森保監督が前日会見で悲痛な涙…恩師らの死去明かし「サッカーを続けさせていただいたご恩は一生忘れない」
日本代表の森保一監督が17日、キリンチャレンジカップ・ボリビア戦(18日・国立)の前日記者会見に出席し、今回の活動中に長崎日大高サッカー部時代の恩師・下田規貴監督(当時)と自身の同級生が亡くなっていたことを涙ながらに明かした。
森保監督はボリビア戦でA代表の指揮100試合目を迎える。節目の一戦にも「私自身は数字にこだわってこの役割、ポストにつかせていただいているかというとそうでもない。100試合ということは日本のA代表ではやられている方はいないと思うので、ありがたいという思い」と控えめな心境を明かしたが、続けて今回の代表活動中に相次いだ関係者の訃報に関する話題を切り出すと、涙ながらに思いを語った。
「今日連絡を受けたが、サッカージャーナリストの六川亨さんが今朝、闘病の末にお亡くなりになったとお聞きした。亨さんが最後に言われた言葉が……『ガーナ戦に勝って良かったな』ということを最後に言ってくださったと聞いている。亨さんには批判的なこともたくさん頂いたが、サッカーファミリーとして日本サッカーの発展に大きく貢献していただき、感謝の思いでいっぱい。亨さんのご逝去をいたみ、ご冥福をお祈りしたい」
さらに森保監督は「この活動に入り、今の私がある大きな大きな存在だった高校の恩師である下田先生が亡くなったり、同級生が亡くなったり、多くの大切な方が亡くなって、悲しい思いをしてきた」と身近にも不幸な出来事があったことを悲痛な表情で明かし、「明日のボリビア戦も勝って、また日本のサッカーの発展と、W杯優勝に向けての挑戦を楽しみに喜んでいただければと思うし、天国におられる方々にサッカーを楽しんでいただけるようにベストを尽くしたい」と決意を語った。
森保監督にとって下田氏は「やんちゃだった」と自ら振り返る高校時代の恩師。会見では「高校時代を振り返った時、本当にダメダメ人間で、何をやっても半人前な人間だった。そこで学校生活を続けてくださって、サッカーからも離れようとした時に温かく見守ってくださって、サッカーを続けさせていただいたというご恩は一生忘れない」と思いを述べ、「繋げていただいたご恩返しとして、本人にはこれから直接できることはなかなかないが、本人も日本サッカーの発展をすごく望んでいたし、私自身が自分の立場から、自分ができる限りのことを日本サッカーの発展に尽くしていきたいと思っている」と恩返しを誓った。
さらに「また時代は違うと言えばそれまでかもしれないが、たくさんのやんちゃなことをしているなか、温かく見守ってもらったというところがある」と自身の高校時代を振り返りつつ、自身の指導方針にも言及。「私自身もこれから選手であったりいろんな方々の付き合いの中で、これまでも自分がしてきていただいたように個々の個性を尊重していくことであったり、失敗したことをもちろん指摘はしつつも、また再チャレンジするところなど、私ができる限りの自分がしていただいたことを選手たちにしてあげたいと思っている。ミスを恐れずにチャレンジできる環境を私自身、作っていただいたので、選手であったり、スタッフであったりにそういった環境づくりをしてあげたい」と話した。
(取材・文 竹内達也)
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森保監督はボリビア戦でA代表の指揮100試合目を迎える。節目の一戦にも「私自身は数字にこだわってこの役割、ポストにつかせていただいているかというとそうでもない。100試合ということは日本のA代表ではやられている方はいないと思うので、ありがたいという思い」と控えめな心境を明かしたが、続けて今回の代表活動中に相次いだ関係者の訃報に関する話題を切り出すと、涙ながらに思いを語った。
「今日連絡を受けたが、サッカージャーナリストの六川亨さんが今朝、闘病の末にお亡くなりになったとお聞きした。亨さんが最後に言われた言葉が……『ガーナ戦に勝って良かったな』ということを最後に言ってくださったと聞いている。亨さんには批判的なこともたくさん頂いたが、サッカーファミリーとして日本サッカーの発展に大きく貢献していただき、感謝の思いでいっぱい。亨さんのご逝去をいたみ、ご冥福をお祈りしたい」
さらに森保監督は「この活動に入り、今の私がある大きな大きな存在だった高校の恩師である下田先生が亡くなったり、同級生が亡くなったり、多くの大切な方が亡くなって、悲しい思いをしてきた」と身近にも不幸な出来事があったことを悲痛な表情で明かし、「明日のボリビア戦も勝って、また日本のサッカーの発展と、W杯優勝に向けての挑戦を楽しみに喜んでいただければと思うし、天国におられる方々にサッカーを楽しんでいただけるようにベストを尽くしたい」と決意を語った。
森保監督にとって下田氏は「やんちゃだった」と自ら振り返る高校時代の恩師。会見では「高校時代を振り返った時、本当にダメダメ人間で、何をやっても半人前な人間だった。そこで学校生活を続けてくださって、サッカーからも離れようとした時に温かく見守ってくださって、サッカーを続けさせていただいたというご恩は一生忘れない」と思いを述べ、「繋げていただいたご恩返しとして、本人にはこれから直接できることはなかなかないが、本人も日本サッカーの発展をすごく望んでいたし、私自身が自分の立場から、自分ができる限りのことを日本サッカーの発展に尽くしていきたいと思っている」と恩返しを誓った。
さらに「また時代は違うと言えばそれまでかもしれないが、たくさんのやんちゃなことをしているなか、温かく見守ってもらったというところがある」と自身の高校時代を振り返りつつ、自身の指導方針にも言及。「私自身もこれから選手であったりいろんな方々の付き合いの中で、これまでも自分がしてきていただいたように個々の個性を尊重していくことであったり、失敗したことをもちろん指摘はしつつも、また再チャレンジするところなど、私ができる限りの自分がしていただいたことを選手たちにしてあげたいと思っている。ミスを恐れずにチャレンジできる環境を私自身、作っていただいたので、選手であったり、スタッフであったりにそういった環境づくりをしてあげたい」と話した。
(取材・文 竹内達也)
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