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No Referee,No Football

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ペナルティーエリアぎりぎりの攻防での2つの判断
[J1第29節 鹿島vs名古屋]

 2位鹿島アントラーズと首位名古屋グランパスの直接対決。0-1で敗れた名古屋のストイコビッチ監督が、試合後の記者会見で村上伸次主審の判定に対し不満を口にしていたと聞いた。

 この試合、名古屋にペナルティーキックかという場面が2回ありながら、いずれもペナルティーキックは与えられなかった。最終的な判定はどちらも間違いではなかったが、前半5分のシーンの村上主審の対応が選手、そして監督の不信感を募らせてしまった。

 前半5分、名古屋は左サイドのタッチライン際からケネディ選手が前線にロングボールを蹴り込む。これに反応した小川佳純選手がペナルティーエリア内に走り込もうとしたところ、後方からジウトン選手がスライディングタックル。ジウトン選手が伸ばした左足はボールに届かず、小川選手の左足をトリップ。勢い余った小川選手はペナルティーエリア内で転倒した。

 村上主審は笛を吹き、ペナルティーマークを指しながらペナルティーエリア内に走り込んだ。しかし、ジウトン選手がファウルを犯したのは明らかにペナルティーエリアの外だった。

 違和感があったのだろう。村上主審は自ら田尻智計副審の方向に目を遣った。田尻副審は小川選手とジウトン選手のプレーを真横から見ていた。そして、村上主審の笛が鳴ったあと、ゴールライン方向からすぐさまゴールラインと平行なペナルティーエリアのラインのところまで走って戻り、シグナルビープを鳴らしながら、ペナルティーキックではなく、フリーキックであることを示した。それを確認しながら、村上主審は腕を水平に伸ばして名古屋の攻撃方向を指し、直接フリーキックであることを示し直した。さらに、田尻副審に近寄って、ファウルがエリア外だったことを再確認した。

 競技規則の付属書である「競技規則の解釈と審判員のためのガイドライン」の第6条には「副審のシグナル」として「ペナルティーエリア外のファウル」の場合の対応方法が次のように示されている。

●ペナルティーエリア外のファウル
「ファウルが(ペナルティーエリアの境界線近くの)ペナルティーエリアの外で犯されたとき、副審は、主審がどこにいるのか、どのような対応をとったのか目で確認するものとする。副審はペナルティーエリアのラインのところに立ち、必要であれば旗を上げなければならない」

 逆に「ペナルティーエリア内のファウル」があった場合、「コーナーフラッグの方向に移動しなければならない」と示されており、エリアの外か中かによって副審の動き方は異なる。この場面、田尻副審はコーナーフラッグの方向ではなく、すぐにペナルティーエリアのライン方向に走っていった。これはペナルティーキックではなく、エリア外のフリーキックであるという主審に対する合図である。

 まだ立ち上がりの5分で、名古屋の選手の多くもファウルはエリアの外だったと思っていたのかもしれない。抗議は執拗でなく、名古屋の直接フリーキックでゲームは再開された。それでも玉田圭司選手が村上主審に食い下がっていたように、名古屋にとっては不満の残る対応だった。さらに、フリーキックからも得点にはならなかった。

 ジウトン選手のファウルがあったとき、村上主審はハーフウェーラインを越えたあたりに位置していた。ケネディ選手にボールが入ったとき、ボールがバウンドしていたため、一度ボールをキープして落ち着かせると思ったのかもしれない。切り替えが遅く、プレーから遠く離され、ファウルがペナルティーエリア内で犯されたと見て取ってしまった。

 一方、田尻副審は村上主審がプレーに遅れ、はっきりと見えていないことが分かっていた。主審のミスであると認識し、所定の合図の方法で村上主審に間違えだと伝えた。

 副審は、主審の判断に合わせることも大事だが、明らかに主審が間違っていると思ったならば、自信を持って自分の判断を伝え、最終的に正しい判定が下されるようにしていかなければならない。最終決定は主審が下すものだが、これがチームワークであり、主審のミスを副審が挽回した良い連係シーンだった。

 プレーが再開される前であれば、主審が一度下した判定を変えることは問題ない。競技規則にも「プレーを再開する前、または試合を終結する前であれば、主審は、その直前の決定が正しくないことに気付いたとき、または主審の裁量によって副審または第4の審判員の助言を採用したときのみ、決定を変えることができる」と明記されている。

 手続き上は何の問題もなかった。とはいうものの、一度下したペナルティーキックという重たい判定を変えた村上主審の信頼が失われた面は否めない。村上主審は、遠くから相当のスピードで走ってきたため、副審を見る余裕がなかったのだろう。(1)ファウルの認識(2)笛(3)シグナル(フリーキックかペナルティーキックか)が手順だとすれば、ペナルティーエリアぎりぎりのファウルだったのだから、シグナルを出す前に副審を見なかったことが悔やまれる。

 そして、前半34分、セットプレーのセカンドボールを拾った田中隼磨選手が前線に送ると、ゴールに背を向けてボールキープしたケネディ選手が鋭く反転。岩政大樹選手を抜こうとしたところで、左後方から興梠慎三選手の左手がケネディ選手の左脇腹付近のユニフォームにかかった。

 確かに興梠選手の左手はかかっていたが、ホールディングのファウルと言えるほどケネディ選手のプレーに影響を与えたようには見えない。ケネディ選手はいったん粘って前に行こうとしたが、すぐ右側に岩政選手が残っていて、抜き切れないと思ったのだろう。ワンテンポ遅れて、自分から前に倒れ込んだ。

 村上主審は、前半5分のときと違って、一連のプレーのとても近くにいた。そして、これをケネディ選手のシミュレーションと判断し、イエローカードを示した。ストイコビッチ監督は「200%、ペナルティーキックだ」と話したというが、たとえ興梠選手のファウルを取ったとしても、手がかかっていたのはペナルティーエリア外。ペナルティーキックではなく、ただのフリーキックだ。

 確かにケネディ選手は自分から倒れにいき、ファウルをもらいにいっている。しかし、まったく接触がないのに倒れたり、自分から相手にぶつかりにいって接触をつくって倒れるほどの悪さはない。

 Jリーグを見ていると、ケネディ選手は相手の手がかかったり、足が引っかかったり、自分に何か不利益なことが起きたときに、大げさに倒れ、ファウルをもらいにいこうとするプレーが多いように思う。ファウルか、ノーファウルか。主審の判断がグレーゾーンとなる微妙な場面で、大げさに倒れてファウルをもらおうという狡猾さが見える。

 もちろん、実際に接触があり、プレーに影響を受けていることもあるが、結果的にペナルティーキックをもらえることが多いから、たとえ軽い接触だったとしても、それを利用して大げさに倒れようとする。これは主審の側にも問題がある。ファウルか、シミュレーションかをしっかり見極めていくことが主審には求められる。しっかりと判定すれば、ケネディ選手も安易に倒れてファウルをもらいにいくようなプレーをしなくなるのではないだろうか。

 それにしても、ペナルティーエリアはスイミングプールのようだ。ペナルティーエリア近くで接触があると、エリア内にダイブしたくなる選手も少なくない。

[写真]前半34分、興梠慎三選手(右)の左手がケネディ選手のユニフォームにかかったが、村上伸次主審はプレーに影響していないと判断し、ケネディ選手のシミュレーションを取った

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