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プロ入り、引退、返り咲き…「兄として誇りに思う」松村優太、宮市亮、田部井涼が語る“兄弟Jリーガー”

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 来る者あれば去る者あり。今季のJリーグは秋春制への移行が行われる歴史的なシーズンとなるが、“血の入れ替え”は例年通り行われている。

 今週末に開幕する明治安田Jリーグ百年構想リーグの開幕イベントが2日に行われたが、登壇した選手の中でひとつの共通点をみつけた。兄弟Jリーガーとして節目を迎えた選手が複数いた。

千葉に入団した松村拓実

■松村兄弟

 昨季J1王者の鹿島アントラーズを代表して登壇したMF松村優太は、実弟のFW松村拓実が拓殖大を卒業してジェフユナイテッド千葉でJリーガーとしてのキャリアをスタートさせる。

 2歳差の2人は、高校時代は同じ静岡学園高に在学。ただ優太が10番エースとして高校選手権優勝に導いた一方で、拓実は3年間でトップチームの出場はなし。大学でも3年生までトップチームで出場することはできなかった。

 それでも拓実は大学4年生となった昨季、関東大学2部リーグの戦いで得点王とアシスト王をW受賞する飛躍を遂げると、卒業後の千葉入りを決めた。奇しくも千葉が17年ぶりのJ1昇格を決めたことで、J1での兄弟対決の可能性も現実的になった。

 優太も「兄弟で(Jリーガーに)なるとは思っていなかった」と本音をポロリ。ただ「急にぐんと来たので。彼の苦労を全部分かっているわけではないけど、それは兄として誇りに思います」と弟の努力を認めている。

 また普段の会話は「肉食わせろとか、ものをくれしか言われない」と笑いを交えながら話すが、進路を決める際は自身の経験を伝えることがあったという。「でもあとは自分で決めなと。彼が決めたことなので、その決断は応援したいなと思います」。

 自身は昨年12月に左肩脱臼の手術を行ったことで現在リハビリ中。5年ほど前に練習でDF町田浩樹(現ホッフェンハイム)と接触した際に負った怪我の影響がずっと残っていたという。

 ただ特例シーズンを前にしたこのタイミングがベストだと判断してメスを入れる決断をした。治療期間は非公表としていることから「特別言えることはない」と強調しながらも、「なるべく早く戻って、なるべく早く貢献したい」と早期の復帰を視野に調整を進めていく。

 そしてJ1での兄弟マッチアップへ。優太は「僕たちがジェフさんに勝ちに行くだけだと思うけど、その過程の中で一緒にピッチに立てればいい」と意欲を十分にした。

現役引退をした宮市剛

■宮市兄弟

 横浜F・マリノスのFW宮市亮は実弟のFW宮市剛が先日、現役引退を表明した。3歳年下の弟で、同じ中京大中京高からプロ入り。14年に湘南ベルマーレでプロ生活を始めると、水戸、鳥取、M滋賀(JFL)、岩手、讃岐に在籍。J1での出場はなかったが、J2・J3通算では200試合を超える試合出場を果たした。

 弟の決断については相談を受けていたという。「いろんな苦労はあったと思いますけど、プロとして10年以上もやれたことは素晴らしいこと。兄としても誇りに思う」とすると、「相談は受けていたけど、本当に最後は彼が決めたこと。次のステージに行きたいということだった。頑張れよと。もう少しお前は頑張ってくれと言われました」と笑顔で話した。

 度重なる怪我との戦いでもある宮市亮の現役生活だが、今は昨年10月の練習中に負った脳震盪からの復帰を目指す最中にある。「こんな動作で意識が飛びそうになるのか、頭痛が起きるのか」とリハビリ中は苦悩があったことを明かすが、現在では全体練習に合流するまでに回復しているという。

 また今週末の百年構想リーグと同日に開幕するミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート競技で「りくりゅうペア」で金メダルの期待を集める木原龍一は、中京大中京高時代のクラスメイト。「あえてリュウちゃんと呼ばせてもらう」といまでも続く良好な関係性を強調すると、「昨年、プロ野球・広島の磯村(嘉孝)も引退して、青春時代を分かち合った仲なので、刺激をもらってまた頑張りたい」と力に変えていた。

Jリーグに返り咲くFW田部井悠

■田部井兄弟

 ファジアーノ岡山のMF田部井涼は双子の兄、FW田部井悠のJリーグ返り咲きについて「凄まじい」と表現した。

 前橋育英高で全国制覇、悠が早稲田大、涼が法政大と大学サッカーの名門に進むキャリアを歩んだ2人は、卒業後に悠がザスパクサツ群馬(現ザスパ群馬)、涼が横浜FCでJリーガーとしてのキャリアをスタートさせた。

 しかし岡山に移籍してJ1出場も経験した涼に対し、悠は群馬でJリーグに出場することなく2年で契約満了。翌年からはJFLのレイラック滋賀FCでキャリアを続けたが、アマチュア選手として仕事との掛け持ちもあった。

 ただそんな悠が所属する滋賀は、昨年12月14日に行ったアスルクラロ沼津とのJ3・JFL入れ替え戦を制したことで初のJリーグ参入を決定。契約を更新した悠は晴れて、Jリーグの舞台に返り咲く権利を手にした。

「どちらかというと小さいころから選抜に選ばれたり、選手権でも優秀選手に選ばれて海外に行ったりしたのは僕だった。たぶん彼の方が悔しい思いをしている。その凄まじさというか、今こうしてJリーガーになってやれるチャンスがあることについては尊敬があります」

 オフは母校の前橋育英高のグラウンドを借りて、一緒にボールを蹴りあったという。「どんな選手も上手く行かないことが多くて、僕たちはその経験をめちゃくちゃしてきたと思っている。これから先も上手くいかないことがあるだろうけど、そこの自信はお互いに持っていると思うし、それが僕らの良さなのかなと、ここ最近感じています」。選手権のスターがみせる雑草魂がここにある。

(取材・文 児玉幸洋)

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児玉幸洋
Text by 児玉幸洋

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