース戦で初ゴールも記録し、以降はスタメンを確保。「去年まで自分が感じていなかったプレミアリーグの雰囲気には慣れてきて、徐々に自分のプレーを出せるようになってきたかなと思います」と自信を掴み始めている。
ようやくフルパワーでボールを蹴ることのできる日常を取り戻し、継続的に公式戦のピッチに立つ機会を与えられているからこそ、考える。自分がサッカーをする意味を。このチームで戦うことの価値を。
「このチームでできる時間ももう少ない中で、プレミアリーグのファイナル優勝だったり、クラブユースの優勝だったり、掲げているものはいろいろあるんですけど、元気にサッカーができることのありがたみは、苦しいほどに味わったので、みんなとプレーできる時間を1つ1つ大切にして、勝ちを持ってこれる選手になりたいと思っています」。
青赤のユニフォームに袖を通し、チームメイトを代表して試合に出るからには、やらなきゃいけないことがある。今を生きる。楽しく、力強く、全力で。FC東京U-18が誇る必殺仕事人。諏訪啓太はいつだって自らの役割を、100パーセントの真摯さでこなし切る。


(取材・文 土屋雅史)
[5.31 日本クラブユース選手権関東予選2回戦 FC東京U-18 1-0 千葉U-18 東京ガス武蔵野苑多目的グランド]
土壇場で獲得したコーナーキック。これを仕留めなければ、PK戦が待っている。勝ちたい。このみんなと。全国に行きたい。このみんなと一緒に。ボールが上がってきた。来る。自分のところに来る。頭に当てる。その瞬間、確信した。今日の主役はオレだ!
「こういうゴールをチームのために決められて、全国出場も決められたことの喜びは大きかったですし、試合が終わってから、この1点の大切さが自分の身にのしかかってきて、『重い1点を決められたんだな』と実感しました」。
後半アディショナルタイムのラストプレーで、奇跡的なゴールを叩き出したFC東京U-18(東京)の勤勉な左サイドバック。DF諏訪啓太(3年=FC東京U-15むさし出身)が積み重ねてきた努力の結晶が、最高の形で苦境のチームを鮮やかに救ってみせた。
ジリジリするような展開が続いていた。第49回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会関東予選2回戦。ホームにジェフユナイテッド千葉U-18(千葉)を迎えた一戦は、相手のアグレッシブな戦い方を前に、なかなかFC東京U-18もチャンスを作り切れない。
後半に入って少しずつ攻撃の形も出てきたものの、いくつかあった決定機は生かせず、試合はスコアレスのままで推移。気づけば時間は3分が掲示されたアディショナルタイムへ。大会規定により延長戦は行われないため、PK戦濃厚という雰囲気がピッチに漂い始める。
後半45+4分。ホームチームは右サイドでCKを獲得する。キッカーはレフティのMF菅原悠太(3年)。良いボールが入ってくるのはわかっている。諏訪の脳裏に、この試合のあるシーンがよみがえってくる。「前半に1本同じような形でコーナーがあって、ちょっと入り過ぎちゃって、うまく当てられなかったシーンがあったんですけど、その反省を生かそうと思っていました」。
狙いはとにかくはっきりしていた。「ちょっとゆっくりめに、ボールに完全に合わせに行く形で入ったら、ジャンプも結構自分の中で“過去イチ高い”ぐらいで飛んだんですけど(笑)、自分でも『高いな』と思いながらヘディングしました」。ジャンプも完璧。インパクトも完璧。頭で叩いたボールが、ゴールネットへと吸い込まれていく。
そこから後のことは、正直よく覚えていない。「最初に自分がガッツポーズしたところまでは覚えているんですけど、そこからはもうもみくちゃにされちゃって、自分の周りに誰がいるのかもわからなくなりましたね」。笑顔。狂喜。絶叫。タイムアップの笛が聞こえると、それはさらに増幅される。もう、メチャメチャ嬉しかった。


実は諏訪の中では、あるシーンがフラッシュバックしていたという。「もう頭に当たった瞬間に『来たな』というのはあったんですけど、中学3年生の時のクラブユースでも同じような形があって、『あ、あの時と同じだ』という感覚があったので、ちょっとだけ『オレの形だ』と感じました(笑)」。再び飛び出した『オレの形』が、最高の結果を連れてきたというわけだ。
試合が終わり、サポーターのところに向かうと、もちろん勝利の儀式の「シャー」に指名されたのだが、その横にはチームを支える京増雅仁コーチの姿もあった。その理由は諏訪本人に語ってもらおう。
「京増さんがいつも攻撃のセットプレーの形を作ってくれていて、プレミアではレッズ戦で僕と鈴木楓で2点獲れたんですけど、そこからなかなか獲れない中で、今日は京増さんが教えてくれた形そのままで獲れたので、京増さんのおかげですし、昨日練習の終わりに京増さんをイジる流れがあったので(笑)、『やっぱやるしかないな』と2人でやりました」。
ブザービーターの主役と、それを陰で演出したコーチが、笑顔でサポーターの声援に応える。そんな一幕にもこの勝利の意味と、チームが纏う空気感が透けて見えた気がした。


2024年は諏訪にとって、試練のシーズンとなった。もともと脱臼癖があった中で、7月の遠征中に「完全に行ってしまった」ことで、手術へ踏み切ることに。そこから半年近くの戦線離脱を強いられる。
「今までもここまでの長期離脱はなかった中で、半年間もサッカーから離れるのは結構苦しかったんですけど、逆にまだ3年生になっていない時期だったのは良かったのかなと思います」。必死に気持ちを立て直し、トレーナーの方から指摘された左右のバランスの悪さを改善するために、地道なトレーニングを繰り返す。
さらに大きな出来事は、マインドの変化に成功したことだったという。「リハビリの時に音楽を流す担当が1人いるんですけど、最初はそれを頑なに断っていたんです(笑)。自分の趣味をさらすって、ちょっと嫌じゃないですか。でも、もう周りから言われ過ぎて『仕方ないか』と徐々にやるようになってから、自分の素を出せるようになったのかなとは思います」。


2月に練習を再開し、3月中旬のイギョラ杯で実戦復帰。プレミアでも開幕戦こそ出場機会がなかったが、少しずつ途中出場でアピールを重ねると、初スタメンとなった第5節の浦和レッズユース戦で初ゴールも記録し、以降はスタメンを確保。「去年まで自分が感じていなかったプレミアリーグの雰囲気には慣れてきて、徐々に自分のプレーを出せるようになってきたかなと思います」と自信を掴み始めている。
ようやくフルパワーでボールを蹴ることのできる日常を取り戻し、継続的に公式戦のピッチに立つ機会を与えられているからこそ、考える。自分がサッカーをする意味を。このチームで戦うことの価値を。
「このチームでできる時間ももう少ない中で、プレミアリーグのファイナル優勝だったり、クラブユースの優勝だったり、掲げているものはいろいろあるんですけど、元気にサッカーができることのありがたみは、苦しいほどに味わったので、みんなとプレーできる時間を1つ1つ大切にして、勝ちを持ってこれる選手になりたいと思っています」。
青赤のユニフォームに袖を通し、チームメイトを代表して試合に出るからには、やらなきゃいけないことがある。今を生きる。楽しく、力強く、全力で。FC東京U-18が誇る必殺仕事人。諏訪啓太はいつだって自らの役割を、100パーセントの真摯さでこなし切る。


(取材・文 土屋雅史)



