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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第7回「シンガポール戦で露わになったこと」(後編)
by 山本昌邦

6月、ついにバヒド・ハリルホジッチ監督率いる、日本代表のロシアW杯予選がスタートした。しかし結果は、ホームで迎えた初戦を格下相手に0-0。東アジア杯開幕を前に、指導者・解説者の山本昌邦が、データを基に徹底分析する。
データ提供:Football LAB
※前編はこちら

シンガポールに対する準備不足

 無得点に終わったシンガポール戦を振り返った時、チームの準備不足をいろいろな面で感じた。就任以来、親善試合で順調に白星を重ねていたハリルホジッチ監督だが、仕事を始めて日が浅く、選手の能力の見極めは深いところまで進んでいないと感じた。

 例えば、選手交代。この試合、日本は71分に柴崎岳(鹿島)を原口元気(ヘルタ・ベルリン)に、78分に宇佐美貴史(G大阪)を武藤嘉紀(マインツ)に、81分に香川真司(ドルトムント)を大迫勇也(ケルン)に代えた。率直に言って、どの交代もうまくいったように見えなかった。

 特に驚いたのは柴崎をベンチに下げたことだった。前回も述べたとおり、あそこまで引いたシンガポールを崩すには最後の最後のところで、相手の予想を裏切るアクションなりパスが必要だった。相手が日本の攻撃を窮屈な場所に押し込んでプレーの選択の幅を狭めて勝負している時に、その幅の外側で驚きを演出できる選手がいるとしたら香川か柴崎をおいて他にいなかっただろう。

 特に柴崎は前半から本田圭佑(ミラン)と絡んで右サイドをいい形で崩す仕事をしていた。アウト・オブ・プレーになると本田と積極的にコミュニケーションをとる姿を見ていても、この2人はあの苦しい状況をどう打開するか、意見を出し合っているのだなと思わせた。その2人のコンビネーションに最後まで賭ける手はあったはずである。

 柴崎に代わって出た原口はまったくタイプが異なる選手。武藤もそうだが、彼らのスピードを生かすにはもっとスペースが必要だった。ベタ引きされて、パスを受けてもすぐ近くに大勢の敵が十重二十重に囲んでいる状況では持ち味を出すのは難しかった。

 最後に出てきた大迫には空中戦の強さを期待したのだろう。卵が先かニワトリが先か、みたいな話になるが、原口や大迫のような長身選手を入れるからクロスが増えたのか、クロスを増やすから原口や大迫を入れたのかは知らないが、終盤、あれほどクロスに頼った攻めをする気があったのなら素直に豊田陽平(鳥栖)をサブに入れておけば良かったのにと思う。いろいろな意味でちぐはぐだった感は否めない。

セットプレーの重要性

 準備不足はシンガポールに対するスカウティングの甘さにも表れた。あの試合、日本は14本ものCKを得た。これだけあれば、一つくらいゴールに結びついても良かったが、いたずらに数を重ねただけになってしまった。

 CKのキッカーは太田宏介(F東京)と香川が主に務めた。太田は6本、香川は5本のCKを蹴ったが、香川のキックにはパンチ力がなかった。キックに鋭さがないために、DFやGKに動く時間を与えてしまっていた。セットプレーの際のゴール前の攻防はコンマ何秒で生死が分かれるシビアな世界だ。そのわずかな差で守る側は体を寄せてシュートを打つ人間の体勢を崩すことができる。

 そんなシビアなゾーンにボーンという音が聞こえるようなCKを蹴っていてはダメだろう。もちろん、相手との兼ね合いによって、滞空時間をたっぷりとったボールをゴール前に上げて、ヘディングの強い選手に渾身のシュートを打たせるパターンもあるが、それとて絶対にGKに手の届かないところに落下さないと話になるまい。

 シンガポールのCBは5番のバイハッキ・ハイザン(身長186センチ)も6番のマドゥ・モハナ(181センチ)も日本に簡単に制空権を渡さなかった。彼らの空中戦の強さや大活躍したGKイズワン・マフブドの守備範囲を把握しないまま、パンチ力のないボールを選択していたのであれば、別の意味で準備不足ということになろう。

 左利きの太田のCKも、右から蹴ってゴール前に鋭く飛来するボールは可能性を感じさせるが、左から蹴ってゴールから遠ざかるボールは魅力半減。CKのキッカーは香川がベンチに下がった後は原口も務めたが、これもゴールになる可能性を感じない質のボールだった。

 今後のことを考えれば、左と右のプレースキッカーをしっかり育てておくことは大事なことである。それは代表チームに来て、すぐにできることではないから、所属チームでそういう役目を常日ごろから任されている選手が望ましいことになる。そういう意味ではシンガポール戦はケガでメンバーから外れた清武弘嗣(ハノーファー)の成長に期待したい。

 中村俊輔(横浜FM)や遠藤保仁(G大阪)が全盛の時代ならセットプレーのキッカーに日本代表は悩む必要はなかった。W杯アジア予選のセットプレー得点(PK、FK、CKからの直接の得点を含め、セットプレーから5プレー以内の得点)を調べると、2人がキッカーを引き受けていた南アフリカ大会予選では23得点中14得点がセットプレーから生まれた(図7))。

 それがブラジル大会予選では試合数は同じ14でもセットプレー得点は30得点中8得点に減った。裏返せば、岡田ジャパンの時より、ザック・ジャパンは「流れ」の中から得点が取れるようになったともいえるのだが、だからといってセットプレーを軽視していいはずはないのである。

 強豪相手に得点チャンスを数多くつくれない時、あるいは、格下相手にベタ引きされて流れの中ではどうにもこうにも攻めあぐねた状態になった時、セットプレーからの得点力はチームを勝利に導く貴重な武器になるのは間違いない。絶対に磨いておいて損はないのである。

 米国の優勝で幕を閉じた女子のW杯カナダ大会でも、米国はセットプレーを用意周到に準備して決勝で「なでしこジャパン」を沈めた。米国の高さを警戒する日本の選手の裏をかくように、ゴール前にグラウンダーの強いボールを送り、ペナルティーエリアの大外から走り込んできた選手がピンポイントで合わせてきた。どう考えても、普通に戦っても勝てそうなアメリカの方がサインプレーを仕掛けてきた。この抜かりの無さ、準備力こそ、女王の女王たるゆえんだろう。

 米国は男子もセットプレーに細工を施してくる。昨夏のW杯ブラジル大会の準々決勝のベルギー戦でもサインプレーを敢行、ブロック役を巧みに用意してクリント・デンプシーをゴール正面でフリーにしてあわやゴールという形をつくっている。

 なでしこがCKの際にやる、電車の車両のように縦1列に並んでから一気に散らばる「Iフォーメーション」もマンマークを相手に許さない工夫から生まれたもの。

 そういう研究や工夫が、なぜか、男子の日本代表は乏しい。W杯日韓大会当時、私がコーチとして仕えたトルシエ監督はトリックプレーを考えるのが好きで、それを「スリーピング(寝たふり)」などと名付けて悦に入っていたものだ。岡田武史監督もセットプレー対策は攻めも守りも入念に積んでいた。そういう日本の良さが、なぜかこのところ途切れてしまったように感じるのは私だけだろうか。


やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳氏との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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