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Jを目指せ! by 木次成夫

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第183回「あの人は今・全国高校選手権編」
by 木次成夫

全国高校選手権で、前・栃木SC、前・バンディオンセ加古川、現ツエーゲン金沢の3人が参加。高校サッカー部コーチとして頑張っている姿を見ました。いずれも、新たな挑戦に至ったのは、過去の出会い、縁があったから。ボールひとつで繋がっている“サッカーって、良いなあ”と、改めて思ったしだいです。

●盛岡市立高校コーチ:照井篤(写真)

岩手県遠野市出身、29歳。遠野高校→国士館大学→湘南ベルマーレ(03~04)→FC群馬ホリコシ=現・アルテ高崎(05)→栃木SC(06~08)→ガンジュ岩手(09)

栃木SCは08年、Jリーグ参入を決めた後、10人以上の選手を戦力外にしました。DF照井も、その1人です。昨季は、生まれ故郷の“Jを目指す”チームを新天地に選び、盛岡市立高校サッカー部のコーチに就任。「選手と指導者の両立」の日々を送ってきました。ガンジュの主将としては、県2部と全国クラブ選手権で優勝を達成。そして、盛岡市立高校コーチとしては、17年ぶり3度目の選手権出場に貢献――。

岩手県には“東北リーグ随一の強豪”グルージャ盛岡があるにも関わらず、なぜ県2部のチームを選んだのか? 照井いわく「カブってはいないんですが、(ガンジュの)監督は、高校の先輩なんですよ」。そして、盛岡市立の監督は「高校時代からの恩師です」。

盛岡市立は1回戦、四日市中央工業に1対2で敗れたものの、善戦しました。ボランチの遠藤歩(3年=主将)と試合後に話すと「グルージャ盛岡の上山(愛史、MF)さんも(盛岡市立の)コーチなので、指導してもらいました」。攻守の要として好プレーを連発したのが印象的でしたが、事情を知り、納得。照井を含め、身近に良い“手本”があれば、上手くなって、しかるべきですから。

[プレイバック 98年度・全国高校選手権]
DF金子聖司(元・鹿島)、DF千代反田充(新潟)、MF宮原裕司(元・福岡)らを擁した“スター集団”東福岡が、帝京(東京)を破って2連覇を達成しました。照井は、4年ぶり7度目の出場を果たした遠野の“守備の要”。初芝橋本(和歌山)と鹿児島工業を破って3回戦に進出したものの、東福岡に0-3で敗戦。他校の同学年には、以下の選手たちが、いました。

帝京:FW高橋泰(福岡)、DF山崎透(松本山雅、前・栃木SC)

習志野(1回戦で鹿児島工業に0-1で敗戦):FW玉田圭司(名古屋)、MF吉野智行(ガイナーレ)

滝川二(準決勝で東福岡に敗戦):FW林丈統(京都)

草津東(1回戦で帝京に敗戦):DF高木和道(G大阪)

広島皆実(2回戦で四中工に敗戦):MF朝日大輔(カターレ富山。国士館大卒)


改めて、「選手権は、最後ではなく、通過点だ」と実感します。


●境高校(鳥取県代表)コーチ:西村英樹

大阪府高槻市出身、26歳。ガンバ大阪ユース→サンフレッチェ広島(02年)→SC鳥取=現ガイナーレ鳥取(02年9~12月=レンタル)→サンフレッチェ(~04)→ガイナーレ(05~07=完全移籍)→バンディオンセ加古川(08)→ヴォラドール松江(09、島根県リーグ)

境の廣川雄一監督(31歳)は、早稲田大学卒業後の02年、1シーズンだけですが、ガイナーレの前身であるSC鳥取に所属していました。つまり、短期間ながらも、西村とチーム・メイト。そう、縁があったのです。

[プレイバック2002 SC鳥取]
日韓W杯の関係で、JFLは1回総当たり方式に縮小して開催されました。優勝はHonda FC。昇格2年目のSC鳥取は4勝3分け10敗で、18チーム中13位。西村は加入後、6試合出場2得点(チームは2勝2分け2敗)。下位との直接対決、ジャトコ(16位)とアルエット熊本(17位=自動降格)に勝ち、プロフェソール宮崎(18位=自動降格)と引き分けたことが、残留につながりました。

降格後、アルエットが“Jを目指すクラブ”ロッソ熊本(現ロアッソ)に生まれ変わった一方、プロフェソールは“やがて”消滅。また、02年シーズンを最後に、鳥取初のJリーガーで、SC鳥取のシンボル的存在だったMF塚野真樹(現ガイナーレ社長)が現役引退。リーグ出場0試合に終わった廣川(現・境高校監督)も、チームを去りました。


[プレイバック2008 全国地域リーグ決勝大会]
西村は関西1部優勝を果たしたバンディオンセ加古川の主力として、全国地域リーグ決勝対大会に出場しました。一次ラウンドは、沖縄かりゆし(九州優勝)、長野パルセイロ(北信越1部優勝)、ホンダロック(九州3位、全国社会人選手権3位)と「死のグループ」。西村は3戦ともスタメン出場するなど活躍したものの、バンディは4位敗退。その直後、クラブの経営難が露呈し、西村ら主力の多くがクラブを去りました。

廣川監督いわく「島根県のクラブに移籍したと知り、(西村に)声を掛けました。僕の“今季最大のヒット”ですよ(笑)」。

同監督が現役時代はDFだったことも、FW(あるいは攻撃的MF)の西村の能力を“買った”理由かもしれません。


●星稜高校(石川県代表)コーチ:込山和樹

北海道苫小牧市出身、23歳。星稜高校→大阪体育大学→ツエーゲン金沢(09)

星稜は2回戦で高知高校に0-1で敗れました。選手の肩を抱く後ろ姿に見覚えがあったので、周り込むと……、込山でした。約2週間前、FC刈谷との入替戦でJFL昇格を達成した後は歓喜の涙を“人一倍”流していた選手が、この日は、コーチとして“静かに”涙――。

[プレイバック 04年度・全国高校選手権]
北海道から星稜へ“サッカー留学”したCB込山は、当時3年生。同様に大阪から新天地を求めたMF本田圭祐(CSKAモスクワ)と並ぶ主軸でした。そして、“選手権”はベスト4進出。優勝は鹿児島実業。準優勝は準決勝で星稜に勝った市立船橋。以下の選手たちも活躍しました。

国見:渡邊千真(横浜Fマリノス←早稲田大学)

鵬翔:興梠慎三(鹿島)

滝川二(一回戦で星稜に敗戦):岡崎慎司(清水)

込山は高卒“即”Jリーガーを夢見たものの、叶わず。大阪体育大学を経て、昨季、ツエーゲンに加入。リーグ3位、全国社会人選手権準優勝、地域決勝3位、入替戦の末にJFL昇格達成。全試合フル出場を果たしました。

母校の星稜でコーチを務められるようになったのは、お互いにとって、幸いだと思います。込山はアマチュア契約ゆえ、「生活の糧」は必須ですし、星稜からすれば「身近な手本=先輩」という状況は、願ってもないこと。生徒たちが“高卒後も頑張ろう”というモチベーションにも“つながる”はずですから。

ただ、来季のことは「入替戦の後、星稜に帯同したので、(ツエーゲンと)契約の話は、まだ何もしていないんですよ」(込山=1月2日)とか……。動向が気になります。

<写真>盛岡市立高校サッカー部コーチ、照井篤(09年12月31日)

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