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「ジーコ備忘録」mobile

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 ジーコは06年のW杯で任期を満了し、日本代表監督を退任した。ジーコが監督として初めて挑んだW杯で、日本が勝てなかった理由を語る――。

 私は4年の任期をまっとうできたことを誇りに思っている。私と同じ時期に就任した代表監督のなかには、ワールドカップを迎える前に解雇された指導者がたくさんいる。私はその点では幸せだった。川淵キャプテンをはじめ日本サッカー協会の方々が最後まで信頼してくれたおかげで、監督として大舞台に立つことができたのだから。
 チームが力を出し切れなかった理由を、ひとことで表すことなどできない。チームというのは常に様々な問題を抱えているものだ。23人もの選手が集まれば、全員が同じ意見のはずがない。いろいろ食い違いは出てくる。すべての選手が人間的に相性がいいというわけではない。それによって、組織がひずむことはある。
 しかし、それはどこのチームにも多少はある問題だ。個性派、大物がそろうブラジルなどでは、選手間のぶつかり合いは避けられない。外から見るほど、まとまっているわけではない。いろいろな問題を内包している。
 それでも強いチームは勝ってしまうのだ。チーム内に人間的な衝突があろうが、試合になれば全員がひとつの方向を向いて、ものすごい力を発揮する。ドイツ大会での日本には、それができなかったということだ。日本はいい選手の集団だったが、まだ本当に強いチームにはなりきれていなかったということだろう。私がそこまで引き上げてあげられなかった。
 Jリーグの得点ランキングを見れば、上位は外国人選手が占めている。どんな問題がチーム内にあろうが、点を確実に取ってくれるFWがいたら勝利をつかめていたかもしれない。私は最後までフィニッシュの精度アップのためのシュート練習に多くの時間を割いたが、実を結ぶまではいかなかった。
 代表でいくらシュート練習に力を入れても、しょせん限界がある。小さなうちからのフィジカル面の強化とともに、シュート力のアップは日本にとっての重要なテーマになる。ここを強化しておかないと前進はない。

 日本人選手が次々、欧州のリーグに進出していることは喜ばしいことではある。しかし、その結果、実質的に日本代表には欧州組と国内組という2つのチームができてしまった。時間的・地理的な問題から、その融合が非常に難しくなった。海外に渡っても控えに甘んじている選手は試合勘が著しく鈍ってしまう。それではかえって、代表にとっての損失になる。
 代表の強化ということを考えたら、むやみに選手が海外に出て行くことを防がなくてはならない。代表選手はすべて国内のクラブに呼び戻してしまうという強行策も必要なのではないかとさえ思う。もちろん、日本人選手のレベルがどんどん上がっていって、欧州の強豪でたくさんの選手が常時、先発で活躍するようになるのがベストである。

 15年にわたる日本でのプレーと指導によって、日本に残せたこともあるし、力及ばず残せなかったこともある。植えつけ切れなかったことを懸命になって、この本に記したつもりだ。私はだれか個人を非難、中傷するつもりはない。これまでそういうことをしたことはない。試合に敗れても、選手のせいにしたことはない。責任はすべて監督にある。
 私は素晴らしい選手たちと4年間、最後まで戦えたことを誇りに思っている。ともに戦ってくれたことに感謝している。印象的な勝利と敗戦が私の脳裏に刻まれている。選手たちのおかげで、充実した日々を送ることができた。選手たちのおかげで、忘れられない日々を送ることができた。
 感謝の気持ちを胸に筆を置く。ありがとう。
<写真説明>W杯 直前の練習でのジーコ。

 今回で「ジーコ備忘録」mobileは終了となります。
 本連載は『ジーコ備忘録』のダイジェスト版です。詳しい内容は本書『ジーコ備忘録』をご覧ください。

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