beacon

No Referee,No Football

このエントリーをはてなブックマークに追加
サッカーに“機械”が導入される日
[追加副審とゴールライン・テクノロジー]

 EURO2012(欧州選手権)のグループリーグ最終戦、イングランド対ウクライナ戦の後半17分、ウクライナの左サイド深くから前線にフィードされたボールをオフサイドの位置にいたアルテム・ミレフスキー選手が受け取り、マルコ・デビッチ選手にパス。デビッチ選手はボールをドリブルし、ペナルティーマークの真横あたりでシュート。イングランドGKジョー・ハート選手は左手でどうにかボールに触れることができますが、ボールはイングランドのゴールに向かいます。
 ジョン・テリー選手が懸命に戻って左足でクリアしますが、ボールの全体は10cmほどゴールイン。ゴールの判定を担うのは、ハンガリー人の追加副審、イシュットバーン・バド。残念なことですが、体はゴールライン上であっても、頭はラインの内側の端。バド追加副審にとって、ボールはゴールに入っていないように見えます。得点とはならず、プレーが続けられました。
 2002年のW杯日韓大会決勝で主審を務めたコリーナ氏は今、欧州サッカー連盟(UEFA)の審判部長。試合翌日、このウクライナのゴールは得点として認められるべきとの見解を示します。しかし、これまで約1000試合で追加副審を採用しているが、今回が初めての“ミス”だったとも付け加えます。また、UEFAは継続的に2012-13シーズンの欧州チャンピオンズリーグのプレーオフ等でも追加副審を導入することを早々に決めています。
 
 2010年のW杯南アフリカ大会ラウンド16、イングランド対ドイツ戦。イングランドのフランク・ランパード選手のシュートは明らかにゴールラインを割っていましたが、ここでも得点は認められませんでした。そして、国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長は、この試合の直後、それまで固執していた“人がプレーし、人が審判をする”という考え方を翻し、「国際サッカー評議会(IFAB)でゴールライン・テクノロジーの検討を行う」と言ったと報道されています。
 これをきっかけに、ゴールライン・テクノロジーと追加副審の導入の可能性について、本格的に実験、検討されることになりました。

 “追加副審”とは、ボールがゴールに入ったかどうかを主として判断する審判員をゴールの横に配置するもの。一方、ゴールライン・テクノロジーはボールがゴールに入ったかどうかだけを機械的に判断するものです。
 FIFAのゴールラインテクノロジーに関する基準はとても厳しく、
●ゴールラインについて得点になったかどうかの判断のみに適用される
●システムは精確なものでなければならない
●得点になったかどうか即座に通知され、自動的に1秒以内に確定されなければならない
●得点になったかどうかは、審判員にのみに通知される
 と定められています。そして、この基準を満たし、100%精緻な判断を下し、2次試験に進んだのは「ホーク・アイ」と「ゴールレフ」という2つのシステムのみでした。
「ホーク・アイ」はすでにテニスやクリケットでも使用されており、さまざまな角度から撮影した複数のカメラ映像をコンピューターで解析し判断するもの。「ゴールレフ」は、ゴール周辺に磁場を作成し、チップを埋め込んだボールがゴールラインを越えた際の磁界の変化を検出して、ゴールインかどうかを判断するものです。
 しかし、いずれも、テニスのように、イン・アウトが映像で一般の視聴者に提供されるものではなく、ボールがゴールに入ったら審判団が着用している腕時計に得点であることを知らせることになります。
 この2次実験は、「ホーク・アイ」がイングランド・サザンプトンでのセミプロフェッショナルの試合、ウェンブリーでのイングランド対ベルギーの国際親善試合で、「ゴールレフ」はデンマーク1部リーグ、コペンハーゲンでのデンマーク対オーストラリアの国際親善試合で実施され、その結果をもって、7月5日のIFAB特別会議で、正式に採用が決定されました。
 そして、決定後すぐにも、FIFAのホームページには、FIFAクオリティープログラムの一環としてゴールライン・テクノロジーは導入されるべきだとのビデオが登場しました。ゴールライン・テクノロジーの導入で、審判のミスをカバーし、正しく得点が認められればサッカーのクオリティー(品質)が向上すると訴えています。

 W杯南アフリカ大会のイングランド対ドイツ戦後、FIFAのヴァルク事務局長は「今大会が現行の審判制度で行われる最後のW杯になるかもしれない」と話したとされています。
 そして、IFABが認めた今、ゴールライン・テクノロジーは今年12月に日本で開催されるクラブW杯でまずは導入されるとも言われています。横浜と豊田のスタジアムで、新しい審判制度が導入されるのです。
 追加副審は、どうあれ、依然として人がプレーするサッカーを人が審判するもの。それまでの精神を維持しています。しかし、今回のEUROでのミスは大きなものだったのではないでしょうか? UEFAのように“それでもやる”というのは良いと思いますが、FIFAがW杯で導入するとなれば、趨勢はゴールライン・テクノロジーなのでしょう。
 ゴールライン・テクノロジーの導入。審判団とすれば、ゴールかどうかの判断は機械に任し、それ以外のところは今までと変わらず。割り切ればよいので、特に大きな混乱はないと思います。事実、ハワード・ウェブもゴールライン・テクノロジーにポジティブな発言をし、西村雄一もそれが導入されれば審判員としてそれを用いて審判するだけと言っています。

 ゴールかどうかに関する審判のミスがなくなるのは良いこと。スピードも上がり、特にボールが進化した現代サッカー、それに対応するためには良いことです。しかし、これまでの精神を維持できなくなるのは、多少さびしい気がしないでもありません。
 それにしても、ゴールライン・テクノロジーを導入するための費用は、スタジアムあたり2000万円近くになると聞きます。また「ゴールレフ」で使用されるボールは特別なもの。W杯では良いものの、全世界の大陸連盟の試合、国内の試合で、どのように対応していくべきか。これについても、これからしっかりと考えていかなければならないことです。

▼本コラムでは松崎康弘・前審判委員長への質問を募集しています。詳しくはこちらから。

※日本サッカー協会発行の2011-2012シーズン最新の公式ルールブック「サッカー競技規則 2011/2012」が発売中です。審判員はもちろん、サポーターを含めたすべてのサッカー関係者必読の書です。購入はこちらから。

※松崎康弘・前審判委員長による新著『審判目線~面白くてクセになるサッカー観戦術~』が好評発売中。本コラムを加筆・修正して掲載したほか、2010年の南アフリカW杯をめぐる審判の現状や未来などについて新たに書き下ろした作品です。前作の『サッカーを100倍楽しむための審判入門』を購入いただいた方はもちろん、本コラムでサッカーの審判に興味を持った方も是非お買い求めください。

※本連載の感想はこちらまでお寄せください

著者のプロフィールへ

TOP