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No Referee,No Football

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警告9枚、退場者1人が出た試合のゲームコントロール
[J1第8節 川崎Fvs神戸]

 昨年4月の東京V対鳥栖戦、開始8秒で東京Vの菅原智選手に対し、「決定的な得点の機会の阻止」として退場を命じた飯田淳平主審。28歳と若いが、どんな局面でも落ち着き、物事を冷静に、かつ的確に勇気を持って判定する。それが故に選手とのコミュニュケーションも上手く、将来が期待される審判である。

 しかし、この試合の飯田主審はいつもの飯田主審ではなかった。イエローカード9枚、レッドカード1枚が出た試合は、川崎フロンターレが2本のペナルティーキックを成功させ、ヴィッセル神戸に3-0で勝利。9枚の警告という飯田主審の判断、ゲームコントロールはどうだったのか。

 最初の大きな判定は、試合開始56秒にあった。川崎Fのペナルティーエリアのわずか外側で稲本潤一選手が都倉賢選手のドリブルしていたボールに対し左足を伸ばした。その足に都倉選手の体が当たり、転倒した。ペナルティーエリア外ぎりぎりの場面。一瞬、ペナルティーキックかと見間違うタックルだったが、稲本選手はボールにチャレンジしており、飯田主審は正しく、ノーファウルと判定した。

 前半4分には、川崎Fのペナルティーエリアの約7m手前で寺田周平選手がトラップミスしたボールを小川慶治朗選手が奪ってコントロール。体を入れ替えて寺田選手の前に抜け出そうとしたところで、寺田選手が手で止めに行った。小川選手は転倒こそしなかったが、ドリブルのスピードが落ちてしまい、井川祐輔選手に追いつかれ、ボールを奪われた。飯田主審は反則を取らなかったが、本来ならボールを取られる直前に笛を吹き、寺田選手による手のファウルがあったところで、神戸にフリーキックを与えなければならなかった。寺田選手は最低でも警告。退場でもおかしくない。

 最初の警告は前半5分。神戸の小林久晃選手が、ペナルティーエリア内に進入した黒津勝選手に対し、遅れて足を引っかけた。小林選手の意図に悪さは感じられない。ボールに行こうとはしたが、結果的に足を引っかけてしまったのだろう。これがペナルティーエリア内ではなく、例えばフィールドの中央付近で起きたプレーだったのなら、ただのファウルで、イエローカードではない。

 しかし、この場面は、ゴール前で相手のチャンスをつぶすファウルだった。競技規則の付属書である「競技規則の精神と審判員のためのガイドライン」には、反スポーツ的行為に対する警告のひとつに「チャンスとなる攻撃の芽を摘むファウルを犯す」と書かれている。飯田主審は小林選手のファウルがこれに当たると判断し、小林選手にイエローカードを提示し、川崎Fにペナルティーキックを与えた。

 同様のプレーが前半22分にもあった。神戸の攻撃の場面。小川選手からの浮き球のパスを都倉選手がヘディングで前方に落とし、ゴール前に抜け出そうかというところで寺田選手が後方から手で引っ張って倒した。ファウルはペナルティーエリア外だったため、神戸にフリーキックが与えられ、寺田選手には警告が出た。

 この2つの場面は、レッドカードでもよかったと思う。競技規則に書かれているように、「相手競技者の決定的な得点の機会を阻止する」ファウルを犯せば、一発退場になる。前半5分、22分のシーンはどちらも「チャンス」ではなく、「決定的な得点の機会」だったように見えた。

 「決定的な得点の機会」かどうかを判断するには、いくつかの要素がある。まず、ファウルかどうか。そして(1)ファウルがなければ、ボールをキープできる、またはコントロールできる可能性があったか(2)攻撃の方向がゴールに向かっていたかどうか(3)守備側競技者の位置と数(4)ゴールへの距離とゴールに向かうスピード。上記の場面はこのすべてを満たしていたのではないだろうか。

 黒津選手も、都倉選手も、ゴールに向かってプレーしており、ファウルがなければゴール前でGKと1対1となる決定機だった。飯田主審はボールをコントロールできていないと判断したのだろう。確かに、ファウル後にボールは足元から離れていたのだが、それもファウルがなければ、十分に追いつけるだけのスピードに乗りかけていたように思う。

 後半32分には、神戸の河本裕之選手が一発退場となった。ペナルティーエリア内でGKと1対1になった鄭大世選手を後方から足を引っかけて倒した。ファウル自体に悪さはないが、やはりここで足を出してはいけないからファウルは正しい。そして飯田主審は「決定的な得点の機会の阻止」と判断し、河本選手にレッドカードを提示。川崎Fにはこの試合2つ目のペナルティーキックが与えられた。

 この場面と、前半5分、22分の警告の場面は、そう大きく違わないと思う。なぜ前半の2つのシーンはレッドカードではなく、警告にとどめたのか。前半4分のファウルをFK+警告or退場としなかったことがトラウマとなったのか。

 前半13分の森勇介選手、前半41分の北本久仁衛選手、そして後半28分の鄭選手に対する警告は、すべて「繰り返しの違反」によるものだった。飯田主審は森選手に対し、それまでに森選手がファウルを犯した地点を指差して示し、鄭選手にも指を折ってファウルの回数を数えるようにして「繰り返しの違反」であることを示していた。

 繰り返しファウルを犯す選手に警告を出すのは、競技規則どおりの適用だ。とはいうものの、繰り返しの違反による警告が3回もあるというのは、それまでのファウルに対する注意が、抑止になっていなかったということでもある。しかも、1試合で警告が9枚。警告を出すことでもファウルを抑えることができていなかった。

 そもそもイエローカードは、「次に同じような反則をしないように」と選手に警告するために存在する。カードを出すことが目的ではなく、選手を落ち着かせ、フェアなプレーを促すことが目的なのだ。しかし、この試合を見る限り、その目的を果たせていない。

 後半6分、後方からレナチーニョ選手を押し倒したエジミウソン選手に警告を出す場面があった。エジミウソン選手はファウルの後、ピッチにうつ伏せに倒れているレナチーニョ選手のユニフォームの背中部分を腕で引っ張り、無理やり引き起こそうとした。レナチーニョ選手は起き上がって激怒し、至近距離からエジミウソン選手の顔を何度も指差し、強い口調で怒りをあらわにした。エジミウソン選手は悪いが、レナチーニョ選手の行為も良くない。明らかな挑発行為であり、レナチーニョ選手にも警告を出すべきだったと思う。

 飯田主審は2人の間に入って対応していた。両者を自分のところに呼んでいたが、選手の耳には入っていないようだった。2人に握手させようと思ったのかもしれないが、これだけレナチーニョ選手が興奮している状態では難しい。こういう場面では、ひとまずエジミウソン選手は置いておいて、レナチーニョ選手を落ち着かせることを優先した方が良かった。実際、レナチーニョ選手は興奮が収まらないまま、飯田主審のところに来ることもなかった。

 選手は試合中、興奮状態にある。そのテンションが過度に上がり過ぎないように抑えることも審判の重要な役目だ。適切にファウルを取ってプレーを止め、必要なときには、間を取って選手を落ち着かせる。イエローカードを出すことで、ファウルを犯した選手本人はもちろん、周囲の選手のテンションを下げることにもなる。

 この試合ではイエローカードがその効果を発揮していなかった。イエローカードを提示しても選手のテンションは上がったまま。選手を落ち着かせ、プレーに集中させることができず、結果的にイエローカードの枚数も多くなってしまった。

 ゲームコントロールも良く、カードも適切だが、その枚数が多くなるという試合もある。しかし、残念だが、この試合、少しずつではあるが判断がずれ、また選手への対応が上手くいかず、結果的に多くのカードを出すことになってしまったと考える。

<写真>後半32分、飯田淳平主審は神戸の河本裕之にレッドカードを提示

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