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No Referee,No Football

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母親の誕生日を祝ったメッシ選手のゴールパフォーマンス
[リーガ・エスパニョーラ第20節 バルセロナvsラシン]

 1月22日のリーガ・エスパニョーラ第20節、バルセロナ対ラシン戦。バルセロナのリオネル・メッシ選手のゴールパフォーマンスが議論を呼んだ。

 1-0の前半33分、バルセロナのダビド・ビジャ選手が左サイドからドリブルでペナルティーエリア内に進入すると、ラシンのエンリケ選手は思わず右足でトリップ。ファウルは無謀でもなく、その位置もゴールライン近くだったので、相手の大きなチャンスをつぶしたわけではないと判断され、エンリケ選手にイエローカードが示されることはなかったが、バルセロナにPKが与えられた。

 キッカーはメッシ選手。アルゼンチン代表のエースであり、2010年のFIFAバロンドール(世界最優秀選手)受賞選手である。

 ボールはペナルティーマークのやや前方にセットされ、主審が笛を吹く。メッシ選手がボールを蹴る瞬間、ラシンのGKであるトニョ選手はゴールライン上に残っているものの、右側に動き、メッシ選手が蹴ったボールはトニョ選手の左側のゴールネットに突き刺さった。

 メッシ選手がボールを蹴る前に、明らかにラシンの選手数人が、やや遅れてバルセロナの選手もペナルティーエリア内に侵入していた。それを確認していなかったのか、確認した上で許せる範囲としたのかは分からないが、主審は得点を認めた。バルセロナの2点目である。

 メッシ選手は得点を喜びながら、ゴール右側のテレビカメラに向かってユニフォームの前面をたくし上げる。赤色のアンダーシャツには手書きで“FELIZ CUMPLE MAMI”と書かれていた。「ママ、誕生日おめでとう」という意味だ。この後、テレビカメラは観客席に座っているメッシ選手の母親らしき人を映している。

 メッシ選手のところには、シャビ選手やペドロ選手もやってきて、ゴールを祝福した。そのまま一緒に自分たちのハーフに戻るかと思いきや、メッシ選手はテレビカメラの方を振り返り、再びユニフォームをたくし上げ、“FELIZ CUMPLE MAMI”と書かれたメッセージを示した。

 この映像を見た友人の1人が「お母さんの誕生日をゴールでお祝いして、それをスペイン中、全世界に発信するなんて素敵ですね」と言った。しかし、スペインサッカー連盟の規律委員会は、メッシ選手に対し2000ユーロ(約22万4000円)の罰金および警告1つを科すことを発表した。

 それもそのはずだ。競技規則第4条「競技者の用具」の決定事項には「競技者は、スローガンや広告のついているアンダーシャツを見せてはならない。身につけなければならない基本的な用具には、政治的、宗教的または個人的なメッセージをつけてはならない」、「スローガンや広告を見せるためにジャージーまたはシャツを脱いだ競技者は、競技会の主催者によって罰せられる。身につけなければならない基本的な用具に、政治的、宗教的または個人的なメッセージをつけた競技者のチームは、競技会の主催者またはFIFAにより罰せられる」と規定されている。

 試合中、主審はメッシ選手の行為に対して警告をしていない。なぜかと思われた人も多いかもしれない。メッシ選手はユニフォームを脱いで得点を喜んだのではない。時間もそれほど費やしていないし、相手を挑発しているわけでもない。単にアンダーシャツに書いてあるメッセージをテレビに映しただけであり、それ自体は警告に値しない。だからイエローカードは示されなかった。

 しかし、内容如何にかかわらず、メッセージを見せることは罰則の対象である。メッセージの内容によって、主催者あるいはFIFAが処分の程度を決定する。そして、スペインサッカー連盟は競技規則に則り、大会の主催者として、同連盟の規定に基づき、罰金等の処分を下したのである。

 得点後のメッセージに関して、Jリーグで印象の強い出来事と言えば、現役時代のストイコビッチ監督が行った抗議ではないだろうか。

 99年3月27日の神戸対名古屋戦。後半44分の2点目をアシストしたピクシーはゴール直後、ユニフォームをたくし上げ、“NATO STOP STRIKE(NATO、空爆をやめよ)”と書かれたアンダーシャツを見せた。3日前に始まった北大西洋条約機構(NATO)のユーゴスラビア空爆に抗議する政治的なメッセージだった。

 当然ながら、Jリーグは、政治的メッセージはサッカーにふさわしくないとし、スタジアムでの政治的アピールの禁止を通達したと聞いている(メッセージ禁止が競技規則に明記されたのは02年なので、ストイコビッチに対する個人的な処罰は下されていない)。

 ゴールが決まれば、だれもが得点者に注目する。さまざまなメッセージや広告を見せるには格好の機会だ。“今、これを言いたい。表現したい”というメッシ選手の気持ちも、当時のストイコビッチ監督の気持ちも理解できる。しかし、クラブへの財政的援助のため事前に許可されたユニフォームのスポンサー名を除く、それ以外の広告、ましてや個人的なメッセージ、社会的、宗教的スローガンはピッチの上で一切表現することはできない。

 ちなみに、一度プレーが始まると、タッチラインから1m以内のフィールドの表面には、メッセージやスローガンは言わずもがな、広告も、クラブのロゴさえも、表示できなくなる。ゴールポストやクロスバー、ゴールネット、コーナーフラッグも同様である。

[写真]得点後、メッシはユニフォームをたくし上げ、“FELIZ CUMPLE MAMI(ママ、誕生日おめでとう)”と書かれたメッセージを見せる

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