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No Referee,No Football

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残り2分で中止された試合、サッカーに持ち込まれてはならないもの
[ブンデスリーガ第28節 ザンクト・パウリvsシャルケ04]

 東日本大震災で亡くなられた方々に心からお悔やみ申し上げます。また、被災された方々に謹んでお見舞い申し上げます。1日も早い事態の収束、復旧、復興をお祈り申し上げます。


 3月29日に大阪・長居スタジアムで開催された日本代表対Jリーグ選抜のチャリティーマッチは遠藤保仁選手、岡崎慎司選手、そしてカズ選手のゴールが感動的に見られ、まるでシナリオどおりのような展開だった。この試合でも活躍した内田篤人選手は翌30日にドイツへ戻り、4月1日のザンクト・パウリ戦に先発出場した。国を移動しての中2日での起用に、どれほど監督から信頼されているかが分かる。こうした時期でもあり、海外での日本人選手の活躍が報道されるのはこれまで以上にうれしい。

 ザンクト・パウリのホーム、ミレルトントア・スタディオンで行われたこの試合、シャルケはとんだ“とばっちり”を受けた。

「副審は、前半もライターやコインを投げられていた」と主審が説明しているので、前半から試合は熱くなっていたのだろう。加えて、ザンクト・パウリが1点ビハインドで迎えた後半20分のゴールがオフサイドで認められず、その1分後にシャルケが2点目を決めた。

 さらに後半23分、33分にそれぞれヤン・フィリップ・カラ選手とフィン・バルテルス選手が退場を命じられ、ザンクト・パウリは9人となる。ホームのサポーターは大いに審判に不満だ。

 そして後半43分。スタンドからビールの入ったプラスチック製のコップが投げ込まれ、副審を直撃した。映像は、投げられたコップが副審の後頭部に当たり、ビールが飛び散り、副審が倒れる様子を映している。随分高いところから投げられているので、その衝撃は相当なものであったに違いない。

 レフェリー無線システムで知らされたのだろう。ザンクト・パウリの選手がタッチラインをドリブルしているときにデニス・アイテキン主審は試合を停止し、当の副審から事情を聴くと、もう1人の副審にも確認を取り、試合の中止を告げた。選手は困惑し、ザンクト・パウリの選手がアイテキン主審の前に集まってくるが、大きな混乱はない。

 もっとも、ピッチを引き揚げる審判団に対しては観客席からトイレットペーパーなどさまざまななものが投げ込まれ、役員が傘をさして、それを防いでいた。ピッチからの出口はザンクト・パウリのサポーター側で、コップが投げられた場所の直近にある。なぜ他の出口を使わなかったのだろうか。

 チームは降格危機に直面している。試合はどう見ても不利に進んでいる。ザンクト・パウリのサポーターの心は穏やかでない。しかし、サッカーはフィールド上で選手が行うもの。何かあったら、それを裁くのは審判団だ。サッカーの試合はオフザピッチでも熱い。熱い応援はよいが、フィールド上のサッカーを壊すものは受け入れられない。

 4日後の4月5日、ドイツサッカー協会が裁定を下したと報じられた。中止した時点のスコアである2-0でシャルケの勝ち。ラウル・ゴンサレス選手とユリアン・ドラクスラー選手のゴールは2人の得点として認められ、退場も効果を有するという。

 途中中止された試合に関する競技規則の原則は、0-0からの再試合だ。これに比べれば、だれもが納得する裁定だろう。しかし、残り2分、そしてアディショナルタイムでシャルケがもう1点取る可能性はあったし、その逆もある。致し方ないとはいえ、サッカーの勝敗がサッカー以外のところで決まるのはとても残念だ。

 日常茶飯事とは言わないが、このような暴動はこの試合に限って起きたことではない。だから、競技規則の付属書である「競技規則の解釈と審判員のためのガイドライン」にも「観客から投げられたものが主審または副審あるいは競技者またはチーム役員に当たった場合、主審は、その出来事の重大さに応じ、試合を続けることもできるし、プレーを一時的に中断、また、中止することもできる」と書かれている。

 映像では試合の本当の熱さは伝わってこないから、試合での副審、あるいは選手の怖さは分からない。「試合をキャンセルするしか選択肢はなかった」と主審が説明しているから、相当危険だったのだろう。だから、この規定に則り、主審は対応を取った。しかし、あと2分、そしてアディショナルタイム。落ち着かせる時間を取ったり、警備員の配置を考えたりして、残り時間をプレーする選択肢はなかったのだろうかとも思った。
 
 岡田正義さんは、昨年をもって審判を引退した。彼の著書『ジャッジをする瞬間』に、アトランタ五輪アジア予選のシリア対クウェート戦のことが書かれている。95年9月8日の試合で、スタジアムは3万人の観衆で満員だった。ホームのシリアが0-1で負けていた残り5分のところで、シリアのサポーターがコンクリートでできた座席を壊し、そのかけらを雨のようにフィールドに投げ込んだのだという。

 試合を一時中断したが、収まらず、選手にも当たった。岡田さんは、本来なら“放棄試合”とも考えたが、どうしても終わらせたく、あと少しで終わるので試合を続けてくれとお願いし、ロスタイムなしの90分で試合を終わらせたと書いている。

 そんな状況で試合を続けるというのも一つの決断だが、いずれにしろ、選手、審判はサッカーには持ち込まれてはならない“混乱”で大きな影響を受ける。

 内田選手が「負けそうになれば、ファンは暴れればいいんだから」と憤りのコメントをしたと報道されたが、まさにそのとおりだ。負けそうなチームの常套手段にならないよう、チームはしっかりとした対応を取るべきである。幸い、日本ではサッカーファンのスポーツというものに対する理解度が高く、どんなに熱くなってもそんなことにはならないが。

※松崎康弘審判委員長による新著『審判目線~面白くてクセになるサッカー観戦術~』が好評発売中。本コラムを加筆・修正して掲載したほか、2010年の南アフリカW杯をめぐる審判の現状や未来などについて新たに書き下ろした作品です。前作の『サッカーを100倍楽しむための審判入門』を購入いただいた方はもちろん、本コラムでサッカーの審判に興味を持った方も是非お買い求めください。

※本連載の感想はこちらまでお寄せください

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