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No Referee,No Football

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PK獲得の永井選手、俊足プレイヤーは"審判も泣かせる"?
[J1第1節 名古屋vs横浜FM]

 2011シーズンのJリーグが開幕した。昨年のリーグ王者である名古屋グランパスは後半アディショナルタイムにPKで追い付き、横浜F・マリノスと1-1で引き分けた。同点となるPKを獲得したのは、福岡大から入団したばかりの永井謙佑選手。50mを5秒台で走るという俊足を活かしたプレーは栗原勇蔵選手、中澤佑二選手といった日本を代表するDFを翻弄していた。DFもその速さを抑えるのは困難だが、時として“スピード違反”は審判にも厄介である。

 相手ハーフ内でルーズボールを奪った永井選手は素早く前を向き、ドリブルで仕掛けた。一瞬のスピードでDFを置き去りにした。たまらず栗原選手はペナルティーエリアに入る直前で後方から右手で抑え、そのままエリア内まで引っ張り続け、永井選手は転倒。東城穣主審は栗原選手のホールディングのファウルとし、名古屋にPKを与えた。そして、相手の大きなチャンスをつぶしたとして、栗原選手にイエローカードを示した。

 なぜイエローなの? 直感はレッドだった。現場ではなく、テレビで見ていたので、複数の角度からスロー映像が出たこともあり、余計にそう思った。実際、録画でも検証したが、この場面は決定的な得点の機会の阻止にあたるので、レッドカードを示し、退場を命じるのが妥当だ。

 競技規則の付属書である「競技規則の解釈と審判員のためのガイドライン」には、主審が決定的な得点の機会の阻止で退場を命じるとき、次の状況を考慮に入れなければならないと書かれている。

(1)反則とゴールとの距離
(2)ボールをキープできる、またはコントロールできる可能性
(3)プレーの方向
(4)守備側競技者の位置と数
(5)相手競技者の決定的な得点の機会を阻止する反則が直接フリーキックまたは間接フリーキックとなるものであること

 このケースの場合、永井選手はドリブルでボールをコントロールしているため(2)を満たしているし、(4)に関しても、栗原選手だけでなく他のDFの選手も永井選手のスピードに付いていけず、完全に遅れている。 (5)についてはホールディングの反則であり、言わずもがな。問題は(1)と(3)だろう。

 ファウルのあった地点は、名古屋側から見てペナルティーエリアの右端寄りから少しエリア内に入ったところで、ゴールまではまだ多少の距離があった。永井選手のドリブルの方向もタッチラインとほぼ並行で、ゴールには向かっていない。そのため、東城主審は決定的な得点の機会の阻止ではなく、大きなチャンスをつぶしたに過ぎず、反スポーツ的行為として警告したのだと思う。

 とはいうものの、「反則とゴールとの距離」「プレーの方向」の判断には、選手のスピードも関係してくる。永井選手のスピードをもってすれば、ファウルがなければ、瞬時にゴールとの距離を詰められる。ドリブルの方向もゴールへ向かう。GKと1対1の状況になる。永井選手は決定的な得点の機会を得られた。

 永井選手がボールを奪ったとき、東城主審はハーフウェーライン付近に位置していた。そして、一瞬、出足が遅れた。結果、永井選手のスピードに付いていけず、プレーから遅れてしまった。

 こうした俊足FWへの対応はDFも大変だが、審判も難しい。東城主審の足は決して遅くない。しかし、相手が速すぎた。単純なスピードでは追い付けない。であれば、なおさら次のプレーを予測し、選手のスピードも頭に入れながらのポジショニングや走り出しを意識したレフェリングが必要だ。

 副審がオフサイドの判断を下すときも、選手のスピードを頭の中で計算しないといけない場面も出てくる。しかも副審の場合、オフサイドラインをキープするため、主審と異なり、事前に予測して動くことができない。常に「ヨーイドン」の状況になるのだから、なおさら大変だ。

 後半に入れば、選手同様、審判も疲労がたまり、切り替えやスピードが遅くなる。そんな勝負どころで投入されるフレッシュなスーパーサブは、対戦相手にとって脅威になるだけでなく、“審判泣かせ”な選手でもある。

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