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W杯予選激闘通信「戦士たちの思い」

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 6月7日。現地夜7時過ぎにオマーン対日本の試合が終わる。試合出場の選手たちはベンチとは反対サイドにあるロッカーを目指した。ピッチを横切り、そしてスタジアムの駐車場を横断し、やっと別棟にあるロッカールームへとたどり着く。笑みを浮かべる余裕もないほど、彼らは疲れきっていた。1-1のドローという結果に落ち込んでいる様子はないが、とにかく疲れていた。試合に出なかった選手、途中出場の選手たちはピッチに残り、練習を始めた。翌8日を完全オフとするためのトレーニングだ。

 敷地の門付近から、敷地外へ停められたバスまでが、取材が許されるミックスゾーンとして定められ、締め切りを間近に控えた記者たちが選手の登場を待っている。
 ロッカールームの入り口が見える。ドアの外には植え込みがあり、そこも設置されたベンチに人影が見えた。大久保嘉人だった。ヒザをアイシングしながら、股間を押さえている。どうやら先発組の選手や監督とロッカーで言葉を交わしたのち、いち早く外へ出たものの、待ち構える記者を目にして、どうしたものかと考えているのかもしれない。しかし、目や肩を落とし、明らかに落ち込んで見えるその姿に、彼の心情は簡単に理解できた。「またやってもうた」とつぶやいているのかもしれない。

 オマーン戦後半28分、ゴール前での混戦の中で、相手選手を蹴ってしまい、一発退場となった。松井を突き飛ばした選手も退場し、10人対10人での戦いとなる。
 大久保はその際に痛めた箇所が思わしくなかったのか、担架に乗せられたまま、ロッカーへと姿を消していた。「勝ってくれ」といつも以上に強く願ったに違いない。同じような状況は過去にもあった。03年12月10日東アジア選手権対韓国戦だった。
 あのときは試合開始早々のファウル、その後すぐにシミュレーションで2枚目の警告で退場している。とぼとぼとロッカーへ引き上げる彼の姿は、今でも思い出せる。「あのときは、ロッカーでどんな顔して、チームメイトと会うたらええんやって、もう死んでしまいたいとも思った」と後日その試合を振り返り、大久保は話した。その口調からは、ずいぶんと時間が経っていたが、過去の自分を笑い飛ばすのではなく、未だ「大きな失敗」を悔やんでいることが伝わってきた。
 もともと激しい気性の持ち主で、カードコレクターと揶揄されるような選手だった。しかし、黄色や赤のカードを受ける回数も年々減ってきている。気持ちの“熱さ”をコントロールできるようになった証なのだろう。もう若手ではない。最近のプレーからはその自覚と意識が伝わってくる。

 話をマスカットへと戻そう。
 8時を少し廻ったころ、練習をしていた選手たちがロッカーへ戻ったのを機に、まず闘莉王を先頭に選手がミックスゾーンへ姿を見せた。
 重い腰を上げた大久保だったが、やはり足取りは重そうだ。
「頭にきたとか、そういうんじゃなくて、頭の中が真っ白だった。金玉をバーンと(相手に)やられて、こっちも勢いがあったし、蹴ってしまった」
 問題のシーンをそう振り返る。
 ベンチから遠く、何が起きたか見えなかった岡田監督から「どうした?」と聞かれた大久保は「蹴ってしまいました」と答えた。
「ボケ!!」
 監督の短い一言が大久保に突き刺さっただろう。自身の軽はずみな行動が、招いた事態、そしてこれから起こる事態、チームへ与えた影響の大きさを改めて思い知らされたはずだ。
 チームメイトは励ましてくれたが、申し訳ないと頭を下げるしかできなかった。
 出場停止の試合数はまだ未定。反省をする時間はたくさんあるはずだ。しかし反省したと言っても、それを態度で示せないと意味はない。自身のプレーが非難されてしかるべきことも、今後どうすべきかも、大久保が一番理解しているだろう。今は、まだ侘びを口にし、頭を下げるしかできない。しかしそれだけでは不十分だということも彼は理解している。だからこそ、再び代表へ復帰したときに、証明するしかない。「この借りを返す」という決意を結果で示せばいい。

※本企画は不定期更新予定です(W杯3次予選期間中続きます)。感想をこちらまでお寄せください。

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