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W杯予選激闘通信「戦士たちの思い」

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「一生懸命練習することかな」
 ワールドカップ3次予選を戦うチームの一員としてやれることについて、鈴木啓太はそう応えた。
 4月中旬、体調を崩した。Jリーグ、ACL、日本代表と数多くの試合に出場した昨シーズンの疲労が原因だと言う声もあるが、実際のところはわからない。ただ、数日間食事ができず、10キロ以上も体重が落ちた。プロになって約8年間、コツコツと作ってきた身体、筋肉が“無くなった”。別人のようにやせこけた自身を見つめながら、落胆している時間はわずかだった。前を向き、歩き始めた。
 5月17日リーグ戦、途中出場から試合復帰し、キリンカップを戦う代表メンバーへ招集された。しかし、一時は代表を辞退することも考えていた。まだ十分に試合ができる体ではなかったからだ。それでも岡田監督は鈴木を呼んだ。「必要とされているということだから、それに応えたかった」と鈴木。5月27日のパラグアイ戦は先発出場したが、続く6月2日のワールドカップ3次予選オマーン戦ではベンチ入りもできず、スタンドで試合を見守っていた。
 06年秋、代表に初招集されて以降、常に試合出場を続けてきた鈴木にとって、もちろん初めての経験だ。
「代表というのは試合に出る選手11人だけで戦うものじゃない。一丸となって戦わなくちゃいけないから」と冷静に話している。そして、アウェーでの2連戦でも試合出場はなかった。「試合に出たい」という思いは変わらない。しかし「まだ100%の状態にない」というコンディション。とは言え「焦ってもいいことは何も無い。“いつまでに”と締め切りを設定することも、逆算するイメージもない。もちろんサッカー選手だから時間は限られている。(代表で)アピールする時間も限られているけれど。徐々にしっかりと準備をすることしか考えていない。100%の力を出して、自分が土俵に立てるチャンスが来る。力になれるコンディションを作れていないのに、試合に出たいという気持ちばかりを先行させると代表のためにも自分のためにもよくないから」と鈴木。日々試合が続く合宿だからこそ、はやる気持ち、焦る気持ちを抑えながらの日々は、きっと過酷なものに違いない。
 もっとも足りないと感じるのは「試合での経験」だという。しかし、「試合で調整ができるほど、代表は甘くない」と自覚している。ただ練習で走ることができても、試合での走りはまた別だ。ちょっとした動き、判断など試合でないと取り戻せない感覚もある。Jリーグ戦を戦っているのであれば、“試合をやりながら”取り戻せる感覚が足りない……。ジレンマもあるのではないか?
「ジレンマがあるとすれば、今、自分がチームの力になれていないことかな」と鈴木。「チームは今、着実に進歩している」と話すからこそ、感じるもどかしさなのだろう。
 しかし、試合出場は叶わずとも、鈴木は代表に貢献している。
「このチームは本当にいい雰囲気だ」と遠藤をはじめ多くの選手が口にするのは、何より試合に出られない選手たちの意識の高さが原因だと思う。
「選手というのは、国のために戦うという気持ちがなければ、代表はダメだと思う。自己犠牲という気持ちは、代表にとって一番大事なことだし、必要な姿勢。大事なのは、自分を捧げらるだと思う」
 鈴木ははっきりとそう口にする。そういう意識のもとで、過ごした代表合宿。試合出場はなくとも、試合に出られなかったからこそ、鈴木が体験したのは貴重な時間となるはずだ。
「今の時間は、今後の自分の力になると思っている。今は大事なとき。自分を見つめなおす時間でもあるし、代表を見つめなおす時間でもある」
 6月7日マスカットでのオマーン戦。試合開始直前、入場するために整列した先発選手に声をかける鈴木の姿が見えた。だまって横を通り過ぎる控え選手もいたが、彼は違っていた。「今やれることを精一杯やる」という鈴木。どんな立場であってもチームのためにと身を尽くす覚悟が彼にはある。

※本企画は不定期更新予定です(W杯3次予選期間中続きます)。感想をこちらまでお寄せください。

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