「今年に懸ける思いは強い」千葉MF猪狩祐真は古巣・川崎Fとの対戦に感慨…高校大学を経て、対戦相手として目指す“等々力”の地
MF
[2.15 J1百年構想EAST第2節 千葉 0-0(PK8-9) 川崎F フクアリ]
途中出場でたしかな存在感を示した。ジェフユナイテッド千葉のMF猪狩祐真は第2節・川崎フロンターレ戦で後半25分からプレー。ボランチの位置から攻撃のリズムを作った。「0-0で攻撃のアクセントをもう一段階上に、という意味で投入された。チャンスメイクするところやミドルシュートでゴールを狙うところは監督から言われていたので、ゴール向かって積極的にプレーをした」。プロ2年目MFは、直近3試合で手応えを掴み始めている。
昨シーズンのプロ初年度は怪我などに悩まされて公式戦出場はできなかった。今年1月末に行われた柏レイソルとのちばぎんカップでは後半14分から投入され、待望の実戦デビュー。百年構想リーグ開幕節・浦和レッズ戦も後半15分からの出場。そして、今節は後半25分から出場した。
もともとサイドハーフやトップ下でのプレー経験も豊富なこともあり、ボランチ起用ながら意識したことは攻撃だ。「自分みたいなタイプはジェフにはいない。間で受けてチャンスメイクできることが自分の良さでもある」(猪狩)。後半34分には自陣近くから右サイドまで長い距離をドリブルで運んだ。さらに41分には決定機を演出する。右サイド際でパスを受けると、FW呉屋大翔とのワンツーから縦に突破。最前線を走るMF米倉恒貴をめがけて大きくアーリークロスを放ち、相手GKの飛び出しに阻まれたものの、その積極性でゴールの可能性を高めていった。
柏、浦和、そして川崎Fとの3連戦でJ1リーグの強度を味わった。3試合を経て、猪狩は「自分のプレースピードをJ1に合わせていくところでは、この3試合でうまくアジャストできるようになってきている」と手応えを実感。「そのプレースピードのなかで見えるところをどんどん増やしていきたい。見えるところが増えれば、もっとチャンスメイクという点で生かしていける」と力を込めた。
対戦相手の川崎Fは、U-12からU-15までアカデミー時代を過ごした古巣でもある。今回の対戦には、猪狩にも強く感じるところはあったという。
「日程が出たときから2節目でフロンターレというのはすごくワクワクというか、もう絶対にメンバーに入って、試合に出たいという思いが強かった。ちばぎんからいいスタートが切れて、今日メンバーに入れた。すごく大切な思いがあった」
川崎FのDF神橋良汰とはアカデミー時代の同期。一学年上にはFW宮城天やMF山内日向汰(現柏)がいる。猪狩はお世話になった方々の名前として吉田勇樹コーチ、関智久トレーナーらも挙げる。「佐原(秀樹)さんに会えなかったのは心残りだけど、アウェーの等々力があるので。そこで等々力の舞台に立ちたい」。ひとつの目標を叶え、そして新たな目標も掲げていた。
試合にこそ出場していたものの、川崎F U-15からU-18には昇格できず、日大藤沢高に進学した。昇格できなかった理由には怪我などが重なったこともあったが、「メンタル面も大きかった」と猪狩は当時を思い返す。「上がれるのかなとも思っていたけど、メンタル面のところでそのときはまだ幼かった。たぶん、高校サッカーに行って揉まれたほうがいい、ということだったんだと思う」。一時は昇格保留という形だったというが、その後正式に上がれないことが確定した。
それでも「フロンターレに入れないんだ……」とショックを覚えながら、「それもいい機会だな」とうまく気持ちを切り替えられたという。「幼いころから高校サッカーも観に行っていたので、そっちのワクワクもあった。それならもう高校サッカーに身を置こうと」。日大藤沢に進学すると、憧れの中村憲剛氏と同じ背番号14を着けてプレーすることもあった。高校2年次には全国高校サッカー選手権にも出場。等々力陸上競技場で行われた3回戦・仙台育英戦(●0-0/PK8-9)では、猪狩も途中出場でピッチに立った。
「(U-15までは)本当に人間性の部分で幼かったので。試合に出れないと不貞腐れていたり。学生あるあるだとは思うけど、自分も本当にそんな感じだった。でも高校サッカーに揉まれた。日大藤沢で人間性をしっかり学ぶことができた」
高校ではコロナ禍でインターハイ中止などの憂き目にも遭い、思うようなアピールの場もなかった。高校卒業後は、自身の能力や線の細い体をさらに鍛えるべく大学に進学。同じく川崎F U-18出身の兄の進学先でもあった産業能率大に進んだ。「産能大が2部だったので。下級生から絶対にトップチームに絡んで出続けてやろうと」。2年次から台頭すると、3年次には2部リーグ得点ランク首位タイにも立った。
大学の時間すべてを成長に費やした。「上手い選手は腐るほどいる。自分みたいなタイプはもう数字にこだわり続けないと絶対にプロになれないと感じていたので。とにかく数字にこだわって、数字を残すことでただ上手いだけじゃなくて数字を取れることも証明できたと思う」。その活躍が千葉の斉藤和夫スカウトの目に留まり、猪狩はJリーガーの道に進んだ。
「自分をプロの世界に入れてくれたのはカズさんだと思っている。10年は第一線でやり続けろと言われている。プロの世界に入れてくれたカズさんに恩返しできるように、これからやっていきたい」
公式戦出場のなかった初年度の悔しさを胸に、「今年に懸ける思いはすごく強い」と猪狩の決意は固い。「いいスタートを切れたからこそメンバーに入れているけど、今は怪我人が多い。みんなが帰ってきたときにメンバーから外れるのは絶対に嫌なので。その競争に勝てるように、日々の練習や試合で結果を出すところで、一個一個にこだわりたい」。J1の舞台で研鑽を続けながら、プロキャリア2年目で本格的な躍動を始めるつもりだ。
(取材・文 石川祐介)
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途中出場でたしかな存在感を示した。ジェフユナイテッド千葉のMF猪狩祐真は第2節・川崎フロンターレ戦で後半25分からプレー。ボランチの位置から攻撃のリズムを作った。「0-0で攻撃のアクセントをもう一段階上に、という意味で投入された。チャンスメイクするところやミドルシュートでゴールを狙うところは監督から言われていたので、ゴール向かって積極的にプレーをした」。プロ2年目MFは、直近3試合で手応えを掴み始めている。
昨シーズンのプロ初年度は怪我などに悩まされて公式戦出場はできなかった。今年1月末に行われた柏レイソルとのちばぎんカップでは後半14分から投入され、待望の実戦デビュー。百年構想リーグ開幕節・浦和レッズ戦も後半15分からの出場。そして、今節は後半25分から出場した。
もともとサイドハーフやトップ下でのプレー経験も豊富なこともあり、ボランチ起用ながら意識したことは攻撃だ。「自分みたいなタイプはジェフにはいない。間で受けてチャンスメイクできることが自分の良さでもある」(猪狩)。後半34分には自陣近くから右サイドまで長い距離をドリブルで運んだ。さらに41分には決定機を演出する。右サイド際でパスを受けると、FW呉屋大翔とのワンツーから縦に突破。最前線を走るMF米倉恒貴をめがけて大きくアーリークロスを放ち、相手GKの飛び出しに阻まれたものの、その積極性でゴールの可能性を高めていった。
柏、浦和、そして川崎Fとの3連戦でJ1リーグの強度を味わった。3試合を経て、猪狩は「自分のプレースピードをJ1に合わせていくところでは、この3試合でうまくアジャストできるようになってきている」と手応えを実感。「そのプレースピードのなかで見えるところをどんどん増やしていきたい。見えるところが増えれば、もっとチャンスメイクという点で生かしていける」と力を込めた。
対戦相手の川崎Fは、U-12からU-15までアカデミー時代を過ごした古巣でもある。今回の対戦には、猪狩にも強く感じるところはあったという。
「日程が出たときから2節目でフロンターレというのはすごくワクワクというか、もう絶対にメンバーに入って、試合に出たいという思いが強かった。ちばぎんからいいスタートが切れて、今日メンバーに入れた。すごく大切な思いがあった」
川崎FのDF神橋良汰とはアカデミー時代の同期。一学年上にはFW宮城天やMF山内日向汰(現柏)がいる。猪狩はお世話になった方々の名前として吉田勇樹コーチ、関智久トレーナーらも挙げる。「佐原(秀樹)さんに会えなかったのは心残りだけど、アウェーの等々力があるので。そこで等々力の舞台に立ちたい」。ひとつの目標を叶え、そして新たな目標も掲げていた。
試合にこそ出場していたものの、川崎F U-15からU-18には昇格できず、日大藤沢高に進学した。昇格できなかった理由には怪我などが重なったこともあったが、「メンタル面も大きかった」と猪狩は当時を思い返す。「上がれるのかなとも思っていたけど、メンタル面のところでそのときはまだ幼かった。たぶん、高校サッカーに行って揉まれたほうがいい、ということだったんだと思う」。一時は昇格保留という形だったというが、その後正式に上がれないことが確定した。
それでも「フロンターレに入れないんだ……」とショックを覚えながら、「それもいい機会だな」とうまく気持ちを切り替えられたという。「幼いころから高校サッカーも観に行っていたので、そっちのワクワクもあった。それならもう高校サッカーに身を置こうと」。日大藤沢に進学すると、憧れの中村憲剛氏と同じ背番号14を着けてプレーすることもあった。高校2年次には全国高校サッカー選手権にも出場。等々力陸上競技場で行われた3回戦・仙台育英戦(●0-0/PK8-9)では、猪狩も途中出場でピッチに立った。
「(U-15までは)本当に人間性の部分で幼かったので。試合に出れないと不貞腐れていたり。学生あるあるだとは思うけど、自分も本当にそんな感じだった。でも高校サッカーに揉まれた。日大藤沢で人間性をしっかり学ぶことができた」
高校ではコロナ禍でインターハイ中止などの憂き目にも遭い、思うようなアピールの場もなかった。高校卒業後は、自身の能力や線の細い体をさらに鍛えるべく大学に進学。同じく川崎F U-18出身の兄の進学先でもあった産業能率大に進んだ。「産能大が2部だったので。下級生から絶対にトップチームに絡んで出続けてやろうと」。2年次から台頭すると、3年次には2部リーグ得点ランク首位タイにも立った。
大学の時間すべてを成長に費やした。「上手い選手は腐るほどいる。自分みたいなタイプはもう数字にこだわり続けないと絶対にプロになれないと感じていたので。とにかく数字にこだわって、数字を残すことでただ上手いだけじゃなくて数字を取れることも証明できたと思う」。その活躍が千葉の斉藤和夫スカウトの目に留まり、猪狩はJリーガーの道に進んだ。
「自分をプロの世界に入れてくれたのはカズさんだと思っている。10年は第一線でやり続けろと言われている。プロの世界に入れてくれたカズさんに恩返しできるように、これからやっていきたい」
公式戦出場のなかった初年度の悔しさを胸に、「今年に懸ける思いはすごく強い」と猪狩の決意は固い。「いいスタートを切れたからこそメンバーに入れているけど、今は怪我人が多い。みんなが帰ってきたときにメンバーから外れるのは絶対に嫌なので。その競争に勝てるように、日々の練習や試合で結果を出すところで、一個一個にこだわりたい」。J1の舞台で研鑽を続けながら、プロキャリア2年目で本格的な躍動を始めるつもりだ。
(取材・文 石川祐介)
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