大宮FW津久井匠海、POで対戦したJ1昇格の千葉へ完全移籍「少し僕の話をさせてください」
FW
ジェフユナイテッド千葉は5日、RB大宮アルディージャからFW津久井匠海(23)が完全移籍加入することを発表した。
津久井は横浜F・マリノスユースからトップチームへ昇格するもJFLへの期限付き移籍を経験し、J3のアスルクラロ沼津でのプレーを経て昨年にJ2の水戸ホーリーホックへ加入。6月に昇格争いのライバルだった大宮へ移籍したが、昇格プレーオフ準決勝で千葉に3-4で敗れて昇格を逃していた。昨季は水戸で18試合2得点、大宮で19試合4得点を記録した。
千葉を通じて「プレーオフ準決勝の悔しさは、今でも忘れません。しかし、あの大声援が味方になると思うととても心強いです!この偉大なクラブに加入できたことを、誇りに思います。自分の力を全力でチームに注ぎ、チームを勝たせられる選手になります!応援のほど、よろしくお願いします!」とコメントしている。
また、大宮を通じて以下のように伝えている。
「ファン・サポーターの皆さま、パートナーの皆さま、今シーズン、たくさんの応援をしていただきありがとうございました。このたび、ジェフユナイテッド市原・千葉に移籍することを決断しました」
「6月に加入してNACK5スタジアム大宮のピッチに立ったとき、あの大声援に圧倒されて心が震えたことを今でも鮮明に覚えています。また、途中加入の僕にチャントを作ってくれて、本当にうれしかったです。あのチャントが歌われるたびに、力が沸いてきました」
「少し僕の話をさせてください。横浜F・マリノスユースからトップに昇格したとき、ここから自分のサッカー人生は始まるんだと思っていました。しかし、高卒1・2年目でJFLのラインメール青森に移籍し、そこでも試合に出ることができなかったときは、思い描いていた理想とのギャップに苦しみとても辛かったことを覚えています。自分のサッカー人生は何も成し遂げられず、このまま20歳で引退するしかないだろうなと考えていました。子どものころからの夢であったプロサッカー選手を辞めなければいけないという現実が、本当に怖かったです」
「しかし、試合に出れていなかった自分をアスルクラロ沼津が拾ってくれたあの日から、僕のサッカー人生はもう一度スタートしました。同期や後輩がJ1や海外で活躍してる姿を見て、もう一度そこへ行きたいと強く思えるようになりました。みんなより出遅れたぶん、失うものなんてない。どんどんチャレンジしようと。その気持ちが今もずっと僕の中に残っています。大宮に残り共に戦うこととすごく悩みましたが、短いサッカー人生において、ここでチャレンジしなかったら自分ではないと思い、最後は自分の気持ちを信じました」
「大宮で過ごした日々は、どれもすばらしい思い出で、宝物です。多くの人に支えられて、僕たちはサッカーができています。本当に感謝しています。半年という短い間でしたが、この街が大好きになりました! ありがとうございました!」
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津久井は横浜F・マリノスユースからトップチームへ昇格するもJFLへの期限付き移籍を経験し、J3のアスルクラロ沼津でのプレーを経て昨年にJ2の水戸ホーリーホックへ加入。6月に昇格争いのライバルだった大宮へ移籍したが、昇格プレーオフ準決勝で千葉に3-4で敗れて昇格を逃していた。昨季は水戸で18試合2得点、大宮で19試合4得点を記録した。
千葉を通じて「プレーオフ準決勝の悔しさは、今でも忘れません。しかし、あの大声援が味方になると思うととても心強いです!この偉大なクラブに加入できたことを、誇りに思います。自分の力を全力でチームに注ぎ、チームを勝たせられる選手になります!応援のほど、よろしくお願いします!」とコメントしている。
また、大宮を通じて以下のように伝えている。
「ファン・サポーターの皆さま、パートナーの皆さま、今シーズン、たくさんの応援をしていただきありがとうございました。このたび、ジェフユナイテッド市原・千葉に移籍することを決断しました」
「6月に加入してNACK5スタジアム大宮のピッチに立ったとき、あの大声援に圧倒されて心が震えたことを今でも鮮明に覚えています。また、途中加入の僕にチャントを作ってくれて、本当にうれしかったです。あのチャントが歌われるたびに、力が沸いてきました」
「少し僕の話をさせてください。横浜F・マリノスユースからトップに昇格したとき、ここから自分のサッカー人生は始まるんだと思っていました。しかし、高卒1・2年目でJFLのラインメール青森に移籍し、そこでも試合に出ることができなかったときは、思い描いていた理想とのギャップに苦しみとても辛かったことを覚えています。自分のサッカー人生は何も成し遂げられず、このまま20歳で引退するしかないだろうなと考えていました。子どものころからの夢であったプロサッカー選手を辞めなければいけないという現実が、本当に怖かったです」
「しかし、試合に出れていなかった自分をアスルクラロ沼津が拾ってくれたあの日から、僕のサッカー人生はもう一度スタートしました。同期や後輩がJ1や海外で活躍してる姿を見て、もう一度そこへ行きたいと強く思えるようになりました。みんなより出遅れたぶん、失うものなんてない。どんどんチャレンジしようと。その気持ちが今もずっと僕の中に残っています。大宮に残り共に戦うこととすごく悩みましたが、短いサッカー人生において、ここでチャレンジしなかったら自分ではないと思い、最後は自分の気持ちを信じました」
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