磐田や岐阜、岡山などで活躍…36歳FW押谷祐樹が現役引退「今後サッカーに関わる仕事をするかは未定」
福井ユナイテッドFC(北信越1部)は15日、FW押谷祐樹(36)が2025シーズン限りで現役を引退することを発表した。
静岡県出身の押谷はジュビロ磐田ユースから2008年にトップチーム昇格。FC岐阜やファジアーノ岡山への期限付き移籍を経て、2014年に岡山へ完全移籍した。
その後、名古屋グランパス、徳島ヴォルティス、藤枝MYFCと渡り歩き、2023年から福井に所属。2025年は北信越フットボールリーグ1部で10試合に出場し、4ゴールを記録した。
以下、クラブ発表プロフィール&コメント
●FW押谷祐樹
(おしたに・ゆうき)
■生年月日
1989年9月23日(36歳)
■出身地
静岡県
■経歴
磐田ユース-磐田-岐阜-磐田-岡山-磐田-岡山-名古屋-徳島-藤枝-福井ユナイテッドFC
■出場歴
J1リーグ:11試合
J2リーグ:272試合67得点
J3リーグ:44試合9得点
北信越1部L:35試合16得点
天皇杯:17試合2得点
■コメント
「2025シーズンをもって引退することを決めました。
Jリーグが開幕し、子どもの頃に何度も父と共に訪れたヤマハスタジアムでの思い出が蘇ります。
特に、ゴン中山とキングカズのストライカー対決を観るために、東京ヴェルディ戦を数多く観戦しました。
晴れの日も雨の日も、試合前から始まるサポーターの応援や、試合中の選手たちの素晴らしいプレー、ハーフタイムに楽しんだカップラーメン、ゴールが決まった瞬間の歓声、そして試合終了の笛が鳴った際の盛り上がり全てが素晴らしく、自分にとって憧れの空間でした。
そんな場所でサッカーをすることを夢見ていた自分は、Jリーグで15年、現役の選手としては18年間活動を続けることができました。Jリーグでは通算300試合以上出場し、1試合1試合が大切な思い出です。
子どもの頃から憧れ続け、中学校からトップ昇格まで育てていただいたジュビロ磐田。
JリーグデビューをさせていただいたFC岐阜。岐阜の街並みが大好きで、今も毎年訪れています。
私のことを好まない方も多いかもしれませんが、最も成長し活躍できた大好きなファジアーノ岡山。
最高のスタジアムと応援の中で、時に厳しい言葉を掛けていただいたおかげでメンタルが成長できた名古屋グランパス。
辛いときに支えていただき、コロナからの復帰戦の後こっそり涙を流した徳島ヴォルティス。
もう一度、地元静岡でプレーする機会を与えてくださった藤枝MYFC。
引退するまでプレーを続けさせていただいた福井ユナイテッドFC。
これまで所属した全てのクラブに心より感謝申し上げます。
どのチームでも様々な思い出があり、チームメイトやファン・サポーターの皆様の支えがあったおかげで、ここまで続けることができました。本当にありがとうございました。
また、近くで応援し、支えてくれた両親、弟、妻、子どもたちにはこの場を借りて感謝を伝えます。
今まで本当にありがとう!これからもよろしく!
正直、最後はまたJリーグでプレーし、引退することを夢見ていました。
福井ユナイテッドFCに加入した2023シーズン、栃木シティFCも同じカテゴリーに所属していたので、同じように昇格できていたら、その夢も実現可能であると考えていました。しかし現実は甘くなく、もう一度Jリーグでプレーする夢を達成することはできませんでした。
ただ、今度は息子たちがサッカー選手になりたいと言ってくれているので、彼らがその夢を叶えてくれることを願い、応援していきたいと思っています。
今後サッカーに関わる仕事をするかは未定ですが、もしこのコメントを読んでくださったあなたにお会いすることがありましたら、是非声をかけてくれると嬉しいです!
それでは、いつかお会いしましょう!さようなら!」
●2025シーズンJリーグ特集
▶話題沸騰!『ヤーレンズの一生ボケても怒られないサッカーの話』好評配信中
静岡県出身の押谷はジュビロ磐田ユースから2008年にトップチーム昇格。FC岐阜やファジアーノ岡山への期限付き移籍を経て、2014年に岡山へ完全移籍した。
その後、名古屋グランパス、徳島ヴォルティス、藤枝MYFCと渡り歩き、2023年から福井に所属。2025年は北信越フットボールリーグ1部で10試合に出場し、4ゴールを記録した。
以下、クラブ発表プロフィール&コメント
●FW押谷祐樹
(おしたに・ゆうき)
■生年月日
1989年9月23日(36歳)
■出身地
静岡県
■経歴
磐田ユース-磐田-岐阜-磐田-岡山-磐田-岡山-名古屋-徳島-藤枝-福井ユナイテッドFC
■出場歴
J1リーグ:11試合
J2リーグ:272試合67得点
J3リーグ:44試合9得点
北信越1部L:35試合16得点
天皇杯:17試合2得点
■コメント
「2025シーズンをもって引退することを決めました。
Jリーグが開幕し、子どもの頃に何度も父と共に訪れたヤマハスタジアムでの思い出が蘇ります。
特に、ゴン中山とキングカズのストライカー対決を観るために、東京ヴェルディ戦を数多く観戦しました。
晴れの日も雨の日も、試合前から始まるサポーターの応援や、試合中の選手たちの素晴らしいプレー、ハーフタイムに楽しんだカップラーメン、ゴールが決まった瞬間の歓声、そして試合終了の笛が鳴った際の盛り上がり全てが素晴らしく、自分にとって憧れの空間でした。
そんな場所でサッカーをすることを夢見ていた自分は、Jリーグで15年、現役の選手としては18年間活動を続けることができました。Jリーグでは通算300試合以上出場し、1試合1試合が大切な思い出です。
子どもの頃から憧れ続け、中学校からトップ昇格まで育てていただいたジュビロ磐田。
JリーグデビューをさせていただいたFC岐阜。岐阜の街並みが大好きで、今も毎年訪れています。
私のことを好まない方も多いかもしれませんが、最も成長し活躍できた大好きなファジアーノ岡山。
最高のスタジアムと応援の中で、時に厳しい言葉を掛けていただいたおかげでメンタルが成長できた名古屋グランパス。
辛いときに支えていただき、コロナからの復帰戦の後こっそり涙を流した徳島ヴォルティス。
もう一度、地元静岡でプレーする機会を与えてくださった藤枝MYFC。
引退するまでプレーを続けさせていただいた福井ユナイテッドFC。
これまで所属した全てのクラブに心より感謝申し上げます。
どのチームでも様々な思い出があり、チームメイトやファン・サポーターの皆様の支えがあったおかげで、ここまで続けることができました。本当にありがとうございました。
また、近くで応援し、支えてくれた両親、弟、妻、子どもたちにはこの場を借りて感謝を伝えます。
今まで本当にありがとう!これからもよろしく!
正直、最後はまたJリーグでプレーし、引退することを夢見ていました。
福井ユナイテッドFCに加入した2023シーズン、栃木シティFCも同じカテゴリーに所属していたので、同じように昇格できていたら、その夢も実現可能であると考えていました。しかし現実は甘くなく、もう一度Jリーグでプレーする夢を達成することはできませんでした。
ただ、今度は息子たちがサッカー選手になりたいと言ってくれているので、彼らがその夢を叶えてくれることを願い、応援していきたいと思っています。
今後サッカーに関わる仕事をするかは未定ですが、もしこのコメントを読んでくださったあなたにお会いすることがありましたら、是非声をかけてくれると嬉しいです!
それでは、いつかお会いしましょう!さようなら!」
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