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バルサ仲本の「うちなー蹴人紀行」

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「全世界が注目したチャリティーマッチ。その時沖縄では……」

 3月11日。未曾有の大震災が東日本を襲いました。被災された皆様、そしてその御家族の皆様には心からお見舞い申し上げます。

 被災地での被害状況が確認される度に大きくなっている現実。沖縄では直接的な影響は受けなかったものの、情報を知る度「今私たちに出来ること」をひとりひとりが強く自問自答しています。募金活動、救援物資、ボランティア・・・支援の輪は今もなお広がり続けています。

 去る3月27日、JFLのFC琉球と九州リーグの海邦銀行SCがチャリティーマッチを開催。同時にオークションも行われ、この日だけで32万円近い義援金が寄せられました。「好きなチーム、憧れの選手のがんばっている姿を見て僕らは勇気をもらい、気持ちも前向きになれる」。そう思うことで、いろいろな形となって被災地の方々のためにパワーを送れると信じています。避難場所への救援が一刻も早く届きますように、沖縄から祈るばかりです。

 ところで、3月29日。注目の「日本代表対Jリーグ選抜」のチャリティーマッチが行われましたね。日本のみならず、150カ国以上が生中継したという一戦。競技場で見たという方、もしくはテレビでごらんになったという方、事実上のオールスター戦を楽しみ、カズダンスで元気をもらい、多くの方々が復興を願う気持ちを共有できたことでしょう。

 しかし、ここ沖縄ではそれが出来ませんでした。なぜならば今回の試合、放送したのは日本テレビだったため、系列局の存在しない沖縄では放送されなかったのです。全世界で放映されているのに何故沖縄だけ……ある人が県内のテレビ局すべてに問い合わせ、放送できないかお願いしたと聞きました。しかし、口を揃えて「難しい」の一言。生中継も無ければ録画放送も無し。放送されないのならばもう諦める以外ありませんでした。

 そんな中、諦めの悪い男性がひとり……那覇市のサッカーバー「カンプノウ」のオーナーで、FC琉球のサポーター「琉球グラナス」のコールリーダー池間弘章さん、(愛称ヒロさん)その人です。「俺たちも気持ちを共有したい!沖縄から魂を伝えたい」。そう話したヒロさんは何を思ったか突然「だったら辺戸岬で見る!」と宣言するのです。

 辺戸岬は沖縄本島最北端にある岬で、目先は太平洋と東シナ海が望めるという観光スポットのひとつ。で、何故そこに向かおうと考えたのか? これはひとつの賭けでもありました。

 辺戸岬は天候が良ければ22km離れた与論島が見えます。与論島は鹿児島県に属する島。つまり「辺戸岬にアンテナを立てれば鹿児島のテレビがキャッチできるかもしれない!」と考えたというわけです。しかし、見られる確証はありません。というか、誰もやったことありません……そんなこんなで試合当日、信じてやまないヒロさんと、半信半疑の5人の有志と共に一台の車で辺戸岬へと向かいました。

 那覇から片道3時間かけて辺戸岬に到着した一行。移動中にホームセンターで購入したUHFアンテナを車の屋根に取り付け、持ち込んだテレビにケーブルを装着。作業に身が入らない5人を尻目に気合十分のヒロさん。微妙な空気が漂う中、バッテリーから電源を取り入れてスイッチオン。すると……「映った!」。しかもびっくりするぐらいの鮮明な映像が……その瞬間、歓声が岬中に響き渡り、今までテンション低かった有志も一気に上げ上げになったのはご想像の通り(笑)。

 しかし、ここは辺戸岬。テレビを見る場所としてはあまりにも環境が悪すぎる。気温が低い上に暴風。そして日が暮れれば辺りは真っ暗。加えて茂みからニョロニョロとハブらしき生き物が……。しかしそんな状況にも屈しない彼ら。苦境にも耐えながらいよいよ放送が始まりました。

 選手入場の際はテレビの前で日本とベガルタ仙台のコールで選手を迎え入れ、1分間の黙祷。そして遠藤・岡崎・カズのゴールで太平洋に向かって絶叫。試合中、確実に全国民と気持ちを共有できた6人のウチナーンチュがそこにいました。

 観戦後、満天の星空と流れ星を見ながら撤収。そして帰り道、試合を振り返りながら、まるでアウェー帰りの車中のような雰囲気で家路へと着いていきました。You'll never work aloneを聞きながら。

 アンテナ4000円。ケーブル1000円。ガソリン代6000円。そして「諦めない気持ち」プライスレス。ヒロさんはこの日ゴールを挙げたカズと同じ心境になったことだろう。

 「どんな状況でも不可能はない。47年間生きていて最高にかけがえのない一日を過ごした。復興に向け、僕らの思いも伝えられてよかった」。そう呟いたヒロさんは涙ぐんだ。

 翌日、店では達成感に満ちたヒロさんがお客一人ひとりに満面の笑顔でその奇跡を語っていた。ちなみに、私もその辺戸岬に行ったかというと……ご想像にお任せします。

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