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No Referee,No Football

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ザッケローニ監督の悲しげな目
[アジア杯 日本vsヨルダン]

 カタールで開催されているアジア杯2011。日本のグループリーグ初戦の相手はヨルダンだった。アルベルト・ザッケローニ監督は「オウンゴール」と表現していたが、前半45分、ハサン選手のシュートが吉田麻也選手に当たってコースが変わり、ヨルダンが先制点。後半アディショナルタイム、吉田選手の得点でようやく引き分けた。この間、ザッケローニ監督は厳しくも悲しげに見える目で試合を見つめていた。

 相当なフラストレーションを溜めていたのではないだろうか。通訳が同伴できず、テクニカルエリアで独りぼっち。ピッチ上の選手に指示を出そうにも、言葉が通じない。

 競技規則の最後の部分にテクニカルエリアの規定があり、そこには「その都度ただ1人の役員のみが戦術的指示を伝えることができる」と書かれている。監督でもよいし、アシスタントコーチでもよく、通訳でもよいが、1人だけがベンチから前に出て戦術的指示を与えられることになっている。

 日本は異なっている。Jリーグでは外国人監督も多い。監督の指示が的確に伝わるよう、通訳の同伴が認められている。もっとも、通訳は監督の代わりに1人で出ていく場合を除き、テクニカルエリアでは常に監督の横に付き、監督の言葉を訳すことに徹しなければならない。例えば、監督が右方向の選手に、通訳が左方向の選手に指示することは認められていない。

 現在、大きな大会であれば、必ずテクニカルエリアが設けられているが、テクニカルエリアが登場したのは1993年のことだ。それまではベンチからの指示だけが許されていたが、立ち上がるだけでなく、1歩、2歩と前に出てコーチングする監督が少なからずいたので、それならばとテクニカルエリアが設定された。

 もっとさかのぼれば、試合中の監督の指示は一切、認められていなかった。監督は日々の練習で選手に自らの戦術を浸透させ、選手は試合でそれを具現化する。ひとつひとつの投球やカウントに応じて監督がプレーを指示する野球などと異なり、サッカーは選手が自らの判断に負うところが大きなスポーツである。ベンチからの指示が有効的でないとは言わないが、試合が始まれば、選手は監督からの最低限の指示で、それまでの練習において構築された自分たちのサッカーを展開しなければならない。

 昨年の南アフリカW杯を率いたのは日本人の岡田武史監督だったが、現在のザッケローニ監督だけでなく、日本代表はトルシエ、ジーコ、ジーコなど外国人が監督を務めることが多い。そのため、競技規則に「その都度ただ1人」と規定されているにもかかわらず、日本代表チームは国際大会に出場するたびに、主催者に対して通訳の同伴ができるよう求めることになる。

 アジア杯はアジアのトップの大会である。通常であれば競技規則通りに行われるはず。しかし、日本が要求したとは聞いていないが、競技規則通りではなかった。Jリーグと同じように、監督が指示をする場合に限って通訳の同伴が認められた。ところが、南アフリカW杯では認められていなかったために勘違いしたか、あるいは競技規則通りに適用しようとしたのか、ヨルダン戦では第4の審判員が通訳の同伴を認めなかった。

 サッカーは競技規則に基づいてプレーされるものだが、競技規則施行上、あまり問題がないもの、あるいは競技規則に規定されていない部分は、競技会規定に別途、規定される。

 ユニフォームの背番号も、競技規則では付けろとは書かれていないが、選手の識別のために絶対必要だから競技会規定で規定される。ベンチ入りの人数に関しても、交代要員の他に負傷して出場できない競技者をベンチ入りさせてよい(人数内)ということも書かれる。この大会の通訳同伴もそのひとつである。

 通訳同伴については、事前の会議で参加チームには伝えられていた。同様、審判団にも。しかし、ミーティングでの言語は英語。国際審判員にとって必須な英語であっても、アジアは広く、100%伝達できるのかと言えば、そうも言っていられないのが現状である。
 
 この試合、ザッケローニ監督は前半3分、6分とテクニカルエリアに通訳とともに出たが、そのたびに第4の審判員が注意した。これ以降、通訳はテクニカルエリアに出てこない。後半の最後の最後にはザッケローニ監督が通訳を呼び付け、“なぜ早く出てこないのか”と苛立つ場面もあった。

 試合中の監督の指示が伝わらなかったから苦戦した、というような話はあまり聞こえてこない。日本が負けなかったから話題になっていないのかもしれないが、もしも敗れていたら、第4の審判員の不手際が大きくクローズアップされた可能性もあった。

 通訳の同伴可能は、この試合の出来事を受け、審判団に確実に伝わったと聞いた。次のシリア戦からは問題ないだろう。しかし、サッカーの本質を考えてみると、試合中の監督の指示で試合運びの良し悪しが決まるものではないはずだ。選手が素晴らしい判断と素晴らしいプレーによって勝利をもたらしてくれたらと思う。

 ところで、前半25分、遠藤保仁選手のCKがヨルダンのDFにクリアされ、跳ね返りを長谷部誠選手がダイレクトボレーで狙った。GKが弾いたボールに吉田選手が詰め、再びボレーシュートで押し込んだ。ゴールイン。得点かと思われたが、ジェフリー・ゴー副審はオフサイドとして旗を上げる。日本の選手は素直に戻っていくが、ザッケローニ監督は苦虫を噛み潰したような顔を見せていた。

 本当はノットオフサイドだった。長谷部選手がシュートしたとき、松井大輔選手はオフサイドポジションにいた。確かにGKの左視野には入っている。しかし、ボールが来る方向はGKから見て右側。プレーには何の影響もない。では吉田選手はどうか? 長谷部選手がシュートしたとき、吉田選手よりもゴールライン寄りにアディダスの鉢巻をしたスレイマン選手が残っていた。このゴールが認められていればという嘆きは“たられば”だが、ザッケローニ監督の表情はきっと大きく変わっていたに違いない。

【告知】
 松崎康弘審判委員長による新著『審判目線~面白くてクセになるサッカー観戦術~』が1月21日に講談社から刊行されます。本コラムを加筆・修正して掲載したほか、2010年の南アフリカW杯をめぐる審判の現状や未来などについて新たに書き下ろした作品です。前作の『サッカーを100倍楽しむための審判入門』を購入いただいた方はもちろん、本コラムでサッカーの審判に興味を持った方も是非お買い求めください。

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