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東北サッカー復興の狼煙(5)~仙台大、「大学日本一」への挑戦

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 東北のプロ・アマチュアサッカーチームの復興に向けての動きを伝える連載の最終回は、東北の大学サッカー界の強豪、仙台大を取り上げる。昨年は総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント3位と躍進した仙台大。3月11日の東日本大震災発生後約1ヵ月間練習ができなかったが、4月中旬より練習を再開した。今年の目標に「大学日本一」を掲げる仙台大の総理大臣杯東北予選初戦の日を追った。

 5月14~15日、東北、主に宮城県内では数多くのアマチュアサッカーの大会が行われた。宮城県サッカー場では15日に「サッカー宮城復興へ向けたキックオフ!!」と題したイベントが行われ、震災による被害の大きかった地域の少年サッカーチームが招待され、大々的なサッカー教室が行われた。また、なでしこチャレンジリーグ、JFAアカデミー福島対常盤木学園高戦も行われた。

 15日には東北社会人サッカーリーグも開幕。大変残念なことに宮城県のコバルトーレ女川、福島県のFCプリメーロ、シャイネン福島、バンディッツいわき、いわき古河FC、メリーの6チームが今シーズンの参加を辞退したが、その他のチームによる開幕戦が各地で行われた。さらには、JFLのソニー仙台もJFL後期日程から参加することが正式発表され、16日より練習を再開することになった。プロサッカーに続き、東北のアマチュアサッカーも復興に向けていよいよ動き出し始めた。

 そして、東北の大学サッカーもついに動き出した。14日に総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントの東北予選となる東北地区大学サッカー選手権大会が開幕。仙台大は15日の初戦(2回戦、仙台大G)で東北文化学園大と戦った。

 仙台大は2月頃から新チームでの練習を行っていたが、震災により多くの選手が実家に避難し、練習は中断を余儀なくされた。仙台大のある宮城県柴田町は内陸部に位置するため、幸いにも部室や人工芝グラウンドに大きな被害はなかった。そして震災から約1ヵ月後の4月14日より、練習が再開された。

 施設面では被害が少なかった仙台大だったが、東北出身の選手が多いため、実家が津波被害を受けた選手や、津波被害で親を亡くした選手などチームには様々な状況の選手がいた。ベガルタ仙台から派遣され、昨年からチームの指揮を執る瀬川誠コーチはこの日を迎えるまでを振り返り、「150人くらい選手がいる中でいろいろな状況の選手がいました。大会が今日からというのはわかっていたことだったので、まずはやれる人だけでやっていこうと4月14日から練習を始めました。親を亡くした子達がコンディションをちゃんと維持してくれて、彼らも上を目指しているのだと思います。私たちは選手たちを全国大会に行かせて活躍させて、次へのステップアップをさせないといけません。大学でサッカーが始まっていることを喜んでくれている人もたくさんいます。そういう方々に感謝することも大事ですし、毎日100%出してやろうと選手たちに言っています」と語り、辛い思いをした選手も高い向上心で練習に取り組んでいたことを明かした。

 こうした状況の中で迎えた公式戦初戦だったが、仙台大は自慢のショートパスとドリブルを駆使したサッカーで東北文化学園大を圧倒した。FW今出川歩夢(2年=聖和学園高)が5得点と大暴れ。ユニバーシアード代表を目指すFW奥埜博亮(4年=仙台ユース)、先日のイタリア/アンジェロ・ドッセーナ国際ユース大会セレクションに参加したMF嶺岸光(2年=聖和学園高)がハットトリック。嶺岸と共にセレクションに参加したMF熊谷達也(1年=柏U-18)と、MF鳥山祥之(1年=柏U-18)、DF菅井慎也(2年=聖和学園高)がそれぞれ2得点。DF木内瑛(3年=西目高)が1得点で、18-0と圧勝した。

 チームの目標は「大学日本一」。キャプテンのMF森田光哉(4年=青森山田高)は「震災があってもなくても関係なく、自分たちの目標である大学日本一を目指してやっています。震災を一つのきっかけに、もっと宮城県のためにサッカー界を盛り上げていきたいです。ベガルタ仙台や楽天と一緒に宮城のスポーツを盛り上げて、日本一を取れるように頑張ります」と意欲を見せる。瀬川コーチは「こういう時なのでメディアが取材に来ていますし、いろんな人が見ています。こういう中で全国大会に出て強いと思われたいし、良いサッカーだと思われたいです。来年仙台大に入ることを迷っている子もいると思いますが、普通にサッカーをやれているんだ、良いサッカーをやっているんだということを知ってもらい、どんどん仙台大に来て欲しいです」と、注目を浴びる中の全国大会で結果を残し、来年以降仙台大に入りたいと思う選手を増やしたいという意欲を語った。

 また、瀬川コーチは「今年はセレクションで良い1年生選手が獲れたので、サッカーの質も変えていかねばなりません。どんな相手でもボールを握って試合の主導権を握りたいです」と説明。今シーズン加入した1年生らの力により、サッカーの質の向上を図ろうとしている。とりわけ1年生ながら背番号10を背負い、落ち着いたゲームメイクと、シュートへの積極性を見せる熊谷への期待は大きい。「プレーが変わる度に全てポジショニングを取り直してくれます。ボールが自分に入らなくてもパスコースをどんどん作ってくれます。セットプレーやアシストや得点、攻守の切り替えも良いところがあります」と瀬川コーチは熊谷の実力を高く評価。その熊谷は「震災を受けた東北の代表として全国の1位になるという結果が出たら、東北の皆さんも元気になると思いますので、結果を出したいです。個人的には展開の所は少しずつできているのですが、もっと点を取れる選手になりたいです」と語り、活躍に意欲を見せる。

 こうした実力十分の1年生の加入により、昨年レギュラーだった選手がベンチに座ったり、ベンチにも入れなかったりとチーム内の競争は激化した。競争により、サッカーの質は昨年以上に向上している。チームの不動のエースFWである奥埜も「足下のある選手が多いので、ボールを全体で動かせます。相手の間に入ってボールを受けて、そこからまた動き出せるので、やりやすくて良いと思います」と手応えを見せている。

 3月11日の震災から2ヵ月以上経ち、仙台大はサッカーに集中できる環境を取り戻した。「ああいうことがあって逆に大会が出来ること自体や、全国大会に行けるチャンスがあること自体すごく幸せだと思います」と語る瀬川コーチ。被災地に元気を与えるべく、仙台大は大学日本一に向けて最初の一歩を踏み出した。

 今回の連載は多くの東北地域のサッカー関係者の方のご協力の下、実現できました。取材にご協力いただいた皆様に、心から感謝申し上げます。東北のサッカーはプロに続き、アマチュアも復興に向けて動き始めました。しかし、今回の記事でも書いた通り、未だサッカーをすることができないチームもたくさんあります。サッカーをできていても、大きな制約を受けているチームがあります。そうしたチームの苦しみを、常に考えなければならないと思っております。

 今回取材した方々は皆様揃って「サッカーができるだけで幸せ」「サッカーができることに感謝しなければいけない」という言葉を口にされていました。筆者自身も「サッカーのある日常」が当たり前ではないのだ、と今回の震災を通じて認識させられました。

 東北サッカー復興への歩みは、まだ始まったばかりです。連載は終わりますが、「サッカーのある日常」に感謝の気持ちを忘れず、今後も東北サッカーが復興していく様子を見続けていきたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


[写真]ゴールを喜ぶ仙台大の喜ぶ木内と平野
(取材・文 小林健志)
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