beacon

「監督じゃなくてお父さん」、笑顔あふれる"家族"でつかんだ世界一

このエントリーをはてなブックマークに追加

 なでしこジャパンを世界一に導いた佐々木則夫監督は、従来の監督像を覆す“特異”な指揮官だった。選手から「ノリさん」という愛称で呼ばれる53歳は、選手の前でも平気で親父ギャグを飛ばす。監督と選手というより、父親と娘。まるで家族のような一体感が世界一への原動力となった。

 FW大野忍は「最後は監督じゃなくてお父さんかと思った」と笑いながら言った。「お父さんみたいな温かい存在。親近感があるし、ノリさんだからふざけられる」。選手との間に壁をつくらない佐々木監督の指導方針は、選手の自立性を促し、かつ円滑なコミュニケーションをもたらした。

「自分が監督として選手をまとめたというより、僕自身が選手にコントロールされていた。同じ仲間意識の中でやっていた。監督だからといって、一人でサッカーをしようとは思わない。実際にプレーしている選手を主体に考えれば、彼女たちが伝えてくることを受け入れる方が大事。自分にも誤りはあるし、選手の方がアイデアを持っていることもある」

 試合展開や相手の戦い方に応じ、試合の中で戦術を変更する。当然、ベンチから指示を出すこともあるが、選手から「こうしたい」という意見が出れば、素直に受け入れた。それが結果的に選手の「考える力」を養い、柔軟な戦い方につながっていった。

 練習方法も同様だ。短期間の大会は日程、気候を含め、過酷な環境で行われた。コンディションは選手間でバラツキも出る。大会MVP、得点王に輝いたMF澤穂希は「体が疲れていても、普通はなかなか監督に言えないけど、練習量やコンディションについて相談させてもらえた。監督と何でも話せる信頼関係をつくれていたことがよかったんだと思う」と指摘する。ベテランへの配慮が、澤の圧倒的なパフォーマンスをも生み出した。

 練習も和やかな雰囲気で行われていた。佐々木監督は「外国の記者の方も、トレーニングで選手が前半ははしゃいで笑いながらやっていて、だんだん真剣になるのを不思議がっていた」と言う。「ホテルの中でも、選手間はコミュニケーション豊かで、キャッキャッキャッキャ笑って、僕なんかは女子寮に閉じ込められている感じだった」。最高の雰囲気をつくり上げた指揮官は「和やかな笑いを大事にしているというか、そういう笑いが自然にあふれながら一戦一戦を戦ってきた」と淡々と振り返った。

 この日の帰国会見では、選手に「佐々木監督をすごいと思ったところや学んだことは?」という質問が飛んだ。大野は「学んだことは……特に。親父ギャグを言っていたことぐらいしか……」と苦笑いし、会見場は笑いに包まれた。「指導者、人としても素敵だけど、強運の持ち主です」と答えた澤には「強運の選手を持ったことです」とすぐさま応じ、笑いを誘った。

 初のベスト4をかけて臨んだドイツとの準々決勝。過去1分7敗と勝利のなかった相手を分析する中、佐々木監督が参考にしたのがグループリーグのドイツ対ナイジェリア戦だった。0-1で敗れたナイジェリアだったが、「ドイツの2列目の選手が追い越してきても、ナイジェリアの中盤がしっかり追い付いて粘り強く対応していた」。そのことを中盤の選手に伝えると、「私たちにはナイジェリアみたいなフィジカルがない」と答える澤に「お前ら、フィジカルがないジェリアなのか」とダジャレで応じ、大一番を前に選手のプレッシャーは軽減された。

 笑いが絶えなかったのはピッチ外だけではない。アメリカとの決勝戦。延長後半12分、澤の劇的な同点ゴールで追い付き、PK戦にもつれ込むと、円陣を組むチームの輪の中でも監督、選手からは白い歯がのぞいた。

「相手は勝ったと思いきや、同点でPK。我々にとっては天からの恵みみたいなもの。僕自身は笑いが止まらないぐらいの空気だった」。世界一をかけたPK戦を目前にしても、佐々木監督は普段と何も変わらなかった。MF宮間あやは「大舞台なのに、選手を背負ってどっしり構えてくれていたことが心強かった」と感謝する。常に冷静で、落ち着き払った監督の姿勢は選手に安心感と自信を与えた。

「ギャグも一発やろうと思ったけど、そこまで頭が回らなかった。(キッカーの)順番を決めなきゃいけないし」。そう冗談めかす佐々木監督は、PK戦のキッカーの順番を決めた際のエピソードも披露した。

 順番を決めようとする佐々木監督に「蹴りたくない」と訴えた澤にチームメイトからは「えーっ」という“ブーイング”も起きたが、佐々木監督が「澤はもう1点取ってるからいいだろ」と応じ、笑いに変わった。DF岩清水梓が退場していたため、最初はGK海堀あゆみよりもあとの10番目にしたが、「お前、フィールドプレイヤーなんだから海堀よりは前だろ」と“説得”し、最終的に澤は9番目に落ち着いたのだという。

「『お前ら、儲けものだぞ』という雰囲気でスタートしていった。熊谷紗希だけは『4番目』と言ったら顔が引きつっていたけど」。そんな裏話も明かした指揮官だが、疲労もプレッシャーも極限状態であるはずのPK戦直前に“らしさ”を失わず、笑顔が見えた時点で、勝利は決まっていたのかもしれない。

 記者会見後のミックスゾーン。「選手がノビノビとやっていましたね」と聞かれると、「ノリノリとね」と、自分の名前である則夫(のりお)と引っかけ、得意の親父ギャグを炸裂。代表監督とは思えない“良きパパ”の笑顔が、世界一監督の素顔だった。

[写真]帰国記者会見は何度も笑いに包まれた

(取材・文 西山紘平)

▼関連リンク
女子W杯2011特設ページ

TOP