J1で実現した16歳差の“GK西川”初対決「小さい頃から憧れでした」「大分に入った時から気にかけていた」
[3.7 J1百年構想EAST第5節 浦和 2-0 水戸 埼玉]
かたや日本代表でワールドカップの舞台を経験した39歳のレジェンド守護神、かたや小さい頃からその背中を追いかけ続けてきた気鋭の23歳——。同じゴールキーパーという職を選び、専門的なスキルを攻守に突き詰めてきた「2人の西川」がこの日、Jリーグのトップカテゴリで念願の初対決を果たした。
J1百年構想リーグ第5節・浦和対水戸戦の試合前、埼玉スタジアム2002の北側ゴール前で浦和レッズGK西川周作が普段どおりのウォーミングアップを行うなか、約100m離れた南側ゴール前では水戸ホーリーホックGK西川幸之介が普段の試合とは異なる感情で試合を迎えようとしていた。
「小さい頃から憧れでしたし、遠い存在だった選手と同じピッチに立てたというのがすごく嬉しかったし、すごく楽しみでした。変に意識しないようにというのは少なからず思っていましたけど、アップの時には僕自身、久しぶりに緊張しているなと。何か変に意識しているんだなというのを肌で感じました」(西川幸之介)
2002年生まれの西川幸之介がGKを始めたのは、名古屋グランパスの育成組織でプレーしていた小学生の頃。当時すでに日本トップクラスのGKとしての評価を確立し、日本代表にも選出されていた同姓のGKに憧れを持つのは自然な流れだった。そしてその憧れは、年を重ねるごとに「目標」となっていった。
2人に共通するのはGKとしては大柄ではなく、シュートストップに留まらない強みを磨いてきた個性だ。幸之介は藤枝東高時代、周作もストロングポイントとするキックを猛特訓し、ビルドアップに関わる現在のプレースタイルを確立。そして高校卒業後は練習参加を経て、奇しくも憧れの存在と同じ大分トリニータでプロ生活をスタートしていた。そこで出会ったのは、かつて周作が大分U-18時代に師事した吉坂圭介コーチ。“大分の西川”として偉大な存在に重ねられながら下積みを重ねてきた経験を持つ。
大分ではプロ3年目の23年にJリーグデビューを果たし、J2リーグ戦34試合に出場したが、一時出場機会を失っていた幸之介。だが、昨季の水戸移籍がキャリアの転換点となった。シーズン途中に定位置を奪取し、J2リーグ戦30試合出場でJ1初昇格に貢献し、プロ6年目で初めてJ1のカテゴリに辿り着いたのだ。
そうして実現した、憧れの存在との初対決。試合前は感慨も抱きながら準備を進めていた幸之介だったが、試合が始まってからは「変に意識はしていなかったし、試合に集中できていた」。実際、自慢のキックやビルドアップは強風下でも積極性を失わず、周作をも上回るようなインパクトを放っていた。
それでも結果は2失点。「前半の自分たちの時間帯じゃないところで失点してしまって、ああいうところでもう一つチームを引き締めて、試合の流れを引き寄せられればもっと違う流れになったと思う」。チームとしての力の差もあったが、守備の責任を負うGKというポジション。幸之介は前半12分にFW渡邊新太のミドルシュートが周作のスーパーセーブに阻まれた場面を例に挙げつつ、現時点での力の差を受け止めた。
「前半の新太くんのシュートのセーブも自分たちがめちゃくちゃ攻めていたわけではなく、どちらかというと浦和のペースで急を突かれたようなシュートシーンでしたけど、あれだけ冷静に弾き出しているのを見て本当にすごいなと思いました。今後プロを続けていく上でも絶対に比較される部分も出てくると思うので、そういう意味で僕は絶対に追い越したいし、目標にしている選手なので貴重な体験だったし、まだまだ自分は物足りないなというのを実感しました」(西川幸之介)
実はこの対戦を心待ちにしていたのは幸之介だけではなかった。この日がJリーグ通算665試合目となった周作のほうも、若くしてJ1クラブのゴールを任されている後輩のパフォーマンスに意識を向けていたようだ。
「素晴らしい堂々としたプレーをこの埼スタでやっていたと思います。僕も若い時、埼スタに立った時はサポーターの圧も感じるし、逆にやってやろう精神がすごく出るけど、彼もそういう気持ちでできたと思う。90分間通して逆サイドに立つ姿、立ち振る舞いは素晴らしいものがありました」(西川周作)
周作も幸之介の大分加入が決まった2020年ごろから動向を追っていたのだという。
「大分に入った時から気にかけていましたね。吉さんにお世話になっているということを聞いて、吉さんにも西川くんのことを聞いたりもしていました。だからようやくこのJ1の舞台で対戦するというのが叶ったなと思いました。僕も西川同士の対決は初めてだったので(笑)」
試合中に浦和がPKを獲得した際には水戸サポーターから幸之介への「西川コール」が上がり、埼スタが一時騒然となる珍しい一幕も。「PKの時も西川コールが2回、3回とあって、ちょっとこっち(浦和サポーター)がざわめいていたりとか新鮮でした」。周作にとっても貴重な思い出になったようだ。
試合後にはピッチ上でユニフォーム交換を行い、周作から幸之介に「吉さんにもよろしく」「まだまだお互い頑張ろう」といった言葉がかけられた様子。その言葉は23歳の胸に大きく響いたようで、幸之介は「ずっと名前から縁は感じていたし、感慨深いものがあった試合でもあったのでプラスに変えていかないといけない。また周作さんにも僕のいい報告が入るように活躍できたら」とさらなる飛躍を誓っていた。
(取材・文 竹内達也)
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かたや日本代表でワールドカップの舞台を経験した39歳のレジェンド守護神、かたや小さい頃からその背中を追いかけ続けてきた気鋭の23歳——。同じゴールキーパーという職を選び、専門的なスキルを攻守に突き詰めてきた「2人の西川」がこの日、Jリーグのトップカテゴリで念願の初対決を果たした。
J1百年構想リーグ第5節・浦和対水戸戦の試合前、埼玉スタジアム2002の北側ゴール前で浦和レッズGK西川周作が普段どおりのウォーミングアップを行うなか、約100m離れた南側ゴール前では水戸ホーリーホックGK西川幸之介が普段の試合とは異なる感情で試合を迎えようとしていた。
「小さい頃から憧れでしたし、遠い存在だった選手と同じピッチに立てたというのがすごく嬉しかったし、すごく楽しみでした。変に意識しないようにというのは少なからず思っていましたけど、アップの時には僕自身、久しぶりに緊張しているなと。何か変に意識しているんだなというのを肌で感じました」(西川幸之介)
2002年生まれの西川幸之介がGKを始めたのは、名古屋グランパスの育成組織でプレーしていた小学生の頃。当時すでに日本トップクラスのGKとしての評価を確立し、日本代表にも選出されていた同姓のGKに憧れを持つのは自然な流れだった。そしてその憧れは、年を重ねるごとに「目標」となっていった。
2人に共通するのはGKとしては大柄ではなく、シュートストップに留まらない強みを磨いてきた個性だ。幸之介は藤枝東高時代、周作もストロングポイントとするキックを猛特訓し、ビルドアップに関わる現在のプレースタイルを確立。そして高校卒業後は練習参加を経て、奇しくも憧れの存在と同じ大分トリニータでプロ生活をスタートしていた。そこで出会ったのは、かつて周作が大分U-18時代に師事した吉坂圭介コーチ。“大分の西川”として偉大な存在に重ねられながら下積みを重ねてきた経験を持つ。
大分ではプロ3年目の23年にJリーグデビューを果たし、J2リーグ戦34試合に出場したが、一時出場機会を失っていた幸之介。だが、昨季の水戸移籍がキャリアの転換点となった。シーズン途中に定位置を奪取し、J2リーグ戦30試合出場でJ1初昇格に貢献し、プロ6年目で初めてJ1のカテゴリに辿り着いたのだ。
そうして実現した、憧れの存在との初対決。試合前は感慨も抱きながら準備を進めていた幸之介だったが、試合が始まってからは「変に意識はしていなかったし、試合に集中できていた」。実際、自慢のキックやビルドアップは強風下でも積極性を失わず、周作をも上回るようなインパクトを放っていた。
それでも結果は2失点。「前半の自分たちの時間帯じゃないところで失点してしまって、ああいうところでもう一つチームを引き締めて、試合の流れを引き寄せられればもっと違う流れになったと思う」。チームとしての力の差もあったが、守備の責任を負うGKというポジション。幸之介は前半12分にFW渡邊新太のミドルシュートが周作のスーパーセーブに阻まれた場面を例に挙げつつ、現時点での力の差を受け止めた。
「前半の新太くんのシュートのセーブも自分たちがめちゃくちゃ攻めていたわけではなく、どちらかというと浦和のペースで急を突かれたようなシュートシーンでしたけど、あれだけ冷静に弾き出しているのを見て本当にすごいなと思いました。今後プロを続けていく上でも絶対に比較される部分も出てくると思うので、そういう意味で僕は絶対に追い越したいし、目標にしている選手なので貴重な体験だったし、まだまだ自分は物足りないなというのを実感しました」(西川幸之介)
実はこの対戦を心待ちにしていたのは幸之介だけではなかった。この日がJリーグ通算665試合目となった周作のほうも、若くしてJ1クラブのゴールを任されている後輩のパフォーマンスに意識を向けていたようだ。
「素晴らしい堂々としたプレーをこの埼スタでやっていたと思います。僕も若い時、埼スタに立った時はサポーターの圧も感じるし、逆にやってやろう精神がすごく出るけど、彼もそういう気持ちでできたと思う。90分間通して逆サイドに立つ姿、立ち振る舞いは素晴らしいものがありました」(西川周作)
周作も幸之介の大分加入が決まった2020年ごろから動向を追っていたのだという。
「大分に入った時から気にかけていましたね。吉さんにお世話になっているということを聞いて、吉さんにも西川くんのことを聞いたりもしていました。だからようやくこのJ1の舞台で対戦するというのが叶ったなと思いました。僕も西川同士の対決は初めてだったので(笑)」
試合中に浦和がPKを獲得した際には水戸サポーターから幸之介への「西川コール」が上がり、埼スタが一時騒然となる珍しい一幕も。「PKの時も西川コールが2回、3回とあって、ちょっとこっち(浦和サポーター)がざわめいていたりとか新鮮でした」。周作にとっても貴重な思い出になったようだ。
試合後にはピッチ上でユニフォーム交換を行い、周作から幸之介に「吉さんにもよろしく」「まだまだお互い頑張ろう」といった言葉がかけられた様子。その言葉は23歳の胸に大きく響いたようで、幸之介は「ずっと名前から縁は感じていたし、感慨深いものがあった試合でもあったのでプラスに変えていかないといけない。また周作さんにも僕のいい報告が入るように活躍できたら」とさらなる飛躍を誓っていた。
(取材・文 竹内達也)
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