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No Referee,No Football

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2つのPK、ラストタッチの判断
[アジア杯 日本vsシリア]

 カタールで開催中のアジア杯2011。日本のグループリーグ第2戦の相手はシリアだった。前半35分の長谷部誠選手の先制点で危なげない勝利を期待したが、後半26分、不安定な守備に起因するバックパスが原因でシリアにPKを与え、同点に追い付かれてしまった。しかしながら、後半37分、今度は岡崎慎司選手へのファウルで日本がPKを獲得。これを本田圭佑選手が決め、2-1でどうにか勝利をおさめた。

 テレビを見ていて、何が起きたのかよく理解できなかった。後半26分、GKの川島永嗣選手がクリアしたボールをシリアのフェラス・アル・カティブ選手が前方にパスをし、オフサイドポジションにいたスナリブ・マルキ選手がボールを受け取ろうとしたところ、川島選手が体でトリップ。主審はPKを示した。

 副審はマルキ選手がオフサイドポジションにいたので、旗を上げていた。川島選手のトリップ自体は無謀で、警告に値するが、オフサイドポジションにいる相手選手のところにボールがパスされたので川島選手はチャレンジした。川島選手はマルキ選手に干渉されていることになる。オフサイドだ。

 キャプテンの長谷部選手ら日本の選手は激しく抗議した。それはそうだろう。副審は旗を上げている。そうこうしているうちに、主審は川島選手にレッドカードを示した。

 川島選手のチャレンジ自体には、退場に値するほどの強さはないし、危険さもないので、決定的な得点機会の阻止で退場を命じられたことになる。つまり、オフサイドはなく、倒されなければマルキ選手はオープンゴールにボールを蹴り込むことができたと判断されたのである。副審の旗も取り消された。

 アル・カティブ選手がマルキ選手にパスをしたと“はなから”思っていた。そう見えたが、翌日、主審は今野泰幸選手のバックパスであると説明したと報道された。もちろんバックパスであれば、オフサイドはない。

 明らかなバックパスの場合、副審は旗を上げない。しかし、今回のケースのように、バックパスか前線へのパスなのか、どちらが最後にボールを触れたのか判別が付かない場合は、旗を上げ、オフサイドの位置に選手がいたことを主審に知らせなければならない。だから旗が上がった。あとは、オフサイドにするのか、ノットオフサイドにするのかは主審の判断となる。

 主審の位置からは、今野選手がボールを蹴ったと見えた。とすれば、ノットオフサイド、川島選手の退場というシナリオとなる。

 意見書として受理されることはなかったが、日本サッカー協会はアジアサッカー連盟(AFC)に抗議した。今野選手も「ボールに触れていない」と言っていると聞いた。

 日本側がそこまで言っているのであれば、実のところバックパスはないとも思ったが、その事実は得られない。映像をコマ送りしても、バックパスなのか、前線へのパスなのか、今野選手とアル・カティブ選手、どちらが触れたのかよく分からない。

 ただ、今野選手はしっかりとバックパスできる体勢にはなかった。一方、仮に今野選手が蹴ったボールにアル・カティブ選手が触れていたのなら、オフサイドは成立する。

 結局、シリアがこのPKから得点を決め、1-1となった。そして、その6分後に今度は日本がPKを得た。

 遠藤保仁選手の縦パスに反応した岡崎選手はペナルティーエリア内で右側からアリ・ディアブ選手のチャージを受け、バランスを崩す。これはファウルではない。続いて、左側からビラル・アブデルダイム選手が右足で岡崎選手の腰をトリップしたように見える。主審はこれをファウルとし、日本にPKを与えた。

 岡崎選手がファウルをもらおうと飛んだようにも見えたので、主審は日本の失点につながったPKとのバランスを取らなければという心理的プレッシャーで笛を吹いてしまったのかとも思った。しかし、主審の表情にそんなことは見て取れない。毅然と判断している。ポジションもファウルから遠くない。心理的プレッシャーで笛を吹いたのではないかと感じたのは、こちら側がそんな先入観を持って主審を見てしまった結果かもしれない。

 しかし、話はこれで終わらない。異なった角度からの映像を見た。アブデルダイム選手は岡崎選手の右足に当たってはねたボールを右足でクリアした。その足に岡崎選手が当たったのである。逆の足で岡崎選手をトリップもしていない。であれば、スライディングタックルと同じく、ボールをプレーした選手(アブデルダイム選手)にその後、相手選手(岡崎選手)が接触して倒れてもノーファウルである。PKではない。主審は、最後にボールをプレーした選手を見て取れていない。

 ラストタッチの判定によっては、2つのPKはいずれも違った結果になっていたかもしれない。いずれにせよ、主審の判定は最終であり、川島選手の出場停止は痛いが、結果として日本は2-1で勝ち、勝ち点3を獲得した。

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