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東北サッカー復興の狼煙(1)~「立ち止まっていられない」苦境の中プレミアリーグに挑む福島・尚志高

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 3月11日に発生した東日本大震災は、東北のサッカー界にも多くの被害をもたらしました。ただ、まだ全てではないですが、東北のサッカーチームは、様々な形で復興に向けて活動を歩み始めています。今回、ゲキサカでは「東北サッカー復興の狼煙」と題し、宮城県仙台市在住のスポーツライター小林健志氏により、東北のプロ・アマチュアサッカーチームが、復興に向けてどのように活動を始めているのか、どんな問題が起きているのかレポートしていただきます(全5回予定)。第1回は、未だ原発問題が深刻な影響を及ぼす福島県に位置する高校サッカーチーム。5月に初戦を迎える高校年代の全国リーグ(大会は4月に開幕)、高円宮杯プレミアリーグイーストに向けて調整を進める尚志高等学校サッカー部です。

 3月27日、千葉県習志野市に位置する習志野市立習志野高等学校。昼頃に一台のバスが駐車場に姿を現した。福島県の強豪、尚志高サッカー部のバスだ。尚志は震災後練習を中止。関東出身の選手も含め、全ての選手を仲村浩二監督がバスで実家に帰している。この日が練習再開日だったが、地元・福島県郡山市での練習再開が難しいことから、3月27日~4月4日の8日間、仲村監督の母校・習志野高グラウンドなどを使い、練習を再開させることになった。

 未だ活動できない東北の高校チームも多い中、震災から16日後という早い段階で練習を始めたのには理由があった。尚志は4月9日より行われる「高円宮杯U-18サッカーリーグ2011プレミアリーグEAST」への参戦が決まっていたからだ。日本サッカー協会の配慮により尚志は5月4日が初戦となったが、それでも3月末から練習を再開しなければチームづくりは間に合わない。「立ち止まっていられませんから」と仲村監督は何度も強調した。

 練習に参加したのはプレミアリーグ出場を視野に置くメンバー25名。寮にいつものディアドラの練習着を置いてきた選手も多く、そうした選手は中学時代の所属チームのユニフォームで参加した。それでも、練習前にグラウンド中央で円陣を組むと、チームは再び一つになった。約2時間半の練習の大半はシュート練習とミニゲームに割かれた。福島県出身の選手は屋外の放射線量が高いことを懸念し、体を外で動かせなかった選手が多かったため、まずはサッカーを楽しむことに主眼が置かれた。仲村監督は「今日は心と体のリハビリですよ」と練習の狙いを語る。久々にボールを蹴る感触を得た選手達からは笑顔が絶えなかった。監督もコーチも選手もみんな笑顔。見守る保護者やOB・後援会の方々もみんな笑顔。グラウンドは練習中、温かい空気に包まれていた。

 仲村監督は練習を終えて「普通にサッカーができるってこんなに幸せなんだ、平和だからサッカーできるんだって改めて実感できました。選手の笑顔を見られたのが最高です」と、安堵の表情。「千葉の保護者の方が水を持って来てくれて、OBも来てくれて、本当に一人じゃないんだな、と感じます。長友とかサッカー選手のニュースを見ると涙が出てきますね」とサッカーファミリーからの支援の輪への感謝の語った。

 しかし今後の練習での大きな問題は、やはり福島原発事故だ。「放射線量をどう判断するのかが今後の課題です。全ての練習は親の承諾を得てからです。サッカーをやることになって健康にマイナスになるのならやらない方が良いですし、不安はあります。(習志野時代の恩師)流経柏(流通経済大柏高)の本田先生からも『今はサッカーよりも親の安心を勝ち取れ。親から認めてもらわないとサッカーはできないよ』と言われました。宮城や岩手はこれから復興の形になっていきますが、福島はこれからがどうなるのかという不安の中での生活になります」と、仲村監督は今後の練習への不安を語った。「サッカーってやるのが当たり前、やろうと思えばできるスポーツだと思っていましたけど、そうじゃなかったんだな…とつくづく思います」とやるせない思いも口にする。

 それでもプレミアリーグを戦うことを決めたことについて「福島県に頑張ろうという姿勢を見せるには、僕らにできることはサッカーしかありません。僕らは尚志の伝統の中で、全国リーグ出場を勝ち取ってきましたから、ぜひやりたいです。Jクラブのユース等と試合するのを、地元郡山・福島の子ども達が見ることによって成長できる、と地元テレビ局などで全国リーグのすごさをずっと訴えてきました。だから僕らが全国リーグ出場を辞めるとは言えないのです」という強い使命感を熱く語る仲村監督。「素晴らしいチームと試合ができるので、一戦一戦大切に戦って福島のために少しでも何か残せればと思います。あと、富岡の佐藤弘八監督と一緒に福島県を引っ張ろうとずっと言ってきたのですが、富岡はとても悔しい思いをしていると思いますので、その分も頑張りたいと思います」。福島原発の避難区域に入り、活動できずにいる富岡の思いも胸に戦う決意を語った。キャプテンの三瓶陽(さんぺい・みなみ)も「自分たちがボールを蹴れない時に、関東のチームは毎日ボールを蹴っていて差が開いている分、これからの練習の質や成果が出ると思いますので、これからを大事にしていきたいです。地元の人を元気づけられたら良いです」と今後への強い意欲を語る。

 尚志は習志野での合宿を終えた後、福島県郡山市の同校に戻ったが、郡山市内は放射線量がやや高い値で推移していることから、屋外での部活動練習ができず、他県の高校グラウンドで練習することもあるなど、大きなビハインドを背負っている。
 そんな中、プレミアリーグの初戦は刻一刻と迫っている。フィジカルもメンタルも、コンディション作りは困難を極めるだろうが、まずは5月4日、札幌アミューズメントパークでのプレミアリーグ初戦、コンサドーレ札幌U-18戦で持てる力を全て出して、尚志らしい攻撃的でテクニックを大事にするサッカーを展開して欲しいと願う。また、札幌サポーターの皆様にお願いしたいが、ぜひ尚志イレブンを温かく迎え入れて欲しい。

 尚志の選手達は震災での直接被害に加え、原発問題という大きな困難に立ち向かっているが、いつも明るく情熱あふれる仲村監督の指導の下、福島県にサッカーを取り戻す先頭に立つべく、再び立ち上がった。最後に仲村監督のこの言葉で締めくくりたい。
「僕らみんなが一番思っているのはサッカーをやれる幸せです。もしかしたらその幸せを奪われるかもしれませんから」

(取材・文 小林健志)
特設:2011 プレミアリーグ

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