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No Referee,No Football

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「決定的な得点機会の阻止」に対する懲戒罰は重いか、軽いか
[J1第20節 山形vs神戸]

 モンテディオ山形ヴィッセル神戸の試合は、0-0のまま迎えた後半のアディショナルタイムに神戸のGK榎本達也選手が一発退場となり、交代枠を使い切っていたため、急きょFWの都倉賢選手がGKを務めた。

 都倉選手は控えGK徳重健太選手の30番のユニフォームに着替え、ポジションに就いた。本来ならば自分の背番号(27番)の付いたユニフォームを着なければならないが、GKがいなければサッカーはできない(競技規則第3条「競技者の数」)。これは緊急避難的な対応で認められる。

 ゴール前に立った都倉選手は立ち方もぎこちなく、不安でいっぱいだっただろう。しかし、都倉選手は身長187cmと背が高いし、ポジションもFW。DFをGKにすれば守備のバランスが崩れることも考えられるから、神戸とすれば最良の選択だった。

 榎本選手の退場の理由は「決定的な得点の機会の阻止」。山形の自陣ハーフからのロングフィードを神戸のDF河本裕之が榎本選手に戻そうと、頭でバックパスした。ところが、榎本選手もペナルティーエリア外まで飛び出してきていたため、パスがずれてしまい、榎本選手はエリア外にもかかわらず、手を出してボールに触れた。

 ボールに対しては山形の田代有三選手も河本選手と並走する形で追いかけていた。もしも榎本選手が触っていなかったら、田代選手が無人のゴールに蹴り込むことになる。榎本選手の選択は、失点(敗戦)か退場しかなかった。果たして、決定的な得点の機会の阻止で、松村和彦主審はレッドカードを示すことになる。

 決定的な得点の機会の阻止に対し、競技規則を定める国際サッカー評議会(IFAB)がレッドカードという懲戒の罰則を指示したのは1990年のこと。競技規則第12条「ファウルと不正行為」の条文に明記されたのは97年になってからだ。

 それ以上昔になると、こうした「プロフェッショナルファウル」は公正ではないと認識しつつも、レッドカードは当然のこと、イエローカードさえ提示されないこともあった。当時の僕の認識も同様だった。手でボールを止めることは悪い。ペナルティーエリア内でフィールド選手が手を使えば、PKに値する。しかし、仮にPKになっても、相手に与えられただけで、まだ失点はしていない。それなら、選手とすればその選択も悪くはないだろうと考えたこともあった。

 もちろん、今では違う。ペナルティーエリア内で決定的な得点の機会を阻止すれば、ファウルを犯した選手は退場となり、そのチームは人数がひとり減った上で、相手チームにPKが与えられる。さらに退場処分を受けた選手は次の試合が出場停止になる。

 今年3月に行われたIFABの総会では、ペナルティーエリア内で決定的な得点の機会を阻止した場合、PK・退場・出場停止という3つの懲戒が科されるのは重たすぎるとして、PKのみとし、退場はさせないという提案が出され、実際に議論もされた。現在は一時保留となっているのだが、南アフリカW杯後、再び“風向き”は変わりつつあるのではないか。

 ウルグアイ対ガーナの準々決勝。0-0の延長後半アディショナルタイム、FKのチャンスを迎えたガーナがゴール前の混戦からドミニク・アディアー選手がヘディングシュートを放つと、ゴールライン上にいたルイス・スアレス選手が故意に手で弾き出した。当然、スアレス選手は一発退場になったのだが、このプレーで得たPKをガーナのアサモア・ジャン選手がクロスバーに当て、失敗しまった。それをスタンド下の通路で見ていたスアレス選手がガッツポーズしながら大喜びしている姿がテレビに大きく映し出された。

 神戸の試合を見ていて、このときのハンドのシーンが頭をよぎった。程度やペナルティーエリア内外の差はあれ、ハンドによる退場、そして山形は直接FK、ガーナはPKを失敗し、結果は引き分け。W杯ではウルグアイがPK戦で勝利。“正義”に反して大きな“実利”を得た。

 スアレス選手は1試合の出場停止となり、準決勝には出場できなかったが、3位決定戦には先発した。その後、1試合の出場停止では懲罰が軽すぎるという議論が起き、これはやはりアンフェアで、厳しく対応すべきという本来の考え方が主流になりつつある。榎本選手のケースも含め、試合の結果を左右するような決定的な得点機会の阻止は、今後、出場停止が1試合ではなく、2試合、3試合と厳罰化される可能性もある。

 選手の立場になれば「必要悪」という考え方もあるのかもしれないが、やられる方の気持ちも考えるべきだろう。そもそも、スポーツを成り立たせるためには、フェア、アンフェアの問題ではなく、決してスポーツに持ち込んではならないものがある。シミュレーションもそうだが、何をやっても良いのであれば、競技、競争にはならない。

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